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第34話

「ちょっと待って、穂花ちゃん。公式配信者って、なんの話?」

 話についてこれていない凛子にそう尋ねられて、私はわざとらしく彼女と向き合う。

「あら、話してなかったかしら?」

「聞いてないよっ!! いきなり巻き込まれて、意味分かんないってっ!」

「まぁまぁ、落ち着きなさい。これは凛子にとってもかなり良い話なんだから」

 興奮した様子で詰め寄ってくる凛子を宥めるように答えると、少し落ち着きを取り戻した彼女は小さく首を傾げる。

「私にとっても? それってどういう意味?」

「ほら、言ってたじゃない? 探索者としても、配信者としても一番を目指すって。そのためにも、公式配信者になるのはプラスに働くと思うのよ」

 どこからのサポートも得ずに個人で活動していくのは、トップを目指す上でデメリットが大きい。

「もちろん、どこかに所属することで制限されることだってあるかもしれないけど。それでも私としては、個人での活動ではいつか限界が来ると思うの」

 だったらいっそ、管理局という巨大な後ろ盾を得た方が活動の幅が広がると思う。

「ちょうど小春さんから公式配信者にならないかって誘われてたから、いいチャンスだと思うの。私と一緒だって言ったら、小春さんだって上司を説得しやすいでしょ?」

「そりゃあ、Sランク探索者の穂花ちゃんがやってくれるなら上司も頷くと思うわ。もともと、私は最初から穂花ちゃんに頼もうと思ってたし……」

「だったら、そこに凛子が付いてきてもむしろお得でしょ? 凛子なら配信のイロハは熟知してるし、その分サポートに割く手間も省けるし」

 それに凛子のチャンネルをそのまま公式にすれば、最初から視聴者だって付いてくる。

「凛子は公式配信者って肩書が得られてハッピー。私は面倒な配信業務の大半を凛子に頼めてハッピー。小春さんは上司からの指示を達成できてハッピー。まさにWin-Win-Winの関係でしょ」

「それは、そうかな? そうかも?」

 どうやら小春さんはかなり揺れ動いているみたいだ。

 ここは、押しの一手だね。

「凛子だってやってみたいでしょ? 引き受ければ、日本初の管理局公式配信者だよ」

「それは、そうかも知れないけど……」

 どうやら、こっちもこっちで興味を引かれているようだ。

 それからもしばらく説得を続けていると、先に折れたのは小春さんの方だった。

「……分かったわ。それじゃあ、凛子ちゃんさえよければその方向で上司を説得してみる」

「良いんですか? 最初は穂花ちゃんだけの予定だったんですよね?」

「まぁ、そうだったんだけどね。でも穂花ちゃんには一回断られてるし、それに凛子ちゃんが真面目な良い子だってことは、配信を見て知ってるし。もし引き受けてくれるなら、お姉さんは嬉しいな」

 そう言って、小春さんは優しい表情で凛子を見つめる。

 そんな視線を向けられて、しばらくして凛子は覚悟を決めたように頷いた。

「……分かりました! 私、やってみます!」

「うんうん、話が纏まったみたいで私も嬉しいわ。それじゃあ、小春さんは上司の説得をよろしくお願いします」

「ええ、任せて。こうなったら絶対に説得してみせるから。ちょっと時間はかかるかもしれないから、結果はまた連絡するわね」

 気合いを入れた表情を浮かべて、力強く頷く小春さん。

 彼女に任せておけば大丈夫だろう。

「それじゃ、これで話し合いは終了ね。帰りましょうか」

 そう言って立ち上がった私は、少し早足で部屋を出ていこうとする。

 しかしその動きは、小春さんによって呼び止められてしまった。

「いやいや、まだ終わりじゃないわよ。穂花ちゃんには、これからイレギュラーの報告書を書いてもらわなくちゃいけないんだから」

「あぁ……、やっぱり駄目ですよね……」

 抵抗むなしく、満面の笑みでテーブルに資料を広げる小春さんの視線に観念した私は再びソファへと座り直すのだった。


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