目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ヤクザに強気で対抗


電話が鳴り響き、吾郎が受話器を取った途端、向こうから凄まじい罵声が飛び込んできた。



「XXXXXX、お前、死にたいんだろうが!」



「大島をここまで怒らせたんだ、覚悟はできているんだろうな!」



「舐め腐った代償だ。お前ごとき、東京から追い出してやる。信じるか?」



大島は東京でも名の知れたヤクザの親父で、配下に数百人を抱え、幾人かの命に関わりがあるという噂が立っていた。マンションに住む住人たちは誰しも彼を避け、面倒ごとに巻き込まれまいとひたすら大人しくしていた。



ヤクザである大島にとって、メンツを守ることは何よりも重要であり、誰であろうと彼に歯向かった者には必ず大きな代償を支払わせる。それが、彼のポリシーであった。



吾郎が住人のグループチャットで彼の名前を軽く口にしただけでも、それはすぐに大島の耳に入り、挑発と受け取られたのだ。



電話の向こうで、大島は怒りに満ちた声を張り上げた、


「本当に死にたいんだな!今度はどうして黙り込んでるんだ!」



だが、吾郎は一歩も引く気はなかった。冷ややかな笑みを浮かべると、「お前なんかクソ野郎だ」


と冷たく言い放った。



「威張ってどうするんだ?社会のお荷物が、偉そうに吠えるな!」



そう怒鳴り返すと、吾郎はすっきりとするのを感じた。



前世では、家に押し入られ、死に追いやった大島に対して、長年の鬱屈した怒りが解放されるような気がしたのだ。



思いもよらぬ吾郎の怒鳴りに大島は電話の向こうで一瞬固まり、そして再び怒り狂ったように罵声を浴びせ始めた。



吾郎は冷たく吐き捨てた、


「お前なんか役立たずのゴミだ。さっさと消え失せろ!」



言葉を叩きつけると、電話を一方的に切り、相手をブロックした。言葉を返し、そのまま吐き捨てたことに、大島が電話の向こうでどれだけ激昂しているかを思うと、心の中に爽快感が波のように広がった。



テレビの前に歩み寄り、監視カメラのスイッチを入れた。TGNセキュリティ会社が吾郎のために作り上げたセーフハウスの設置にあたり、マンションを監視できる方角にもカメラが取り付けられていた。



どんなに過剰で用心深すぎた監視だろうと、お金がある限り解決できないことなどない。そしてTGNもまた、顧客の特別な要求に応じることをためらわなかった。



今や、家の周り全体が吾郎の監視下に収まっていると言っても過言ではない。



モニター越しに大島の住む六階に目をやった。案の定、彼の家のドアが荒々しく開けられ、ダウンジャケットを羽織り、手には野球バットを持ち、憤怒に燃えながら飛び出してきた大島の姿があった。



だが、外出一歩目で、大島は思わず肌を刺す冷気に身を縮こませた。外は氷点下25度。威嚇のためにベストの下にダウンジャケットを羽織り、胸のタトゥーを見せびらかすためにわざとジッパーを開けていたが、その傲慢さが瞬時に彼に冷酷な現実を突きつけた。


周囲に誰もいないことを確認すると、大島は慌てて手を擦りながらマンションからこちらに向かって来た。



吾郎はソファに腰掛け、ゆっくりとテーブルの下からハンドクロスボウを取り出した。これは狩猟用で、300キロのイノシシでも一撃で仕留めることができる強力なものだ。20センチの矢が肉に深々と刺さる威力を持つ、殺意のこもった武器だった。



鼻歌を口ずさみながら手際よく矢を装填した。最近の練習のおかげでハンドクロスボウの扱いにもすっかり慣れており、15メートル以内なら命中精度はほぼ完璧だ。スイカほどの大きさの的であれば、まず外すことはない。



大島は走ってきた。吾郎は矢を装填したクロスボウを片手に玄関に向かった。安全扉の上部、2メートルの高さには専用の射撃孔が設けられており、この孔は内部からしか開けることができない仕組みだ。



吾郎は椅子に足をかけ、射撃孔のカバーをそっと開けると、クロスボウを大島の方に向けて構える練習をしてみた。



万が一のために、吾郎のポケットには拳銃も収まっている。たとえ相手が怪力であっても、今日この場所に来たことを必ず後悔させてやるつもりだ。



やがて大島の輪郭どんどん鮮明になって来て、罵声もはっきりと分かるようになった。いとも簡単に吾郎の家を探し出した大島は、玄関に到着するなり野球バットを振り上げ、口汚い言葉を叫びながらドアを叩き始めた。


