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終焉への備え


吾郎は梓に対して、冷たい態度を崩さなかった。




その冷淡な様子に、梓も雅香も少し違和感を覚えたが、彼が“隠れ富裕層”だと思い込んでいる二人は、むしろ吾郎に積極的に近づいてきた。




「ねえ、吾郎くん、さっきあのレストランで食事してたの?」


雅香が何気ない風を装って問いかける。




吾郎は眉を少しひそめた。この女も梓と同じ穴の狢で、ろくな人間ではない。




自分の食料を奪い、命を落とすきっかけを作った者たちの一人なのだ。




「そうだ。」


吾郎は冷淡に答えると、両手をポケットに突っ込み、さっさとスーパーへ向かった。




梓と雅香も慌てて後を追ってきた。




「吾郎くん、どこに行くの?」




梓が優しげな笑顔で尋ねる。






「スーパー」




吾郎は面倒くさそうに返事をし、不機嫌さを隠さない。もし彼女に世界の終わりの絶望を味わわせる計画がなければ、その場で殺してやりたいほどだった。




梓は雅香に目配せし、




「偶然ね、私たちも買い物に行こうとしてたの!一緒に行こう!」


と話を合わせる。




吾郎には、彼女たちの思惑がほぼ見抜けていた。自分が高級レストランで食事しているのを見て、富裕層だと勘違いし、急に優しく振る舞っているに違いない。




特に話すこともなく、吾郎はそのままスーパーへと歩みを進める。




しかし、そんな態度がむしろ二人の思い込みを強化する結果となっていた。もし普通の男なら、美女二人にこんな冷淡な態度を取るはずがない――二人はそう思い込んでいたのだ。




二人は吾郎の横にぴったりと付き、特に梓はわざと彼に触れるように時折手を伸ばしてくる。そして吾郎が振り向くと、恥ずかしそうに顔を赤らめ、可憐なふりをして目を逸らすのだ。




吾郎は心の中で冷笑した。




「梓、君は本当に演技がうまいな。女優でも目指せばいいんじゃないか?」




吾郎はスーパーに入ると、カートを手に取り、すぐに商品棚の方へ向かった。梓と雅香も慌ててカートを手に取って後に続いた。




「吾郎くん、誰かと一緒に食事してたの?」




梓がにこやかに尋ねる。




吾郎は食品売り場へ向かいながら、冷たく答えた。




「一人で食べてたんだ。何か問題でも?」




梓は目を輝かせ、




「あら、別にそういう意味じゃないの。ただ、あそこって高いレストランだから、誰かを招待してるのかと思って。」




雅香も口を挟んだ。「吾郎くんの月給って30万くらいだよね?一食でその何倍も使うなんて、家が裕福なんだね!」




梓は眉をひそめ、雅香を睨んだ。




こんなことを言うなんて、ホントにバカなのね。モテ女子の鉄則は、“金持ちには愛情を、貧乏人にはお金の話を” 雅香にはまだ難しかったようだ。




雅香も自分の失言に気づき、慌てて笑いながらごまかした。




「はは、冗談だよ。みんな友達なんだから、お金のことなんて関係ないよね」




吾郎はその話を無視し、食品売り場の商品を一つずつ見て回った。商品棚に並ぶ豊富な食材を見て、彼はまるで宝の山に入り込んだかのような気分になった。前世で、たった一袋のインスタントラーメンで三日間を凌いだことがあったのだ。食べ物に対する渇望は計り知れないものがあった。




吾郎は迷わず、棚の上の食品を次々にカートに放り込んでいった。ソーセージ、インスタントラーメン、レトルトご飯、調味料――すべてを大量に購入するつもりだった。




その光景に、梓と雅香は目を見開いていた。




「吾郎くん、こんなに買ってどうするの?キャンプにでも行くの?」




「そうだな。」


吾郎は無愛想に返事をした。




雅香は疑念を抱き、梓にこっそり囁いた。




「本当にキャンプなら、富裕層はもっといいものを買うんじゃない?」




梓も疑いを感じたが、あのミシュラン三つ星レストランでの豪華な食事を思い出し、吾郎が富裕層であるという可能性を捨てきれなかった。






彼女は吾郎に駆け寄り、親切そうに尋ねた。




「手伝えることがあれば、言ってね!」




無料で労働力を提供してくれるなら、都合が良いことだった。そして、彼女の無邪気な笑顔を見て、吾郎の中に復讐の念が芽生えた。この際、梓に自分が大量に物資を蓄えていることを見せつけてやろう。そして、世界の終わりが到来して彼女が助けを求めに来たとき、無情に突き放してやるのだ!




吾郎の唇に薄い笑みが浮かんだ。


「じゃあ、カートを押してくれ。」




梓は喜んで引き受け、雅香もカートを追加で持ってくるように指示された。二人は少し怪しみながらも、吾郎の指示に従った。




吾郎は保存可能な食品を大量に購入し、さらにもう一台のカートには新鮮な肉、野菜、果物、そして生きた魚を詰め込んでいった。異空間が生鮮食品にどう影響するかを試すためだった。




カートが三台も一杯になり、肉類や缶詰でいっぱいのカートを梓と雅香に押させることにした。その重量は200キロ以上にも及び、二人は汗を流しながら必死にカートを押していた。




梓は少し不満げに口を尖らせて、


「吾郎くん、これ全部食べる人いるの?何かイベントでもあるの?」と尋ねた。




それに吾郎は冷笑しながら答えた。


「もうすぐ世界の終わりだから、食料を溜め込んでいるだけさ。」




梓はくすっと笑って言った。


「もう、そんな冗談はやめてよ。今日はこんなに手伝ったんだから、今度おごってくれるよね?」




彼女の目には、期待の色が込められていた。ミシュラン三つ星レストランでの食事を期待しているに違いない。




吾郎は薄く笑みを浮かべ、


「いいよ。ただ、最近はちょっと忙しいから、来月にしようか。」


と答えた。




梓は嬉しそうに、「じゃあ、約束ね!」と返事をした。




雅香もすかさず寄ってきて、「私も一緒にね!」と喜びの表情を見せた。ただカートを押すだけで豪華な食事が食べられるなら、それに越したことはない。梓はそんな彼女をまた睨んだが、雅香は気に留める様子もなかった。




吾郎は大量の物資の会計を済ませた。合計金額は37万円にも膨れ上がったが、彼は平然と支払った。もうすぐ、これらの物資の価値が数万倍にもなるだろうことを知っているからだ。




吾郎が買った品数の多さに、スーパー側もカートを貸し出すことに快諾してくれた。二人を労働力として使い、カートを自宅まで押させた。実は車を持っていて、荷物の運搬には困らないのだが、使えるものは使う主義だった。




二人は口々に「疲れた」と漏らしていたが、豪華な食事をおごってもらえる約束に励まされ、必死にカートを押し続けていた。




こうして、三人は道行く人々の驚きの視線を浴びながら、三台のカートを押して吾郎の自宅へと向かっていった。

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