目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
マスター・ワールドヘリテージ ~天狼域の守護者たち〜
マスター・ワールドヘリテージ ~天狼域の守護者たち〜
只野緋人/ウツユリン
現代ファンタジー異能バトル
2025年02月24日
公開日
1.6万字
連載中
“進化”によって、全人類が獣人《ホモ・ルプス》となった惑星〈ルカリシア〉。 そこでは、自然界の頂点に君臨する“空翔る”狼、天狼《てんろう》を巡る、長きにわたる人と獣の歴史が刻まれていた。 「――おばあちゃんがくれたこの命で、今度はあたしが誰かの命を救うの!」 そんな決意を胸に抱くは、一人の天才少女、桜田ナルミ。 彼女は、祖母から受け継いだ古くて新しい“心臓”を胸に、最高の人工心臓を開発するため、世界最高の医療技術を誇る〈LC・ファーマ〉への就職を目指す。 「――民には、真実を知る権利があるわ」 一方、永世中立企業王国ラクリキアでは、若き王女、ヴァヴァリアが民のために心を砕いていた。 謎の死を遂げた弟の悲しみを背負い、王務を放棄した父王に代わって、気丈に王国を導こうと日夜奔走する。 出逢うはずのなかった二人。 しかし、復讐の炎を宿す「もう一人の王女」の出現によって、彼女たちの運命は交錯する。 「――妾が、真のラクリキア女王じゃ!」 未来に希望を灯す少女の願いが――。 泪の過去を背負う少女の願いが――。 復讐の炎に燃える少女の願いが――。 三人の少女が邂逅するとき、それぞれの胸に脈打つ“心臓”の秘密が、世界を大きく揺るがす――。 己の宿命に抗い、未来を掴もうとする少女たちの、壮大なる現代ファンタジー、ここに開幕。

【二人の王女】編

第1話:心臓を受け継いだ少女

 ——永世守護中立王国ラクリキアから遙か大陸を隔てた、日本・西京都東区郊外のとあるアパートの一室。


『——本日、首都キアでは、おととしに不慮の死を遂げた王子・フルヴィオ・シュヴィーツ・ラクリキアの追悼式が開催されています。王国伝統の採集儀式〈狩り〉の途中、持病の発作により急逝したと伝えられているフルヴィオ王子ですが、その死には依然、多くの謎が残されており、一部では王位継承を巡る陰謀との見方もある中……』

「王子さまが亡くなって、もう二年かぁ。リアたん、あれからほんとに笑わなくなっちゃったよね……」


 空色のパステルカラーのベッドにうつ伏せて、ぶんぶんと肉付きの良い足を蹴っては曲げる。そのたびに、ふさふさした軽やか濡羽色の毛並みに、桜色の毛先をした尻尾がぱたぱたと嬉しそうにシーツを叩いた。

 古い癖らしく、リラックスしたときによくやっているところを見かける。おかげで地味に脚力が培われているわけだが、もっぱら癖は無意識に出るので、本人オーナーには自覚がない。


「リアたんの笑顔は世界一! いや、銀河級っ!」


 などと謎のガッツポーズを繰り出しつつ、頭の三角耳をぴんと立てて、オーナーの彼女は枕元に転がした球体の立体可触映像タッチブルへ指を走らせている。眼前の宙空へ投影されたネットニュースのウィンドウ横へずらすスワイプすると、慣れた手つきで写真庫フォトスタックあさりだした。

 無雑作に宙空へ散らばったサムネイルの背景はバラバラで、会見映像プレス切り出しスクショから、画質の荒い超遠望写真まで、選り取り見取りだ。が、被写体はどれも同じ、銀髪をボブカットにした、凛々しい相貌の少女のもの。

 それを「にひひっ」と、涎を垂らさんばかりの悪笑いで拡大縮小ピンチイン・アウトを繰り返しながら「いよいよリアたんに会えるっ! あっ、なんて言お。桜田ナルミ十六歳、四歳から大ファンなんです! って? いや〜んっ。オタクがバレちゃう」と、相変わらず独りでそうオーナーは——ナルミは宣っていた。


「ねね、A.L.E.S.S.A.アレッサはどうおもう? あたしの夢、知ってるでしょ? したら、リアたんとお友だちになるの! そんで、落ち込んでるリアたんを応援してあげるの!」


 デフォルメされた狼のキャラクターがプリントしてあるシーツで仰向けになりながら、唐突にナルミがへそう訊いてきた。


『気概は相変わらず大したものです、マスター。相手方がリアルプリンセスでなければ、ですが』


 ナルミの左耳、そのこめかみ近くで黒髪を留めているヘアクリップ。

 彼女の故郷でしか育たない、薄桃色の低木花の花びらを模したアーモンド形の薄型の筐体。

 それが、汎用支援演算機アシストアルゴリズムである自分の筐体ボディだ。


「もう王女さまじゃないよ。来週にはリアたん、ラクリキアの女王さまになるんだから。ああ〜新入社員で継承式、みられるかなあ。ずっと非公開だったし、たしかな情報源ソースがなかったんだよね」


