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華麗なる饗宴



吾郎たちは三台のカートに満載の物資を押しながらマンションへ戻った。




道中、多くの近所の住人がこの光景を目にし、思わず囁き合っていた。吾郎も特に隠す気はなかった。




スーパーでの買い物の時点で、既に一部の住人には目撃されている。どうせ梓や雅香もすぐにこのことを他人に話すに違いないのだ。隠そうにも、いずれ明るみに出ることはわかっていた。むしろ、世界の終わりが到来すれば、自分の家に物資を求めて押しかける人が現れることを予想していた。




そのすべてを、一度経験しているのだから。




だが、吾郎は恐れてはいなかった。今回は先回りして準備を整えるつもりでいたのだ。見えるけれど、手が届かないようにしてやる。吾郎と梓たちは同じ高級マンションに住んでいた。




吾郎はIEONの倉庫の管理者だったため、近所の住人から割引品を頼まれることも多く、みんな彼の顔を知っていた。吾郎たちが大量の物資を押して帰ってきたのを見て、孫を連れた林木花子という老人が近づいてきた。




カートの中の食材や新鮮な牛肉を目にし、彼女は羨望の眼差しを向ける。




「吾郎さん、ずいぶんとたくさん買ってきたじゃない。倉庫で処分品が出たのかい?」




「こんなにあっても食べきれないでしょう?近所にちょっと分けてくれないかね?」




この林木花子は自治会の会長をしており、少しばかりの権力を振りかざして、近隣住人に口出しすることが多かった。




日頃から吾郎に安い日常用品を頼んでばかりで、常に得をしたがる性格だった。前世でも、彼女は吾郎から物資を無理にせしめ、しまいには他の住人たちと一緒に吾郎の家を襲撃するような恩知らずな人物だ。




梓と雅香も面倒ごとは避けたいのか、


「これ全部吾郎さんが買ったんです、私たちはただ手伝ってるだけですよ」


とすぐに弁解した。




すると林木花子の視線は吾郎に向けられ、彼女はにこやかに笑いながら言った。




「吾郎さん、これは倉庫の物なのかい?少し分けてくれてもいいじゃないかね?」




話の最中、彼女である孫の雄太がカートに乗り上がり、手を伸ばして高級チョコレートの箱を引っ張り出した。幼いながら目利きが良く、その箱は輸入品で4000円もする代物だった。吾郎は無言でそのチョコレートを取り返し、冷たい目で林木花子を見つめた。




「悪いけど、これは自分のために買ったんです」


すぐに終わるこの世界、彼にはもう無駄な気遣いをするつもりもなかった。




林木花子の顔色がさっと変わった。


「あなた……!」




自治会会長として、顔を立ててもらえないことに立腹した様子だった。




孫の雄太がチョコレートを取り上げられて泣き叫ぶと、彼女は更に不機嫌そうに言った。




「せめて一箱くらいくれてもいいじゃないか。お金は後で払うから」




吾郎は冷笑した。後で払うなど口だけに過ぎない。




「何度も言いましたが、自分で食べるためのものです。欲しいなら自分でスーパーに行けばいい」




そう言うと吾郎は冷たく笑い、二人を促して歩き出した。




彼らが立ち去った直後、林木花子の大声での罵声が後ろから聞こえてきたが、吾郎は気にも留めなかった。林木花子は息子夫婦が外で働いている間、家で孫の面倒を見ていた。普段は日用品をその都度スーパーで購入する生活で、世界の終わりが訪れれば、まず彼女の家が物資を使い果たすだろう。前世では、彼は同情心から彼女を助けたが、今世はそのような慈悲は持たないつもりだ。




林木花子と彼女のわがままな孫が十日も生き延びられれば、それは奇跡だろう。吾郎には、もはや死にゆくものとのやりとりに時間を割くつもりはなかった。




ただの冷酷ではなく、世界の終わりが訪れれば、自分一人を守るだけでも難しい。




関係のない他人の生死に構っていられないのだ。




三台のカートを自宅に押し込んで物資を運び入れると、吾郎は二人に帰ってもらうことにした。




「吾郎くん、忘れずにご馳走してよね!」


梓はウインクして見せたが、吾郎は内心で吐き気を感じた。




適当に相槌を打ち、二人が去ると、すぐに異空間を開いて物資をすべて収納した。そこで物資が空間内でどのように変化するかを観察してみることにした。




作業を終えたころには、すっかり日が暮れていたが、吾郎はすぐには寝ず、紙とペンを取り出して、この一か月間の準備を詳細に計画し始めた。普段は怠惰な彼だが、生き延びるためなら、人は必要な力を発揮できるものだ。




