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07 宿泊研修、一日目夕食

 その日の夕食。



 この時間は特にグループとか作らなくても良いので、俺はひとりで一番端で食事をしていた。バイキング形式の洋食。うまい、うまい、豪勢だ、豪勢だ、と一人頬張っていたら向かいに人が座った。うげ、と思ったら風川だった。うげえ、と思った。



「千木野くん、あなたいつもひとりなのね」


「なんだよ、風川。まずは、相席と言うか同席していいかどうかを聞くのが通りだろう?」


「ご一緒してもいいかしら?」



 遅い。もう座って、食事を並べているじゃないか。



「しかたないな。なんだよ、なんか話でもあるのか」


「あら、話がないと座ってはいけないかしら?」


「だからなんだよ、話って」


「はぁ……冷たいのね。明日の運河クルーズだけど、ご一緒にどうかと思って。もちろん知花さんも、化神くんも、羽場くんも誘ってあるわ」


「化神がいくなら、もちろん俺もいこう」


「……あなたの基準がいまいち未だ分からないのよね……」


「それより、明日の運河クルーズはクラス毎に何人かに分かれて乗るんじゃなかったのか? 自由なのか?」


「ええ、特に決まりはないわ」



 ふーん、そんなものなのかね。うちの学校の規律の緩いところがこんなところにまで反映されているとは。



「わかったよ。一緒に乗るよ。明日な」



「ええ、ありがとう。ところで、あなたはもうギターは弾かないのかしら」



 ギター? なんで、そんな話が出てくるんだ? なんでそんなことを知ってるんだ? 話なんかしたっけ?



「ステージが用意されているのよ。ギターも用意されているわ。先生に聞いたところ、他にも色々小道具があるから好きに使っていいらしいわよ。一曲歌ってくださらないかしら。あの時みたいに」


「あのときって……」



 どの時だ?



「俺、あんまり歌える曲少ないんだけど」


「そう。歌えないとは言わないのね」 


「へ、下手くそだぞ」


「構わないわ。私にはできないことだから」


「ま、待ってくれ。こ、これを食べてから……」



 それからある程度食べ漁って、飲み込むと、仕方ない。夕食を見ていてくれと風川に言ってから、空席のステージへとひとり向かった。ステージ係の人にお願いして準備。風川の口車に乗せられ、やる意味のないことをやる。人前に出ることを。嫌悪し、もう二度とこんなことはしないと誓っていたはずなのに。彼女は俺の昔を知っているのか。そんな口ぶりだった。俺の過去を知っているから、だからあんな同好会をやって、先生を使って俺を加入させたのか。


 心臓が弾きでるような、そのくらい緊張してきた。冷やかすような、変に盛り上がるような拍手と歓声のようなものがぽつぽつと聞こえる。マイクとスタンドも用意された。俺は必死にギターのチューニングをしていた。アコースティックギター。ほとんど音はずれていなかったから、きちんと準備されていたから殆ど直す必要はなかったけど。



「あ、あー」



 すごい手汗。ズボンで拭く。俺は一体何をやっているんだ。どうしてこんなことをしてるんだ。注目されたかったのか? いや、そんなことはない。拍手が欲しかったのか? いや、違う。俺はきっと知りたかったのだ。あの時という風川の言葉を。些細なことという知花さんの言葉を。もしも、もしも勘違いでなければ、俺の思い込みで思い上がりでなければ。風川と知花さんが同時に見ていたかもしれない、見ていたのであろうその時のことを。再現することで二人から事実を聴き出して、知りたかったのだ。そうだ。俺は最初に出会った時に、会話の端々から勘づいていたのだ。薄々なんのことかわかり始めていたのだ。だから、風川の少ない言葉に頷き、同じようにここに立った。ここにいるバカ共のための余興でも、彼女たち二人に魅せるためでもない。自分の今の境遇を、置かれている状況を正しく認知するため。自分のためだけに歌う。良い機会だと、そう即決しただけ。



「気が狂い」 



 歌い始めた。これだけで知っている人は知っているすごく有名な曲。ブルーハーツの人にやさしく。そうあの時も、同じこの曲だった。





【回想開始】




 中学三年生の学校祭。体育館のステージは自由発表で、エントリーした人が好きなように好きなことを発表できる舞台だった。俺はその時のことをよく覚えている。なぜならば、人生で一番勇気を振り絞って頑張ったときだったからだ。それまでもひねくれていて、いつもひとりぼっち。目立つようなことはせずに、友達もいない学生であった。そんな男は音楽が好きだった。アーティストが歌って全力で汗を流す姿に惚れていた。自分もなりたいと思ってしまったのは、儚い願望でしかないが、しかし、学校祭の体育館のステージぐらいならできるかもしれないと思ってしまったのが運の尽き。無数の視線を浴びることに慣れておらず、はぁ、はぁ、と言いながら、そして緊張が最高潮になったときに笑ったのだ。声を出さず、にやりと。