「加藤、クソ野郎。さっさと出てこい!」



「馬鹿野郎、さっきはよくも偉そうに吠えやがったな!出てこい、お前の死に様を今から教えてやる!」



大島は怒りのままに罵声を上げ、全力でドアを叩いた。しかし、その安全扉は厚さ20センチの防弾金属で補強されており、その防御力は一部の戦車にも匹敵する代物だった。



ヤクザとは言え、大島が野球バットで破壊できるものではなく、逆に衝撃で大島の手に痛みが走るばかりだった。



罵り続けていたが、大島はまさか自分がすでにクロスボウの狙いを定められているとは知る由もなかった。



射撃孔越しに、大島の荒々しい姿が見える。その顔は怒りで赤く染まり、必死に威圧をかけようとしているが、その行動はただ無駄な悪あがきに過ぎなかった。



吾郎の口元には冷たい笑みが浮かんでいた。この扉の向こうで大声を張り上げる大島がいかに脅しをかけようとも、その声は全く響いては来ない。むしろ、その必死さが滑稽に思えた。



「さあて、どうするかな…」吾郎は内心で呟いた。



目の前の大島を今すぐにでも仕留めることはできた。クロスボウの矢はすでに装填されており、その矢は彼の頭部に確実に命中するだろう。しかし吾郎はすぐには引き金を引かなかった。



大島に対して一発だけで決着をつけるのは、あまりにも安易すぎる。彼が経験するべきは、一瞬で終わる死ではなく、じわじわと忍び寄る恐怖と絶望だった。



そう考えると、吾郎は狙いを少し下にずらし、大島の足元を見据えた。彼の顔に浮かぶあの自信満々の表情が消え去り、恐怖に変わる瞬間を見たいという思いが、吾郎の中に湧き上がっていた。



次の瞬間、引き金が静かに引かれた。



小さな破裂音があたりに響き、鋭い矢が音速で放たれた。一直線に飛ぶ矢は、大島の足を見事に貫いた。



「ぐわああああっ!」


大島は凄まじい悲鳴を上げて倒れ込んだ。



深々と矢が突き刺さり、その痛みによって大島は全身を震わせた。外は氷点下25度の極寒であり、痛みと冷たさが相まって、大島の表情は恐怖に歪んだ。


射撃孔越しにその光景を静かに眺めた吾郎は、大島が苦しみながら足を抱えて転げ回る姿に、ある種の満足感を与えるものであった。これで大島が二度と挑むことはないだろう――少なくとも、これほどの痛みと恐怖を経験した今となっては。



「これで少しは静かになるだろう」


吾郎は小さく笑い、射撃孔のカバーを閉じた。



そしてハンドクロスボウを元の場所に戻すと、拳銃を再びポケットにしまい、ソファに戻って腰を下ろした。



彼にとってこれは日常の一部に過ぎなかった。目の前の敵を排除することも、その手段がクロスボウであろうが、拳銃であろうが、重要なのはただ一つ――この終末の世界で生き延びること。そのために彼は、どんな手段も躊躇しない覚悟を決めていたのだ。



少し経過して、マンションエレベーターの音が再び響き、大島は這うようにしてエレベーターに乗り込んだ。彼の顔には恐怖が色濃く浮かび、冷や汗が零下の空気の中で瞬く間に凍りついていく。



エレベーターのドアが閉まるとき、大島は吾郎がいる方角から目を逸らし、必死に逃げるように閉鎖ボタンを苛立たしく連打していった。その姿をカメラから見届けた吾郎は少し微笑みを浮かべ、テレビの画面を消し、部屋の静けさに耳を澄ませた。



彼にとって、静寂こそが最も心地よい環境だった。


慈悲な一撃には、純然たる殺意が感じられたのだ。



大島は身を引きずりながら、ようやく理解した。自分がどれほど恐ろしい相手に対峙してしまったのかを。



ヤクザというものは、本質的に死を恐れない度胸と凶暴さによってその勢力を維持している。彼らの尊厳というものは、一般市民がヤクザを恐れることに支えられている。



しかし、クロスボウの矢を持ち出すような暴徒を目の前にしたとき、ヤクザですら、その心に恐怖が生まれる。




このままでは、治療を受けなければ半時間と経たないうちに、この脚は完全に使い物にならなくなるだろう――大島はその現実を突きつけられたのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?