フォルの執務室。そこには、残りの三人がいた。三人とも、他の管理者よりかは酷くはないが、怪我をしている。
「……何かあった時は、ここの事は考えるな。前にそう言ったはずだ」
相手が誰であろうと、こんな怪我はしないというわけではない。執務室が、想像以上に綺麗な状態であったからだ。
三人とも、執務室の事を考えていたとしか思えない。
「ぷみゅ。癒し魔法使うの」
エンジェリアが癒し魔法を使う。
「……何があった」
「突然、エリクフィアの民が襲撃した」
「……フォル、結界魔法具が普通に機能してるの。おかしいの。機能してるのがおかしいの。この結界魔法具は、エレとフィルの作ったのだから、エリクフィアの人達じゃ結界を破るなんてできないの。それに、普通の神獣さんでも、フォルに、エレ達に気づかれずに結界を破るのはできないの。結界に何かあれば、分かるようにしてあるから」
エンジェリアが、癒し魔法で三人の傷を癒した後、結界魔法具に不具合がないか確認していた。
「フィル、一応確認して」
「もうした。この結界を破るだけじゃなく、認知させないとなると……エレ、描ける? 」
「みゅ。任せるの。時間は少しかかるかもしれないけど、描くの」
対策。今回の件を踏まえて、今後同じ事が起きないように対策を考えなければならないが、それ以上に、今回の主犯について考えてしまう。
主犯は神獣で間違いないだろう。だが、エンジェリアとフィルの魔法具の上をいく神獣など限られているだろう。
「……フォル、対策なの。対策をしておかないと、また同じ事起きちゃうかも。目的とか、色々と気になるけど」
「エレの言う通りだ。次いつ同じ事が起こるか分からない。それに、対策をしているうちに、犯人像も見えてくるはず」
「……うん。そうだね。ルノ、会議室に行って、今回の件の対策を。君なら、そのくらいできるでしょ? 」
「了解」
「ついでに、休暇をあげるって言っといて。その間は、オルにぃ様達に手伝ってもらう。こっちの対策については、みんながいると邪魔になるだけだから」
フォルは、そう言って、エンジェリアの見ている魔法具を見た。
ルノ達は、会議室へ向かっていた。
「エレ、魔法石抜かれてる」
「ふぇ? ……ふみゅ⁉︎ 本当なの。これ偽物なの」
フォルは、魔法石に魔力が吸収されていない事を見抜き、エンジェリアに伝えた。エンジェリアが、石を取り出して確認する。
「……ルノ、最近、神獣が視察に来た? 」
「来てない。誰も」
「……考えたくはないけど、この中に魔法石を取り替えた犯人がいるかもしれない。もちろん、自分の意思でそうしたとは思ってないよ。相手が神獣なら、洗脳魔法くらい簡単に使うだろうから」
「ふみゅ。これだけなの。他の結界魔法具はちゃんと入ってるの。でも、探知できるようにしてあるのもこれだけなの」
フォル達に気づかれずに結界魔法を破った。その前提が消え、代わりに、誰かが、この魔法具の重要性を知り、魔法石を取り替えた疑惑が生まれた。
だが、その疑惑のおかげで、結界魔法は、普通に破られているだけというのが分かる。それならば、気づかれずに結界魔法を破るより簡単だろう。
「……ぷみゅ。でも、どうして、こんな事するのか分からないの。それに、これなら、対策するにもむずかしいの」
洗脳魔法を防ぐ事ができれば良いが、相手が相手だ。現在の管理者達では、それが難しい。エンジェリアに魔法具を頼むのも良いが、魔法具が奪われれば意味がない。その上、その魔法具を悪用される可能性まである。
「……僕とルノだけの時なら対策のしようがあったけど、今は」
「ふみゅ。エレに任せるの。エレを頼るの。あれだけやって一度っきりだったけど、今も、ずっとフォルから愛情を貰ってるの。だから、一度だけでも、できるかも。それで、洗脳魔法をかからなくすれば良いの」
「愛魔法……それなら、可能かもしれないけど、君がそれを使えるかどうかが」
