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15 Aクラス

 入部届けを出し、正式に入部した沓沢は自分のことを話してくれた。これまでのことを、何を考えていたのかを、どう思っていたのかを。少しずつ、少しずつ。辿るように、探るように、丁寧に、丁寧に。彼女の受けた仕打ちは酷く、悲しく、同情を寄せざるを得ないものだった。具体的に書くのは憚れる。



 みんなでそれを悲しんだ。それから、これからのことを考えた。これからどうしようかか、どうしたいか、どうなれたらいいだろうか、そういうことを話した。その会話によって僅かではあるが沓沢と打ち解けたように思えた。俺の見間違いかもしれないけど。



 金曜日。



 朝のホームルーム前に読書で今日一日が始まる憂鬱を紛らわせていると、近くに人が立った。誰だろう。そう思って、目線をやると沓沢だった。そうか、今日からこっちのクラスか。



「おはよう。今日は学校来られたな」


「おはよう、ご、ございます。先輩。先輩のおかげ、です」


「先輩?」 


「せ、千木野先輩」



 まさか、俺のことか? おいおい。俺と沓沢は同級生だろう。先輩後輩もないだろう。



「部活の、先輩。いろいろ、教えてくれた。いろいろ、聞いてくれた」


「まあ、それはそういう部活だからな」


「だから、先輩。お、お願いします」


「まあ、いいや。なんでも。好きに呼べよ。腐りながら精々やっていこうぜ。高校生活なんて、そんなものだ」



 明るく、華やかで、誰とでも仲良く。そんな幻想じみた、幻想まがいのことなんてあるかよ。自分のことで精一杯だ。



 放課後。俺はAクラスに顔を出していた。部活を覗いてみたら珍しく風川の姿がなく、知花さんも知らないというので仕方なく探しに来たのだった。しかし同じ学年だと言うのに、このクラスは別世界だな。お嬢様、紳士の集まりみたい。悔しいかな、品格の違いを見せつけられているようである。より自分の底辺を確認することができる光景で、その底辺を俺は世界一誇りに思っているのだと確認した。



「何か用ですか?」



 入口から覗き込んでいたら、明るくハキハキとした女子に捕まった。人当たりの良さそうな可愛らしい女の子。マネージャーとかやってそう。



「どうしたの、宿木さん」



 宿木……? ええと、どこかで聞いたような名前だな。



「なんかこの人、人を探しているみたいで。……誰を探しているんですか?」



 野球部のエースの、ええと、……神野! あいつに告白した野球部のマネージャーか。はいはい、思い出したぞ。俺の容量ギリギリの脳内メモリからやっと引きずり出せたぜ。



「風川……風川雨乃がどこにいるか知らないか。部活に来ていないんだ」


「ああ、それでしたら」



 宿木はどこか「そんなことも知らないの?」みたいな顔で次のように言った。



「生徒会室ですよ。風川さんは良くそこに居ますよ。私もこれから行くんですが、一緒に付いてきますか?」




 ※ ※ ※




 生徒会室には生徒会長、副生徒会長、書記、会計など全部で八人いた。そこに風川がいて、宿木が用事で入室し、俺がお邪魔した。



「どうしてあなたがここにいるのかしら……」


「いや、部活に来ていなかったから。探したら、ここにいるって。知花さんたちには既に連絡している。部活には二人とも送れるだろうと言ってある」 


「それはお気遣いどうも」


「風川はなんで生徒会室にいるんだ?なんか呼び出されたのか?」 


「いえ。私は来年度、正確には今年の末に行われる生徒会役員選挙に出たいと思っているの。だから、時々お手伝いみたいなことをさせてもらっているのよ。宿木さんも同じ。見習いってところかしらね」


「へぇ……なんか、将来考えてるんだな」



 俺はなんとも、アホみたいな返事をしてしまった。おかげでみんなに笑われてしまった。不覚。



「ちょうどよかった。ええと、千木野くんだったかな。風川さんと同じお悩み相談の部活をしていると聞いて。お願いしたいことがあるんだ。聞いてくれないかな」


「は、はい」



 俺は生徒会長に名前を呼ばれ、指名された。生徒会長は一学年上の眼鏡を掛けた美人だった。とてもお姉さんという感じがして、優しそうである。胸が大きいが、しかし太っているわけではない。知花さんのようなみんながとても羨ましがるプロポーションだ。胸の大きさで言うとどちらも豊満で、良い勝負。どこかいい匂いがする気がするし、ドギマギしてしまうほどには蠱惑的であった。俺は余計なことを考えないように自分を殺し、己を律し、集中した。



「実は近所から苦情が来ていて。近くのショッピングモールのフードコートで騒いでいる高校生がいると。それがうちの学校の生徒じゃないか、というものなんだ。先生の方から生徒一律に注意をする予定らしいけど、生徒会でも何か対策というか、できることはないかと思ってね。意見があれば聞きたいんだ。生徒会の役員は頭が固くて。いいアイディアが出ないんだよ」


