病院を出てから数十分。リュウトは街外れの森の中に来ていた。
今まではぼんやりとしかわからなかった魔力がどの方角から出ているかまで感じ取る事ができ、迷うこと無く出来損ないの悪魔を追うことが出来た。
「あの悪魔の魔力もだけど、トウヤのペンダントの魔力も感じ取れて助かった……」
魔力を感じる方向へ進んでいくと、出来損ないの悪魔の奇声が森の中で響く。
「グァァァァ!」
声が聞こえる方に向かうと森が少し開けた場所に辿り着いた。そこでは甲殻の悪魔が立ち、出来損ないの悪魔が跪き頭を垂れている。
リュウトは近くの茂みに隠れ二人の姿を探す。
「捕獲ごくロウ、余計なのが付いてきたが死にかけだしまぁイイ。お前つけられてないだろうネェ?」
「は……イ」
頷きながら掠れた声でゆっくりと話す出来損ないの悪魔。下げられた頭を見下ろしながら蜂に似た表情を甲殻の悪魔は歪ませる。
「そうカイ。ならあそこのガキはなんだろうネェ」
甲殻の悪魔は出来損ないの悪魔を見下ろしたまま左手を振り上げ、リュウトが隠れている茂みに狙いを定めた。軽く鎌を振るうと緑色の魔力を宿した三日月型の斬撃がリュウトに向かって真っ直ぐ飛んでいく。
リュウトは右手の魔剣を振り下ろし飛んで来た斬撃を砕く様に破壊した。
「素直に出てくるだけこのバカよりましカネェ……この出来損ないガ!」
茂みから姿を現したリュウトは甲殻の悪魔に視線を向けながら、魔剣を握る右手に力が入る。
甲殻の悪魔はリュウトを見つめたまま後をつけられていた出来損ないの悪魔を蹴り倒す。その光景にもリュウトの怒りが湧き上がる。
「前よりいくらか強くなったようだネェ。わかっているサ、お前は連れて来た二人が望みだロウ?」
甲殻の悪魔が羽で隠していた自身の後ろを披露すると、片膝をついたまま逃げる事が出来ないレンとトウヤの姿があった。
「ああ、お前らを倒してレンとトウヤと帰るんだ!」
「ホウ……生意気に言うじゃないカ。でもそれが出来ればイイけどナァ!!」
甲殻の悪魔が全身に力を込めると、大きな突風と共に緑色の魔力が稲光のように吹き出す。左手で隠していた顔を上げ、僅かに目を開けながら嫌悪感を抱いた表情を浮かべる。
「この力……ッ!」
甲殻の悪魔はリュウトが言い切る前に距離を詰め、両手の鎌で連撃を繰り出す。休む間も与えない猛攻にリュウトは後退しながら何とか魔剣で受け流していく。
「リュウト大丈夫かな……」
何も手が出せないレンとトウヤは近くの岩陰に隠れながら両者の攻防を見守っている。そんな中、トウヤが押され気味のリュウトに不安の声を漏らす。
「……あいつなら大丈夫だ、おれは信じるぞ」
トウヤがレンの顔を見ると、眉に皺を寄せながらリュウトを見つめるその目に揺らぎがないことが伺えた。
心から信じているのだろう。その強いレンの思いに、トウヤは不思議と安心感を覚えた。
だかその戦況も、連撃を加え続けた甲殻の悪魔に軍配が向く。
「その程度カイ?味気無いネェ」
回避が僅かに遅れたリュウトは魔剣の軌道をズラされ、数発の斬撃を受けながら空中へと飛ばされてしまう。
「冥土の土産に教えてヤルヨ」
甲殻の悪魔は四枚の羽を広げ、地面へ落ちていくリュウトに追撃を加える。落下する勢いを斬撃で受け止め再び宙へ上げると、まるで壁の中で四方八方に弾むボールのようにリュウトへ斬撃を繰り返した。
「あのガキと出来損ないを使って人を喰ってたのはアタシサァ」
斬撃を浴びせながら自慢話をするように自身の行いを話していく甲殻の悪魔。リュウトを守る黒いマントコートも、次第に裂け目が大きくなる。
「あの出来損ないはアタシが作ったンダ。それをガキの魔鉱石(まこうせき)に忍ばせて、いいタイミングで全てを……喰ラウ!」
言葉の勢いと合わせて両手の鎌を振り下ろし、リュウトを地面へと叩き付ける。僅かにえぐれた地面からは砂煙が舞い上がった。
「我ながら完璧な計画ダロウ?おかげでこれだけのチカラをーー」
全てを言い切る前に、砂煙の中から黒い魔力を帯びた斬撃が甲殻の悪魔の左側の羽根と左腕に直撃する。左腕は軽傷で済むも、脆い羽は斬撃により斬り落とされた。
「ウワァァァァァ!」
甲殻の悪魔は悲痛な声を上げながら地面へと落下する。黒い血を流す左腕を抑えながら砂煙を睨みつけた。
「お前……これ程のチカラをどこカラ!?」
「この前戦った時だ。あの時から何かが変わった」
僅かに晴れてきた砂煙を払うように魔剣を振るうリュウト。さっきまで劣勢状態で受けていた連撃の傷は癒え、傷付いていたマントコートも修復されている。
全身からは湯気のように黒い魔力が立ち昇っていた。
「強くなったのはお前だけじゃねぇんだよ」
今度は自分の番とでも言いたげにリュウトが甲殻の悪魔へ斬り掛かる。回復が間に合わない左腕を庇いながら激しい鍔迫り合いを繰り返すも、やがて右腕の鎌も刃こぼれが見え始めた。
真っ直ぐ見つめてくるリュウトの目に、甲殻の悪魔は全身に焦りと寒気を覚える。
「このままジャ……ヤラレル!」
攻撃していた筈がいつの間にか防御へと形成が逆転した甲殻の悪魔。焦りを覚えリュウトの斬撃を交わしていくも、その一撃は弱まる所かより一層強靭なものへと変わっていく。
「そのつもりだ。もう逃さねぇぞ」
最後の鍔迫り合いを押し通したリュウトは出来損ないの悪魔を射程外へ斬り飛ばし、甲殻の悪魔には尻もちをつかせる。
ジリジリと歩み寄りながら右手の魔剣を天高く掲げた。
「終わりにするぞ」
魔剣には黒い魔力が宿り、赤黒く鋭い光を放つ。
逃げられない射程まで来ると、リュウトは両手に力を込め一気に魔剣を振り下ろす。
だがその瞬間、甲殻の悪魔は笑みのような顔を浮かべると、吹き飛ばしたはずの出来損ないの悪魔を盾として斬撃を防いだ。