目の前で暴れ狂うモンスター。
間違いなくまっすぐに僕の方に突っ込んできている。
Eから順につけられるランクの中でAを誇るヘルタイガー。
駆け出し冒険者の僕にはそうそう太刀打ちできない相手だ。
体当たりでも死ぬし、口から見える異常に鋭そうな牙で貫かれてももちろん死ぬ。
逃げるにしても、足は相手の方が速いときた。
絶対に避けようのない死を目前にして、恐怖を通り越し、僕の心はなぜか落ち着いていた。
それは、圧倒的な絶望からくる諦めからか。
はたまた、突然の展開に頭がついていけていないだけか。
まあ、今はそんなことはどうでもよくて。
なぜこんなことになったのか、今一度振り返ってみたいと思う。
僕の名前は、ディノ・ブレース。
僕にはずっと叶えたい夢があった。
モンスターテイマー。
モンスターと心を通わせ、その力を借りて共に戦う職業だ。
かつて一線で活躍したテイマーにはドラゴンすら使役する者もいたのだとか。
その活躍は伝説となり、様々なおとぎ話に綴られている。
僕もそんな風になりたい。
僕が憧れを抱くのに時間はかからなかった。
理想に自分の姿を重ね、何度夢見たことだろう。
そして時は過ぎ。
一八歳を迎えた僕は自分の職業を選べる権利を得た。
具体的には、教会に行き、数多の職業の中から一つを選んで、その職業に必要なスキルを授けてもらうのだ。
もちろん僕が選んだのはモンスターテイマー。
授けられたスキルは、〈
ステータス表示にそのスキルが追加された時、僕のテンションは最高潮だった。
そうして僕の冒険者としての生活が始まった。
冒険者の目的は大きく分けて二つ。
一つは世界を侵略せんとする魔王軍の討伐。
多大な勢力を誇る魔王の戦いは世界中に及んでいる。
各国の軍隊は一部を除いて、自国を守ることで精一杯。
対魔王軍の主力は各地から名乗りを挙げた冒険者となっていた。
中には、代々魔王と戦いを繰り広げてきた“勇者”の加護を持つ者や特定の武器に関して類いまれなる才を持つ“聖”の称号を持つ者もいると聞く。
最前線で繰り広げられる激しい戦いの渦中には常に屈強な冒険者の姿があった。
もう一つは、遺跡、ダンジョンの探索。
各地に点在する遺跡やダンジョンにはまだ見ぬ財宝、秘宝の数々が眠っているとされている。
ただの金銀財宝であれば、特に問題はないが、財宝の中には魔剣や魔道具など魔力を帯びているものもあり、そこから流れ出た魔力がモンスターを凶暴化させることがよくある。
そのため、凶暴なモンスターが跋扈しているダンジョンも多く、その探索が依頼としてよく挙がってくる。
ちなみに今、襲われているヘルタイガーもまた凶暴化したモンスターの変異種である。
とはいえ、僕のいるダンジョン、始まりの洞窟は名のある財宝のあるところではない。
“始まり”という単語の通り、初級冒険者がダンジョン探索に慣れるためにギルドが管理し、開放しているダンジョンなのだ。
そのはずだったのだが。
近頃、頻発していた地震の影響により、未知のフロアが開かれていたのである。
本来、ギルドの管理下にあるダンジョンでは、何らかの変化があった場合はその時点で報告の義務が生じる。
何度も引き返そうと、僕は言った。
だが、僕が所属するパーティはそうしなかった。
「うるせえ! お前が指図するんじゃねえよ! パーティのお荷物のくせしてよ」と剣士でリーダーのハヤト。
「これはチャンスなんだから。こんな機会、二度とないかもしれないんだし」と魔法使いのリオ。
「どうせ戦闘になったら、戦うのは俺たちだ。お前は黙って荷物持ちでもしてろ。スライムなんて貧弱なモンスターしか言うこと聞かせられないんだからよ」と弓使いのギース。
僕がモンスターテイマーと分かってからのパーティでの発言権はないに等しかった。
それは、単純な話。
モンスターテイマーは最弱の職業、というのが世間の認識だったからだ。
僕自身、伝説やおとぎ話以外で名を挙げたモンスターテイマーは聞いた事がない。
実際、ギルドの紹介で今のパーティを組んでからというもの、ほとんど戦闘には貢献できていなかった。
モンスターテイマーはテイムしたモンスターを使役することで戦う職業だ。
そこまではいい。
使役するモンスターが強ければいいのだから。
問題だったのは、そのモンスターをテイムできる条件だった。
その条件とは、テイムする人間がその対象のモンスターよりレベルが高いこと。
すなわち、テイムするモンスターより自分の実力が低ければ、従わせることができないということだ。
これは、テイム技術やテイムしたモンスターに関連するスキルしか持たないモンスターテイマーにとって致命的だった。
何しろ、他の職業なら得られる、武器の扱いに関するスキルや攻撃スキルなど自分の戦力アップにつながりそうなスキルは何一つない。
自分で経験値を稼げる術が皆無だったのだ。
パーティを組むことで戦闘の経験値は分配されるため、少しずつレベルは上がる。
とはいえ、様々なモンスターをテイムできるほどの強化ではなく。
結局のところ、僕のテイムモンスターはスライム1匹だった。
他のパーティメンバーたちは攻撃スキルを覚えたり、武器の適性を上げたりしていく。
その反面、僕はテイムしたスライムが強くなる程度。
元々低ランクモンスターのスライムを強化したところでほとんど戦力としては変わらない。
そうなってくると、どんどんパーティメンバーの当たりが強くなってきた。
そりゃそうだ。
ほとんどというか全く戦闘に参加できていないのにも関わらず、経験値はしっかり自分の分を持っていくのだから。
そんな背景もあって、結果、僕の忠告を彼らは聞き入れなかった。
そして、今。
未開のフロアで僕たちはヘルタイガーと遭遇してしまったのである。
その時のハヤトの判断は早かった。
ヘルタイガーの姿を見るやいなや、一目散に逃げ出した。
その姿を見て、リオ、ギースもそれに続いた。
本当は僕もさっさと逃げたかった。
でも、みんなの荷物を持っていた僕は、初動が遅れてしまったのだ。
急いで荷物をその場に投げ捨て、みんなを追ったが、もう遅かった。
今まで歩いてきた道は瓦礫で塞がれてしまっていた。
走っている最中にわずかだが魔力光が見えた。
恐らくはリオの魔法の仕業だろう。
逃げ場を失ったことで募る焦燥感。
だが、ヘルタイガーにそんな事情など関係なく。
じわじわと僕との距離を詰めてくる。
僕のパートナー、スライムのブルーはヘルタイガーの圧倒的な威圧感に震え上がってしまっている。
戦闘をするという選択肢もなくなってしまった。
そして、その時は訪れる。
ヘルタイガーが少し身をかがめたかと思うと、勢い良くこちらに飛びかかってきた。
ああ、終わった。随分と短い冒険だったな。
そんなことを考えながら、せめてもの思いでブルーを抱き寄せた。
僕が死んでしまえば、ブルーはテイミングの効果がなくなり、自由の身になる。
モンスター同士なら、見逃してもらえることもあるかもしれない。
短い間だったけど、一緒にいてくれてありがとう。
叶うなら、どうか元気で。
そう祈りながら、目を閉じた。