雲ひとつない月夜。九朗と赤ずきんは近くの広めの川へと来ていた。葦などが生えておらず、短めの雑草のみの見通しの良い河川敷で二人は敵を待っていた。無論、敵と言うのは
森の中での戦闘は、音楽家が動物を操る能力を持っている以上、相手の
「赤ずきん……音楽家は果たして来るだろうか?」
まだ到着してから十分も経ってはいないが、心配そうに九朗は赤ずきんの方を見た。当の赤ずきんは自信有り気に笑みを浮かべている。
「来るさ。お前の傷が完治する前に仕掛けて来るに決まってる。ああいう
そう言った赤ずきんの視線の先にはいつの間に現れたのであろうか、深緑色の
「
「けっ。
鋭い目つきと共に赤ずきんが右手の中指を立てる。ふと、九朗はそのサインはドイツ文化圏でも通用するものなのだろうかと疑念に思ったが、今はそんなことどうでもいいなと音楽家の方へと視線を戻した。
「おお、怖い怖い。そんなつれない事を言わないでくださいな。でも変なんですよね貴女の
「あったり前だ下衆野郎! こいつは狼だ。てめぇの物語では狼と狐と小兎は一度騙されてるからな。てめぇに復讐する機会を窺ってるんだよ!
「……僕は彼の物語の狼ではないんだがな」
「うっせぇよ!」
赤ずきんが両手に
「おい、
「さぁ……? 何ででしょうかね?」
とぼけた表情を音楽家は浮かべる。それは、赤ずきんを激高させるには十分な返答だった。
「ああそうかよ! だったらさっさとくたばりな!
赤ずきんの手にした銃から
いつの間にか音楽家は、その手にしたヴァイオリンから激しい旋律を奏でていた。すると空からは大量の鴉が、そして川の水面から大小様々な魚が飛び出し凶弾の壁となっていた。音楽家の前には犠牲となった動物の死骸の山が積み重なっていく。
「てめぇ……生命を弄ぶとはいい
そう叫んだ赤ずきんのすぐ横で、先程の白いタンクトップを着た男が手斧を赤ずきんへ向けて振りかざしていた。それを九朗があらかじめ用意しておいた鉄パイプで受け止める。一般人が用意できる武器という武器は、こんなものしか九朗には思いつかなかった。
「ちっ、
そう言うと赤ずきんは音楽家の方へと距離を詰めにかかっていた。
無茶な事を言うと九朗は思いながら目の前の男と対峙した。筋骨隆々。その辺のスポーツジムで筋肉を鍛えていそうな男。かわって九朗は筋肉などほとんどないような優男。見た目からしても雲泥の差が垣間見える。唯一勝っているところと言えば、その目。タンクトップの男は虚ろな目をしていて常に視線が泳いでいる。呼吸も荒い。やはり強制的に操られているのであろう。自我があることがか細い勝機かと、諦めにも似た笑みを浮かべて九朗はその手に持つ鉄パイプを構え直した。
男が九朗へと襲い掛かる。その手斧を大きく滅茶苦茶に振り回しながら九朗へと迫っていた。さすがの九朗でも、ここまで大振りで意図の希薄な戦法とも言えぬ攻撃ぐらいならば、なんとか手にした鉄パイプでもいなすことができた。
斧と鉄パイプがぶつかりあうことを剣戟と表現してもよいものであろうか。甲高い音と火花が辺りを彩る。九朗は攻めには転じていないもののなんとか防ぎきっているようだった。
そんな
「ったく、埒が明かねぇ……。胸クソも悪い。たかが
そう言った赤ずきんの顔の横を黒い鴉が通り過ぎる。赤ずきんの白い頬に一筋の赤い線が刻まれる。
「ちっ。物量じゃやっぱり不利か……」
「どうされましたかな
こちらを挑発するかのように音楽家が不敵な笑みを浮かべる。赤ずきんはひとつ溜息をつくと音楽家を睨み付けた。
「なにいい気になってやがるクソ野郎が。あんまり使いたくなかったんだが……この際しかたねぇ」
赤ずきんはその手に持っていた
「……は? え?」
先程まで自分の優位を勝ち誇っていた音楽家もこれには驚愕の表情をするしかなかった。たかが一四〇センチ程の小柄な少女が、二メートルを超す到底人が持って撃つようなモノではない武骨な、あまりにも大仰な銃……もはや銃ですらないそれをその両手で持ち、こちらに向けているのだ。
「ちょ……ちょっと待ってください赤ずきん! 貴女! それはさすがに
「うっせぇぞクソ
赤ずきんは右手側に両手でその長身を構えると、