「ええと、そうですね……」


「遠慮せずに、忌憚なく言ってみてくれ」 



 頭をフル回転。思考を最底辺にセットしてスタート。



「では……そうですね。今後放課後の一切立入禁止令を敢行する。違反者には懲罰を課す。内申点を餌に生徒を雇って見回りを強化して厳しくする、とか。青春は友達と楽しく過ごすことだと勘違いしているアホな輩を徹底的に潰して、ご近所からの評判を取り戻す。地道な活動を続ければ、クリーンな学校イメージを復活させれるんじゃないですか?それこそ、バカ騒ぎの様子をエスエヌエスとかに書き込まれたり、証拠動画なんてものを上げられたら一巻の終わりですからね。まだ起きていないなら、悠長に考えを言い合っていたら死にますよ?生徒生命どころか学校に非難殺到、学校生命が絶たれます。今の世の中、他人の目とスマートフォンのカメラに気をつけて生きていかなきゃいけない。当然の常識ですね。まあ、敵が身内にいる場合もこれに然りですが」


「身内?」


「バカな奴ら、たとえば俺のEクラスの生徒が自らフードコートでイタズラ動画、常識外れの動画をネットにあげて炎上すれば、学校が特定されてそれこそ非難祭りまっしぐら。ご近所さんがその迷惑行為の証拠を撮影する前に、こっち側の生徒が自ら炎上する道を選ぶ。楽しいから、人気者になれるからみたいな利己的な反省文を事前に用意してね。これの対策をするとしたら、面倒でかったるいネットリテラシーの勉強会を総合とか学習の時間に行うことですね。ある程度の常識は作られていくと思いますし、仮に真面目に聞かなかった生徒がいてもその授業で常識を手にした生徒からバカへの目線が厳しくなるので、結果的に勉強会の効果はある。ええと、話を戻します。フードコートの問題は徹底した禁止ができればそれに越したことありませんが、それでは生徒の反感を買うのは目に見えている。この禁止手段の他に、俺にはもう一つ考えがあります」


「それはどのような考えですか?」


「フードコートで働かせてもらう。たとえば清掃の仕事とか、レジとか。社会勉強をしたい、実際の仕事を学びみたい、そのためにバイトさせてくださいって学校側から頼むんですよ。学校から頼めば、これは学校としての活動になる。一人の生徒が小遣い稼ぎの為に働くことは意味が異なる。悪目立ちしかしていなかった高校生が地域のために働いている。きっと美談になるし、地域からの評判も勝ち取れる。生徒は学校公認でお小遣いを稼げる。うまくいけばこれで問題解決。空論ですが」



 俺としては禁止か働くのどちらかが採用されれば、良いアイディアを出した功労者になる。働きもせず、口先だけで一切苦労せずに自分の評価を手にすることに。このエピソードは面接のある受験に使えるだろうし、就職のときにも「ああ、窮地一点して地域の評判を取り戻したあの学校ですか!ええ!あなたが発案者!それは素晴らしいですね」とこれまた評価があがること間違いなし。他人の労働で得られる評価ほどうまいものはない。小さな出来事一つで将来安泰。



「なるほど。それは良い意見ですね。実現するかどうかは別として参考になります。ええと、千木野さんのお名前は何と言うのでしたっけ」


「千木野底野です。一年生、Eクラスです」 



 風川は生徒会と少し話をしていた。何か思うところを共有したのだろうか。話がまとまると風川は俺に「お待たせ」と声をかけ、二人で退出した。



「あなた、生徒会に入ったらどうかしら」


「え?俺が?」


「あなたの洞察力と意見の構築力は、部活の中から見てもなかなかのものだと思うの。生徒会に入って活躍できるかもしれないわよ?」


「冗談やめてくれよ。今の部活でさえ面倒なのに。言わなかったか?俺は何かの組織に縛られるとか、団体行動とかそういうのは苦手なんだ。生徒会とか、冗談きついぜ」



 それに生徒会は、生徒に投票とか信任によって選ばれるわけだろ。Aクラスのトップオブトップの風川ならともかく、エンドのE組の底辺に額こすりつけているような俺では厳しいだろ。現実見ろって話だよ。



「せ、先輩!せ、せ、先輩!」


「……沓沢?」



 部室へと向かうその途中、沓沢が俺達の後ろから小走りで来た。



「どうした、何かあったか?」


「先輩をさ、探しに……」


「ああ、遅くなったから探しに来てくれたのな。それはありがとうよ。そうだよな、昨日の今日で連絡先交換してなかったな。忘れてた。悪い、悪い」


「あら。沓沢さんはあなたともう仲が良いのね」


「同じクラスだから、自然とな」


「……(頷く)」


「私とも仲良くしてくれると嬉しいのだけど。実はこう見えて寂しがり屋なのよ」


「へえ、それは初耳だな」


「そうね。誰にも話していないもの」


「そうかよ。少し遅くなったな。誰か依頼人か来てたら、あいつらに悪い。行こうか」



 こうして今日も退屈だけどなかなか愉快なメンバーが集まる部室へと向かっていくのだった。




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