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第11話 Rapunzel -eins-

 毎分約三六〇〇発……秒にして約六〇発を瞬時のうちに撃ち出すその凶器ガトリングは、音楽家の身体を見事に撃ち抜いていた。

 ……いや、撃ち抜くという表現は正確ではない。もはや撃ち抜かれたのかすらも疑わしい。なにせ、約二五ミリ×一三七ミリの弾薬が降り注いだのだ。長さ的に言えば、一般的な携帯電話の大きさとほぼ同じだ。そんな大きさの銃弾が毎秒六〇発撃ち込まれたのだ。当然無事で済むわけがない。その一発一発が致命傷になる……いや、一発だけで肉が抉れ、骨は砕かれ、血が飛散し、ぽっかりとその疵穴を残す。おおよそ五百円玉と同じ大きさの穴が開くのだ。それが毎秒六〇発。形容する言葉があるとすればそれは穿つとしか言えないであろう。

 数秒の斉射が終わった後には、音楽家の身体は見るも無残な姿になっていた。身体中銃創だらけ……と、言うには身体が残っていなかった。そこにあったのはただの肉片。どの肉が人体のどの部分であったかすらわからない。辺りは肉片と血の海が広がるだけだった。

 その肉片もやがて光に包まれ姿を消していく。後に残ったのは一冊の魔導書グリモワールのみ。赤ずきんは手に持った回転式多銃身機関砲ガトリングを霧散させると、それに近付き拾い上げ、魔導書グリモワールを光へと返していった。


「驚いたな……銃……と言っていいのかわからないが、あんなものまで出せるのか」


 先程まで白いタンクトップを着た男の相手をしていた九朗が赤ずきんへと近づき様に言った。


「ああ、あれな。この前ゲームしてたら出てきた。所持枠だけ圧迫して大して使えねぇと思ってたが、実際使って見ると意外と快感だな。まあ、大きくてバランスが取りづらいからそう易々と使うわけにはいかねぇが」


 ちらりと赤ずきんは九朗の相手をしていた男の方を見る。音楽家が消滅したからだろうか、男はうつ伏せに倒れていた。外傷はなさそうなので気絶しているだけのようだった。


「んで、所有者マスター。ケガなんかしてねぇだろうな?」


 珍しく赤ずきんがやさしい言葉を掛けてきたので九朗は驚きを隠せなかった。


「ありがとう。心配してくれて。大丈夫だ、僕は何ともない」

「けっ。ちげぇよタコ。まだ戦闘が終わってねぇから動けなくなってると困んだよ!」


 そういうと赤ずきんは両手に拳銃ハンドガンを作り出すと、川辺へ、その水面へと銃口を向けた。


「……出て来いよ。いつまで隠れてんだよ」


 そう赤ずきんが告げると、徐々に水面が大きく膨れ上がる。水しぶきがあがり中から金色の球体が姿を現した。大きさは直径で二メートルぐらいはあるだろうか。その球体は下部から金色のうねうねした触手のようなものを延ばすと、器用に足代わりにして水面から陸地へと移動をしてきた。

 なんとも奇妙な生き物……であろうか? 九朗は自分の中にあるグリム童話の知識をフル動員するが、該当するような生き物が出てくる話は思い付かない。


「赤ずきん……あれは、何だ?」

「ああん? 見りゃわか……らねぇか。まあよく見ておけよ。おい! いい加減姿現せよ!」


 赤ずきんがそう叫ぶと、金色の球体の真ん中が、細い糸のように一本一本裂けて、徐々に左右へと開かれていく。そう、球体はすべて細い糸のようなものが集合したものだった。中から現れたのは一人のお姫様プリンセス。ピンク色のドレスに零れんばかりの大きな胸、そして金色の長い長いとてつもなく長い髪が特徴のお姫様プリンセス


「よう、髪長姫ペトロシネッラ。いや、髪長姫ラプンツェルか。淫売のクソビッチが覗きとは随分と高尚な趣味してやがんな? ああん?」

「あら、赤ずきんロートケップヒェン。貴女も人の事言えないでしょ? 赤ずきんの赤は破瓜しょじょの赤だったかしら? それとも月経つきのものの赤だったかしら?」


 品性のないやり取りだと九朗は思った。


 ラプンツェル……。グリム童話では、魔女によって塔に幽閉された髪の長い少女が、王子との邂逅を描いた話だった。九朗も詳細までは把握していないが、とても有名な話であったと記憶していた。それが何故水底に身を潜めていたのだろうか。