「使えるの! がんばるの! エレには秘策があるの」
「秘策? 」
「ふっふっふ。愛情を知らないなら、魅了か洗脳魔法なの。それで愛情を感じたと思わせるの。それなら一回くらいできると思うの」
「……エレがそれで良いなら」
エンジェリアが、フォルに抱きつく。
「良いけど、相手はフォルじゃないとなの。フォル以外はやなの」
「分かった。任せて」
フォルは、エンジェリアに洗脳魔法を使った。エンジェリアがフォルを愛していると思わせるだけで、それ以外のエンジェリアの意思は残す。
「……らぶ」
「うん」
「らぶ。フォルのためならなんでもするの」
「ありがと。じゃあ、やってくれる? 」
「みゅ」
エンジェリアが嬉しそうに愛魔法を使う。この拠点内に管理者とフォル達以外いない事は確認してある。
この拠点内に、洗脳魔法にかからないよう、魔法をかけた。
「……ふみゅ。これでも分かんないの。愛とすきは違うの? 何が違うの? 」
「今は知らなくて良いよ。いつかは知って欲しいけど」
「みゅ。分かったの。それより、このあとどうするの? これ以上対策するのは分からないの」
愛魔法を使った瞬間、フォルは、エンジェリアの洗脳魔法を解いた。エンジェリアが、少しがっかりしている。
「フォル、オルベア達に連絡しといたって。すぐくる。だそう」
「うん。ありがと。それにしても、タイミングが良すぎ、だよね? 」
エンジェリアが襲われたのと管理者の拠点襲撃。それが重なっていたのは偶然ではないだろう。
「ふにゅ? 」
「エレは昨晩。ここも、恐らくおんなじくらいに結界を破って侵入した。エレ、何も考えずに、思った事を言って。君はこれが偶然と思える? 」
「思えないの。何か、悪い事しようとしている準備段階だと思うの」
「準備段階か……そうかもしれない。まだ、これといって表立って動いてはいないから。それに、何かするなら、管理者は邪魔になる。先に管理者が自分の事で、外に気を回せなくなっていた方が都合が良いのかも」
これでは、通常業務すらできないだろう。そうなれば、外での情報収集も、禁呪の取り締まりもできない。それこそが管理者の拠点を襲撃した狙いの可能性がある。
「必要以上に荒らされてたというのも、それが理由かもしれない」
「うん。そうなんだろうね。ここまで荒らされてると、元に戻すのに時間がかかるから。誰か動けて管理者の業務もできる相手が欲しいけど……」
そんな都合良く見つかるはずがない。というわけではない。だが、その都合の良い相手も、エンジェリアを守る事が最優先となってしまう。何かあった時、管理者として動けない。
――フュリーナ達がいてくれれば……
フォルが探している、元ギュゼルのメンバー。
支援魔法が得意のフュリーナに、攻撃魔法が得意のミュンティン。暗器使いで近接戦も多少はできるクリンガーに近接戦専門のリーグリード。本家に近しい家柄であり、黄金蝶であるテンデューゼ。
――みんながいてくれれば、こっちの事は気にせずにできるんだけど……
フォルが初めに思いついた相手は、アディとイヴィ。だが、二人とも、ジェルドの王として、エンジェリアを守らなければならない。それがない相手。しかも、フォルがいなくとも、管理者の業務をこなせる相手。それは、フュリーナ達以外思いつかない。
だが、フュリーナ達は現在行方不明。どこへいるかも分からない相手に頼む事などできない。
「……ナティージェを呼ぶか。今、本家でにぃ様達の手伝いしてるみたいだけど。それに、リミェラをこっち側にすれば、どうにかなるかもしれない」
「ふぇ⁉︎ 責任重大なの」
「そんなに気負わなくて良いよ。エレならできるから」
「みゅ。フォルが言うならできるの。ぷみゅ。オルにぃ達に説明したあとは、エクリシェ戻る? 」
「ううん。もう戻るよ。あの人達なら、説明なんていらない。それより、僕らは自分達が今できる事をしよう」
フォルは、そう言って転移魔法を使った。