 センサの集合体ともいえるボディでナルミの興奮状態を感じ取り、彼女の元へやってきた十二年間のデータから次の展開を予測する。次いで、ボディに格納している機能線維ワイヤーをするする伸ばし、ナイトテーブルへ差し向けた。


『そもそも——』


 そうしてボディ先端の切り欠きを、発語に合わせて緑葉色にチラつかせつつ、極めて冷静に言葉を返す。


『自身のスナップショットをハァハァしながら、鼻血まで流して毎日眺めまわす相手と、近づきになりたくないのは、人間の生理現象として真っ当かと、マスター。……はい、ティッシュ』

「だから『マスター』はやめてってば。——わわっ、ルカルカがっ!」


 キャラクターの名前を叫びつつ、ナルミは絶妙のタイミングで手渡されたティッシュペーパーを鼻へ突っ込んだ。

 正直、お気に入りのシーツを鼻血で汚すかどうかより、ナルミにはもっと自身のへき——もとい体質を気に掛けてほしい。うら若い十代ティーンでも、否、ティーンだからこそ流血は発育に良くない。鼻血も積もれば貧血になる。

 自分は、サポートアルゴリズムSAとしてナルミの健康管理と身の回りの世話をするのが役割なので、常に心配ごとリストが埋まっている。彼女の一挙手一投足にはいつも、ヒヤヒヤさせられっぱなしだ。


「あたし、鼻息あらくないし! 肺活量が多いだけだし! 入社試験の年齢制限さげてくれたし、リアたんは心が広いんだよ!」

『はい、そうですね。とにかく落ち着いてください。またルカルカが血塗れになってしまいますよ』


 こんなときでも、かのプリンセスにナルミはぞっこんだ。抗議してくるナルミが見上げた透過天井は、プリンセスのポスターで埋まっている。

 とはいえ、ナルミの頑張りは自分がいちばんよく知っているつもりだ。だから彼女のテンションが上がるのも、わからなくはない。

 わからなくはないからこそ、これから待ち受ける“新生活”のリスク評価をするだけで、思考回路が焼けつきそうだった。


『マスター。その歳で大学を卒業した努力は、サポートアルゴリズムのワタシも誇らしいです』

「へへっ。ありがとっ、アレッサ。いつもアレッサが支えてくれたおかげだよ。アレッサはあたしの大親友!」

『ですが! 言うまでもなく、健康が第一ですからね? マスターの心臓は、微妙なバランスのうえで動いています。ワタシが見張っているかぎり、危険が及ぶことはありません。しかし、マスターも知っているとおり、お祖母様から譲り受けたこの心臓は……』

「――。わかってる、アレッサ。毎日、おばあちゃんの“心”もそう言ってくるんだもん。『さっさと新しいのに換えてもらいな』って。でも、この心臓があったから、あたしは今こうしていられるんだから」


 そう言ってナルミが静かに胸に手を当てるのが、センサ越しに伝わった。

 白いキャラクターシャツの膨らみの下、古い傷痕が残る胸で、ナルミの祖母から移植された心臓が、年齢を感じない力強い拍動を打ち続けている。自分に蓄積された医学データと照らし合わせても、申し分ない働きだ。

 それでも、〈LCファーマ〉が開発した未承認のハイブリッド心臓置換術によって移植された、御年八十八の心臓は骨董品アンティーク以下の代物でしかない。いつ、動きを止めてもおかしくなかった。

 それに、たとえ動き続けたとしても、

 彼女がユニーカを行使するたび、この心臓は激しく消耗していくのだから。


「だからあたし、ラクリキアに——〈LC・ファーマ〉に行くんじゃん。おばあちゃんがくれたこの命で、今度はあたしがほかの誰かの命を救うの。あたしみたいな人をなくすために、最高の人工心臓を開発する。それが、おばあちゃんとの約束だから」

『……約束。ええ、そうでしたね。……あ。マスター、大変です。搭乗便の予定時刻が繰り上がっています。天候不良を回避するためだとか。あと一時間で離陸です』

「えぇっ⁈ やばっ‼」


 跳ね起き、壁に昨晩から掛けておいたフレッシャーズスーツへ、ナルミが手早く着替えていく。そんな孫娘の門出を祝うように、多機能ディスプレイを兼ねた壁で、ナルミの祖母の写真が微笑みかけていた。


『荷物はまとめてあるんですから、慌てず急いで怪我しないように——』

「わわわっ⁉」


 言った矢先から、ナルミがつま先をベッドのかどへつっかけた。——が、その身体が流れるように前屈し、コンパクトな着地を決めてみせる。

 そうしてジャケットの内ポケットから、分厚い羊皮紙の封筒を丁寧に取り出し、微笑む祖母の写真へと薄い胸を張って掲げた。


「——おばあちゃん、いってきます!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?