レガノスの拳は止められなかった。
爆音と衝撃が身体の中を駆け巡る。
それらが過ぎ去って、意識が戻ってきた。
身体は……まだ動く。
「ちぃ……上手く避けたか」
レガノスの拳は僕の頭上で岩壁に突き刺さっている。
避けたのではない。
あの時、攻撃を受け切る手段は無かった。
ただ度重なる疲労に膝が抜けただけ。
奇しくも尻餅をついたことで、攻撃から逃れることができたのだ。
「なんだ、打ち止めか? よく見れば勢いがまるで無い」
「そんな……ことは……」
床に転がった剣を掴もうとして、取り損ねる。
意識が、定まらない。
魔力を使い過ぎている。
そう思い至ってオーブに拘束をかけるが、もう遅い。
僕の身体は限界をとうに越えていた。
「……これで終わるのは口惜しい。が、仕方ない。なに、すぐに済ませてやる」
レガノスの拳に魔力が集中していく。
逃げないと死ぬ。
理解していながらも足に力が入らない。
「じゃあな、人間。楽しかったぜ」
振り上げられる拳。
僕はそれをただ見ていることしかできなかった。
「待て!」
声と共に風が吹いた。
「……何の真似だ。ルーシェ」
レガノスの視線の先にはルーシェが剣を構えていた。
「いつまでも寝ている訳にもいかないのでな。それに――――」
ルーシェはこちらを見て、
「人間だけに任せておくわけにもいかないからな!」
ルーシェの魔力が風となって渦を巻く。
「ウェント・グラディウス!」
放たれる風の刃はレガノスへと向かっていく。
だが、ルーシェも怪我を負っている身。
最初ほどの勢いはない。
「浅い、浅いな! ルーシェ!」
刃による斬撃は軽く防がれる。
今の威力では障壁を破るどころか、削ることさえできない。
「やはりダメ、か……。おい、ディノ……だったか、まだ動けるか?」
「立つのがやっと、です。もう魔力がなくて……」
「そうか……。なら私の魔力と力を使え。 お前は魔族の力を使えるのだろう?」
「はい。お互いの合意があれば、恐らくは」
初めてヴァレットと会った時を思い出す。
あの時、ヴァレットは僕を受け入れてくれたからテイムできた。
同じようにできれば、ここでもできるはずだ。
「……ディノ、私の力を貸す。こんな事は言いたくはないが……その力で共にレガノスを……倒して、くれないか」
「ルーシェ、さん……」
ルーシェは頭を下げていた。
あれほど人間を嫌っていた彼女が、だ。
それは並々ならぬ決意だろう。
「分かりました。ただ一つ言っておくことが」
「何だ?」
「さっきも言ったように僕はもう魔力がほとんどありません。〈
「この際文句などない。構わん、存分に使え」
その言葉を確認して、僕は立ち上がる。
僕の目の前にはウィンドウが表示されている。
ルーシェ・リシュタークをテイムしますか?
YES/NO
僕はYESのボタンを押した。
テイム完了の文字が表示されたのを確認して、僕は叫ぶ。
「〈
ルーシェの身体が光に包まれ、足元の剣へと吸い込まれていく。
自前の魔力はほぼ使い切った。
身体から力が抜けていく。
そして今、新しい力が入ってくる感覚があった。
「これは……」
魔力のようで魔力よりも力が漲る。
呼吸のたびに、身体が満たされていく。
「(今感じているのは幻想種特有の魔力、煌魔だ。通常の魔力よりも出力が高い。幻楼郷にはそれが満ちている。もう魔力の心配はないだろう。存分にやってやれ)」
ルーシェの声が頭の中に響く。
これまでブルーとしか使用していなかったから気づかなかったが、〈
ルーシェの言う通り、魔力不足だったのが嘘のように全身から力が溢れてくる。
これなら何とか戦える。
僕は剣を拾い上げて、切先をレガノスへと向ける。
「貴様、何をした? 虫の息かと思えば、息を吹き返したかのように漲っている。それにどうして貴様からルーシェの気配がする?」
「君に答える必要はないよ。僕たちの全部で君を倒す……!」
「まあいい。俺を楽しませてくれるなら、何でも構わん!」
レガノスが吼える。
咆哮に呼応するように魔力が燃え上がる。
「レガノスッ……!」
「人間ッ……!」
衝突する剣と拳。
打ち合う度に衝撃が響く。
煌魔という新たな力をもってしても、レガノスを押しきれない。
それどころか最初に戦った時よりも強くなっている。
「はははっ! 楽しいな! 貴様は俺をより昂らせる!」
戦いの中でレガノスはその炎をさらに強めている。
力への渇望が更なる成長を呼んでいるのか。
「(ディノ、このままでは勝てん。だが、奴とて消耗は激しいはずだ。私とお前、その全力で決めるぞ)」
「……分かった!」
煌魔は周囲に満ちている。
今ならオーブ無しでも使えるはずだ。
「
捉えられるだけの煌魔を剣へと集中させる。
「大技か。そうはさせん!」
迫りくる猛き炎。
限界をゆうに越えたこの状態でもう攻撃は喰らえない。
「ウェント……イージス!」
剣を地面に突き刺し、周囲に障壁が生まれる。
障壁は炎の行く手を阻む。
「何?」
「これで決める! ウェント! グラディウスッ!」
魔力の渦が風の刃を展開する。
「はああああああああッ!」
全ての刃と共にレガノスへと駆ける。
レガノスもまたこちらへと向かってくる。
「俺は負けんッ!」
繰り出される拳を風の刃が迎え撃つ。
発生する衝撃は肌を伝って、その激しさを感じさせる。
レガノスもまた最大の力をあの拳に込めている。
今が分水嶺。
ここを制した者がこの戦いの勝者だ。
「俺は力を示す! こんな所で負けてたまるものかッ!」
レガノスの炎が勢いを増す。
限界の状況においても、まだ力が上がっていく。
「(……これほどまでとは。ディノ、このままでは)」
「分かってる……! 無茶でも何でも、ここは越えなきゃいけない!」
僕が意識を向けたのは業魔のオーブ。
さらにオーブを制限解除すれば、更なる出力が得られる。
ダメージの大きい現状では危険な行為。
だが、負けられない、負けたくないという思いが僕を駆り立てる。
「
ブレーキの取れたオーブは急速に剣から流れてくる煌魔を吸収し、増幅させる。
それにより、剣の勢いは飛躍的に向上する。
「何、何だこの力は。何故、人間がこのような力を出せる!?」
「これは僕だけじゃない。僕と、一緒に戦う仲間との力だッ!」
趨勢は決した。
オーブによって更なる出力を得た僕たちの剣はレガノスの拳を圧倒した。
遠くへ吹き飛んでいくレガノス。
それを視界に捉えながら、意識が薄れゆくのを感じる。
曖昧になっていく意識の中で、僕は何かが砕ける音を聞き、倒れていくレガノスを見た。
もうそこからのことは定かでは無い。
ただ一つ言えるのは。
僕たちは確かにこの戦いに勝ったのだ。