僕たちは異形の怪物との激闘を制した。
爆発の後、完全に吹き飛んだことを確認すると、全身を脱力感が襲った。
「そうだっ......た」
業魔のオーブはまだ魔力を吸い続けていた。
相当な量の魔力を吸われており、身体が悲鳴を上げている。
再び魔道具による拘束をかけ、魔力の流出を止める。
床に刺さったままの封剣も回収し、〈
その瞬間、ブルーの姿が現れる。
ぽちゃりと着地する、その姿はどこか力無い。
随分とブルーにも頑張ってもらった。
「ブルー、剣に戻る?」
剣の中ならゆっくり休めるだろう。
しっかりと疲れを癒してほしい。
だが、ブルーはふるふると身体を横に揺らした。
「戻らないの? このままでいいならいいけど……」
今度はブルーは縦に身体に揺らす。
「そっか」
僕はその辺の壁際で腰を下ろす。
「はぁ……」
なんとか勝てた。
少なくとも現状で持てる力を精一杯活用した結果だろう。
だが、想像以上に実戦は厳しかった。
たったの1戦。
スキルを使って戦っただけで、もうへろへろだ。
これでは連戦になった時、使い物にならない。
もっと魔力の制御ができれば、オーブの制御ができたかも知れない。
もっと一撃の爆発力があれば、再生能力があっても素早く倒せたかもしれない。
まだまだ課題は山ほどある。
「……遠いなぁ」
かつて感じたヴァレットの力はこんなものじゃなかった。
攻撃力、手数、スピード、魔力コントロールなどあらゆる能力が僕とは比べるべくもなかった。
こうして実戦を経て、改めてその凄さが分かる。
「まあ、これからだな。ブルー、そろそろ行こうか」
僕の側にピタリとくっ付いていたブルーに声をかける。
このまま休んでいる訳にもいかない。
早くゴルドーたちと合流しないと。
重い腰を上げて立ちあがろうとした、その時。
ふとおかしな気配がした。
気のせいかと思ったが、そうじゃない。
目の前の空間が歪み出した。
歪みは次第に大きくなっていく。
「ふむ……いささか想定外ですねぇ」
歪みの中から現れたのは、山羊頭の異形。
「ズゥメル……!」
「おやおや……まさかビーストを倒してしまわれるとは。とはいえ、もうボロボロのようですがね」
ズゥメルはフロアをキョロキョロと見渡している。
真剣味のない様子だが、隙は全く感じられない。
疲労した身体に鞭を打ち、剣を構える。
「随分と高い魔力をお持ちのようですねぇ。まだ魔力の残滓がはっきりと残っている」
まるで値踏みするかのように視線を向けてくる。
「重大な損害ではない。この程度の魔獣なら簡単に産み出せますからね」
そう言うと、ズゥメルは魔力を手の上で操作する。
魔力の球体が数回波打ったかと思うと、さっき戦った怪物へと形を変えた。
サイズは小さいが、あの奇怪さはそのままだ。
「ですが、ようやく動き出した計画を邪魔されたのは気に入りません。それなりに時間をかけていたのですから、ね」
丁寧な声色の中にわずかな怒気が混じる。
その瞬間、心臓を掴まれたような息苦しさが襲った。
「まあ仕方ありません。ビーストを失ってしまったのは残念ですが、貴方の命で手を打つとしましょうか」
ズゥメルは真っ直ぐこちらへ近づいてくる。
剣は既に構えている。
相手の動きは遅い。
ただ真っ直ぐ歩いてきているだけだ。
なのに、全く身体が動かない。
それどころか剣を持つ手が震えている。
このままではまずい。
一体どうすればいい?