「世界の終わりで快適に過ごすためには、まず食料の確保が最優先。これは何とでもなる。」




「普段の買い物以外の物資も、倉庫から調達すれば十分だ。だが、他人に気づかれないよう、世界の終わり直前に取り出す必要がある」




吾郎はノートに「食料」と書き、その横にチェックマークを入れた。




「次に、暖房だ。」




「世界の終わりが来れば、エネルギーの供給はすぐに途絶え、エアコンは使い物にならなくなる」




「ならば、一番シンプルな方法が良い。暖炉が最適だ」




ヨーロッパの厳冬期には暖炉が一般的で、吾郎の部屋も改装し、断熱材も追加しておく必要がある。




リフォームのことを考えると、前世で自宅が住人に襲撃された記憶が甦り、彼はわずかに顔を歪めた。愛猫「ミキ」の姿が脳裏に浮かび、彼は拳を握り締めた。




「あの悲劇を繰り返さないためにも、今度は鉄壁の避難所を築くべきだ」




「高強度の鋼板を設置して、簡単には破られないようにする必要がある」




世界の終わりでは生きるために人々がどんな手段をも厭わなくなる。徹底的な準備をしておかなければならないのだ。安全な避難所の構築は、金さえあれば簡単に解決できる。




東京には上流階級向けのセキュリティサービスがあり、その中には避難所を築くサービスも含まれている。




前世では、ある超富裕層が小型核にも耐えられる要塞を作ったという話を耳にしたことがあるほどだ。




「次に薬だ。病気になっても治療できないのは避けなければならない」




「IEONの倉庫には一般的な風邪薬や解熱剤などがあるが、それだけでは不十分だ」




「カンブリア吹雪は数十年続く。万全の準備が必要だ」


幸いにも吾郎は倉庫業をしているため、病院のスタッフとも顔見知りである。




必要なだけ金を積めば、どんな薬でも手に入るだろう。これらの問題に目途が立ったところで、吾郎はノートに再びチェックマークを入れ、ペンでノートを軽く叩いた。




「次に解決すべき最後の問題が残っている」




彼の目が鋭く輝く。




「武器だ!」



世界の終わりが来れば、人々は人間性を失い、物資を奪い合う戦いが至る所で勃発する。




生き延びるためには、十分な武力を持たなければならない。吾郎は格闘の達人ではないが、武器があれば安心だ。




「鉈やバール、斧は簡単に買える」




「弓やエアガン、複合弓も手に入れるルートがある」




「だが、最も強力なのはアメリカ製の居合用ナイフだ。これはブラックマーケットでしか手に入らない」




吾郎は顎に手を当て、まだ解決していないが、一か月の猶予があるなら道は見つかるだろうと考えた。




彼は3時間かけて計画を練り直し、仕上げると、熱いシャワーを浴びて心地よいベッドで眠りについた。




……


翌朝、吾郎はベッドから起き上がった。




夜中に悪夢で何度か目が覚めたため、あまり良くは眠れていなかった。




目を覚まし、まだ自分の家の暖かいベッドにいることを確認すると、彼は安堵のため息をついた。




世界の終わりでの出来事は彼の心に深い傷を残していた。




再びあの苦しみを味わわぬため、吾郎は万全の準備をする決意を新たにした。起床後、吾郎は自分で朝食を作り、異空間を開いて昨夜収納した物資を確認した。すると驚いたことに、一晩放置した肉や野菜、果物がまったく変化していなかった。




肉はすぐにはわからないが、通常は一晩置くと新鮮さが失われるはずの果物や野菜が、購入したばかりのように瑞々しいのだ。




「この異空間は現実世界とは別の時間で動いているのかもしれない。


あるいは、時間が止まっている可能性もある。これは大きな朗報だ!」




こうなれば、ためらわずに多種多様な物資を空間に保管できる。




ただし、カートに入れていた数匹の魚は全て死んでいた。




「生き物は空間内で長くは生きられないらしい。自分も住むには向かないな」




だが、それは大した問題ではなかった。




この異空間があれば、何かと役に立つに違いない。




こうして新たな考えが湧いてきた吾郎は、




「では、料理を保存したらどうなるのだろう?」


とふと思った。




いずれは自分で料理を作る必要があるものの、プロの料理人には及ばない。一人での食事には早晩飽きがくるはずだ。そこで吾郎は、オワリオルホテルに電話をかけた。




「はい、こちらはオワリオルホテルでございます。


どのようなご用件でしょうか?」




「客を招待するので、300卓分の料理を予約したい」


吾郎はすぐに言った。




この大型予約に、ホテルスタッフも驚いた。




一卓で最低でも20万円の料理が並ぶホテルであり、300卓ともなれば総額は6000万円に上る。




電話の向こうのスタッフは、すぐには答えられず、




「少々お待ちください。担当マネージャーをお呼びします」


と言って対応を引き継いだ。




しばらくして、別の人物が電話に出た。



「もしもし、お電話ありがとうございます。


こちらはオワリオルホテルのマネージャー、渡辺正雄でございます。


お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」



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