「けっ。んで? てめぇが黒幕か? 音楽家シュピールマンにも言ったがなんであたしらを襲う?」


 ラプンツェルはその両足で大地に降り立つと、今まで球体を構成していた長い黄金の髪はうねうねと縮みだしラプンツェルの背後へと納まった。どうやら伸縮自在のようらしい。だが、その毛量は未だ多くラプンツェルの足下にも大量に鎮座していた。


「そうね、別に隠す程のことでもないし教えてあげてもいいわ。でも、簡単に教えたんじゃあ面白くはないわよね?」


 そう僅かに微笑んだラプンツェルはまさに妖艶。見る者を魅了するような誘惑的な視線に、甘い甘い心の琴線に触れて蜜のように溶かす声色。九朗もその姿に心臓が高鳴っていくのを感じていた。

 そんな腑抜けた九朗に気付いた赤ずきんは、その脚を思いっきり踏みつける。


「いっ! 何するんだ赤ずきん!」

「うっせぇ! てめぇが情婦ヤリマンに色目使ってんのが悪いんだろうが! 所有者あたしのものに手ぇ出してんじゃねぇぞお姫様アバズレが!」

「あら、貴女の読み手マスターも中々いい男ね。別に取って食おうなんて思わないわよ。他人のものを盗る趣味はないわ。でも、少しぐらいなら味見してもいいでしょう? うふふ」


 ラプンツェルは九朗の方へと向くと、ピンク色の舌で下唇を艶めかしく舐めると、自分の胸を強調するかのように胸の下で腕を組んでその双丘を押し上げた。その様子に怒り心頭なのは勿論赤ずきん。


「てめぇ……ぶち殺すぞ! ああん?」

「……冗談よ。まあ、半分は本気だけれども。それで、貴女たちを襲う理由……だったかしら? それは私のおうちで教えてあげるわ。後でいらっしゃいな。でも、覚悟はしておきなさい。命の保証はできないわよ?」


 そう言うとラプンツェルの髪がうねうねとまた動き出し、椅子のような形になったかと思うと、ラプンツェルはその椅子に腰かけた。そして、その椅子は虫のように多脚になり今にも駆け出そうとしていた。


「ああ、そうそう。赤ずきん。言い忘れていた事があったわ」

「ああん? てめぇいい加減に……」

「ねぇ赤ずきん? 貴女の愛は本物なのかしら?」


 その一言に辺りは静寂に包まれる。いきなり何を言い出すのであろうか。無論、その静寂を破るのは赤ずきんだった。


「はぁ? お前何言ってやがんだ?」


 怪訝な表情でラプンツェルを睨む赤ずきんだったが、当のラプンツェルは先程までの妖艶な雰囲気ではなく、真剣なそれでいて物悲しい表情をしていた。


「ねぇ赤ずきん。貴女の愛は、物語に記された偽物の愛なんじゃないの? 『赤ずきん』という登場人物に課せられた、役割が演じている偽物の愛なんじゃないの?」


 赤ずきんの目が大きく見開かれる。今までそんなことは考えたことがなかったと、その驚愕の表情が物語っていた。


「な……何を……」

「貴女は本当にマスターを愛しているのかしら? ただ、狼を愛したいだけなんじゃないの? 狼の役割がただ彼だっただけで、彼を本当に愛しているわけじゃないんじゃないの?」

「……っ、そんな……わけ、ねぇだろうが! あたしは所有者マスターを愛してるよ! こいつ以外の所有者マスターは考えられねぇ!」


 激高する赤ずきんをラプンツェルは冷ややかな、そして憐れむ様に見つめていた。


「そう……貴女も呪いに囚われているのね……。可哀想な……。次はおうちで会いましょう。赤ずきん」


 そう言うとラプンツェルを乗せた黄金の髪の椅子は、大きく飛びあがると闇夜へと消えていった。


「待ちやがれクソビッチ! てめぇ! ざけんなゴラァ! 戻ってこい! 殺してやる!」


 ラプンツェルが去った後には、赤ずきんの慟哭にも似た叫び声だけが木霊こだましていた。



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