完全に頭が真っ白になる。
「何です?」
ふとズゥメルの動きが止まった。
「……ブルー!」
ズゥメルの前に立ちはだかったのはブルーだった。
「スライム、ですか。低級モンスター風情が何の用です。そこをどきなさい」
ズゥメルはブルーを睨みつける。
だが、それでもブルーは動く気配を見せない。
「……物わかりの悪いモンスターだ。私は今非常に機嫌が悪い。冗談を笑い流せるほど、寛容ではないですよ。死にたくないなら早くどきなさい」
凄まじい殺気。
直接向けられてはいない僕でも怯んでしまうほどの圧を感じる。
なのに。
「動きません、か。大した度胸だ。その度胸に免じて、一瞬で消してあげますよ」
ズゥメルは指先をブルーへと向ける。
その指先には魔力が込められている。
放たれれば、確実にブルーは死ぬ。
「ブルー! 逃げろ! こんなところで死んじゃダメだ!」
僕は必死に叫んだ。
大事なパートナーの危機なのに、全く身体は動いてくれない。
「喚いたところで一緒です。死になさい」
指先の魔力が放たれる。
ブルーへ真っ直ぐ向かっていく魔力弾。
その様子はスローモーションのように見えた。
死ぬ。
ブルーが死ぬ。
ずっと一緒にいてくれたパートナー。
冒険者として楽しい時も辛い時もその側にはブルーがいた。
そんなブルーがいなくなる?
嫌だ。
それだけは絶対に嫌だ!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ! ブルー! 〈
ブルーは魔力弾が届くすんでのところで封剣に吸い込まれていく。
「はぁ、はぁ、ブルー……」
封剣にはブルーの魔力を感じる。
スキルは正常に発動されている。
「ほう……。〈
「ここからだ。僕たちはここで終わる訳にはいかないんだ」
身体が動く。
さっきまで動かなかったのが嘘のようだ。
「ふぅ。仕事が増えますが、良いでしょう。それほど死にたいというなら付き合って差し上げましょう」
ズゥメルから威圧感が膨れ上がる。
魔力だ。
圧倒的なまでの魔力が圧を生み出している。
「すぐに済みます。ジッとしていてくださると助かりますが」
ズゥメルの手が僕に向けられる。
「させるか! 〈
分裂させた剣を速攻で飛ばす。
「遅い。欠伸が出ますね」
ズゥメルは指だけで円輪刃を止めてみせた。
魔力をかなり消費した後とはいえ、全力の一撃。
スピードも威力も最大で放ったはずだった。
これが実力差か。
正直、絶望的だが、負けられない。
「次はこちらから行きますよ」
「……っ!」
容赦なく迫る魔力弾。
単純なモーションから放たれながらも威力は殺人級。
「ぐぅ……!」
魔力弾を受け止める剣から感じる衝撃。
攻撃は何とか弾けているが、その衝撃はじりじりとスタミナを削っていく。
「存外、粘りますね。なら、これはどうですか」
またも魔力弾が飛んでくる。
ギリギリでも何とか弾けないことはない。
目の前の攻撃に集中する。
「ふっ……」
迫る魔力弾の向こう側。
ズゥメルが少し笑った気がした。
「え?」
集中を切らしてはない。
そのはずだった。
しかし、僕は魔力弾を見失ってしまった。
そして次の瞬間、激しい衝撃に襲われた。
「がっ……」
何が起こったか、分からなかった。
ただ、僕の身体は一瞬で壁に吹き飛ばされていた。
「……ぐっ……あっ……」
走る激痛。
あまりの痛みに視界が霞む。
今、倒れたら死ぬ。
その思いだけが僕の意識を保たせる。
「……効かない、な」
足元の剣を拾って、辛うじて立ち上がる。
想像以上に重い一撃。
ズゥメルの様子を見るに軽い攻撃なのだろうが、レベルが違いすぎる。
「強がりを。生意気も過ぎると不快ですねぇ!」
ズゥメルの魔力光が強さを増す。
身体はいよいよ動かない。
剣を握っていても、上げることすらままならない。
強がってはみても、ここまでか。
どうにもならない状況に心が折れかけて――
「お主は変わらぬな」
聞き覚えのある声。
ここで聞こえるはずのない声。
「ヴァレ……ット……?」
姿は見えないが、確かに聞こえた。
間違いない。
これはヴァレットの声だ。
「何をしておる。前を向け。お主の手に何がある?」
手にあるのはブルーと融合している封剣。
「お前の良さは自分以上にパートナーを想えることじゃ。パートナーとの絆を信じよ。さすれば、きっと力は応える」
「……信じる……力……」
目を閉じる。
封剣に宿るブルーに意識を集中する。
「何を……」
ズゥメルの声には気も止めない。
ただブルーだけを感じる。
これまでよりもずっと近くに。
これまでよりもっと深く。
「〈
その一言と共に僕たちは光に包まれた。