 歌い始めた。心の底から。腹の底から。叫ぶように。何をするわけでもなく、なんのためでもなく、ただ、自分のためだけに、自分を鼓舞するように「頑張れって」言ってやるんだと、そういう気持ちで、必死に。それは卒業前にしては上出来で、期せずしてあちこちからお褒めと称賛の言葉を貰うこととなった。



【回想終了】




 一曲歌い上げて、ギターを弾き語りし終えて、風川のところに戻ってきた。アンコールには応えなかった。その気力はなかった。



「さすがね。いい歌だったわ」


「いい歌でした」


「知花さん。一緒に見ていたのか」


「はい。あの時と同じ曲でしたね」


「それは、それは去年の、中学三年生のときの学校祭で俺が歌ったやつの時。それであっているか」


「はい。そうです」


「ふたりともそれが理由なのか」



 ふたりとも頷いた。知花さんが口を開く。



「あのとき、すごい感銘というか、勇気をもらって。ちゃんとお礼を言いたくて、会える機会を探してこの部活に入りました。同じ学校だということは、成績の張り出しとか、クラス分けの掲示とかでわかりましたけど、先生に相談したら千木野くんはこの部活に決まったからって。なんでも先生の決定らしいですよ? やっぱり成績悪いと部活も自由に選べないんですか?」



 先生の差し金? 二人が画策して先生を巻き込み、俺を巻き込みたかったんじゃないのか?



「なあ、俺の歌、そんなに良かったか? なんかガサツで、不格好で、自分の声はあまり好きじゃないんだけど」


「そんなことないですよ。かっこいい声だと思います。私、あの時、受験勉強があまりうまくいってなかったんです。全然成績上がらなくて、ひどく空回りして、落ち込んでいたりして。そんなときに友だちに誘われて、他校の学校祭に息抜きのようなつもりで遊びに行ったんです。そこで、千木野くんの歌を聴きました。とても鼓舞されるような、勇気づけられるような、心の底から励ましてもらえるような、そんな歌でした。ブルーハーツさんの歌詞が良かったのもありますが、それを歌い上げる千木野くんには感動しましたし、頑張ろうって思えたんですよ。些細なことかもしれません。でも、私にとっては大切なことだったんです。自分のことをそんなに卑下しないでください。一つの才能だと、そう思いますよ」


「そうか……それは、ありがとう」



 風川も、それを聞いて口を開く。



「私も同じ時、同じ場所であなたの歌と演奏を聴いていたわ。素直にすごいと、そう思った。力強くて、それでいて繊細な、そんな歌。ずっと心に残っているの。だから名前は覚えていたし、同じ高校になったのは偶然だけど、部活を選んだのは私の意思。あなたと同じ時間を過ごしてみたいと、そう思って」


「それで、実際はどうだ?相談者は二人しかまだ来ていないが、アイドルの現実を見たような気分じゃないか? 本文にはない会話時間でも口は悪いし、思考は低空飛行底辺飛行、ネガティブなことばかりを口にして、理想を語らない。俺といても楽しいものじゃないだろうに。お前らが感銘を受けたっていう歌も全く歌っていないしな」


「そうね。でも、後悔はしていない。そこも含めて、私はあなたのこと嫌いじゃないわ。だからもう少し一緒にいる。部活の活動時間でね」


「そうかよ。はいはい、ありがとうな」


「あっ、私も!私も!千木野くんのこと好きですよ!」


「そうか、そうか。知花さんもありがとう。歌は当分は歌うつもりはないからな。放課後一緒にカラオケとかも行かないからな」



 俺は言いたいことを言うと、確認したいことを確認すると座り直し、夕食の続きに手を付けた。デザートには蟹を食べるのだ。バイキングには蟹も並んでいた。いくら道民と言えども四六時中蟹を食べられるわけじゃない。盆か正月ぐらいしか食べない。せっかくの豪華な夕食。食べるだけ食べる。二人はそんな様子をデザートのケーキをつまみながら見ているのだった。





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