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君の隣で眠らせて
君の隣で眠らせて
上丘逢
恋愛現代恋愛
2025年02月22日
公開日
11.9万字
完結済
山手線2周。1回5000円。それが、彼との契約。 慢性疲労症候群の晃宏(あきひろ)と、彼が唯一、隣にいると眠れる枕的存在の絢音(あやね)。二人の交わした契約の時間は、次第に二人の仲を深め、切り裂いていく。それぞれを想う二人のすれ違う恋のお話。 このお話はフィクションですが、慢性疲労症候群は実在する病気です。 重症度も症状もその人によって変わります。 すべての人が少しでも心やすらかにいられますように。 表紙画像はかんたん表紙メーカー様を使っています! オリジナル素材/powered by かんたん表紙メーカー

第1話:プロローグ

プロローグ


 山手線2周。1回5000円。

 それが、彼との、晃宏との契約だった。

 山手線の1周は1時間3分〜4分、おおよそ2時間。1時間あたり2500円で、彼の隣に座っているだけの仕事は、アルバイトなら破格のお給料だ。

 しかも、全額手取り。交通費は支給で、たまにお昼も出るという超高待遇。

 けれど、今になって思う。なぜ、引き受けてしまったのか。

 お金に困っていたわけではない。あのとき、頷く以外の選択肢が絢音にはなかった。

「絢音さんにはほんとうに感謝しているんですが、もう続けられそうにないんです」

 晃宏が硬い表情で目の前で握った手を見つめる。絢音の顔から視線を背けるようになったのは、いつからだったろうか。

「これで、契約終了にさせてください」

 頭を下げた彼から漂う香りが、絢音の心をざわつかせる。結局、どうしようもない安らぎと焦燥を与える、この香りの正体はわからなかった。

「わかりました」

 ついさっきまで、自分の肩に触れていた髪が、肩の重みが、彼の横顔が、胸にせり上げてくる。

 山手線の真ん中の端の席で彼が眠りにつくその時間は、絢音にとっても大切な時間だった。

「もし……」

 言葉が口をつく。

「はい」

 彼の相槌に我にかえる。

 もし。

 一体、何を言おうというのか。

 困ったら、連絡してくれ?

 気が変わったら、いつでも、雇ってくれ?

 嫌じゃなければ、いつもの席に?

 私の──、なんて。

 言えるわけない。

「いえ、なんでもないです。ありがとうございました」

 深くお辞儀をする。コーヒーを残して、席を立った。

 私こそ、感謝してもしきれない。この半年間、晃宏の隣にいられて幸せだった。

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