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転生悪役令嬢の、山村のんびり開拓記 〜悪役なんて投げ出して、【空間魔術】と【繰糸魔術】でスローライフを楽しみます!〜
転生悪役令嬢の、山村のんびり開拓記 〜悪役なんて投げ出して、【空間魔術】と【繰糸魔術】でスローライフを楽しみます!〜
馬路まんじ
異世界ファンタジースローライフ
2025年02月25日
公開日
7.1万字
連載中
(あっ、乙女ゲーだこれ……!) 落馬より目覚めた辺境伯令嬢・エリシア。 彼女は思い出した。 自分がかつて、過労の果てに事故死した社畜だったことを。 そして自覚した。 この世界が前世にやっていた、作者不明の名作乙女ゲームに酷似し……自分は主人公の邪魔をする『悪役令嬢エリシア』であることを。 ゲーム通りに振る舞って、最後は断罪を受ける? そんなの論外! だけど大人しくしていても、政略結婚をさせられた果てに、闇深い社交界に放り込まれてしまうだけ。 過ぎた権力なんているわけがない。 それならば、 「――あらあらぁお姉様、落馬してケガするなんて無様! 軍事国家の未来の妃としてふさわしくないんじゃないですぅ? 墜ちた女なんて娶る王子様に不吉だわ!」 「あ、その理由いただき。許嫁の座、妹《アナタ》に譲るわ」 「えっ」 下剋上を望む強欲な妹に、願い通りすべてを渡してドロップアウトを果たすことにしたのだった。 かくして遠縁の若き男爵――といっても討伐者上がりの一代貴族で、山間の村しか領地を持たぬ男――の下に、預けられることになったエリシア。 「せっかくのファンタジーな世界、好きに楽しまないとねぇ~」 そこで彼女は持ち前の【繰糸魔術】に、さらに前世の魂が目覚めてから覚醒した【空間魔術】を使い、発展させたり遠出したり、原作アイテムを見つけたり、たまにバトルもしてみたりと、縛られない生活を始めるのだった。 だが結果的に、彼女の活躍は社交界や家族たちから注目されることに……?

第1話:目醒め



『操り人形のような人生だった』



 二十四歳独身、海宮 絵里。わたしの生涯はその一言に尽きた。



〝いい学校に入っていい大学を出れば、幸せになれるから!〟



 そう親に言われ、生き方を強要され、幼い頃から受験勉強漬けの日々だった。


 そうしてわたしはエリート公務員たる官僚になるも、労働現場は酷い有様。

 数多の書類作成に追われ、時には政党幹部への接待にも駆り出され、心身を削り減らしていった。



 なってから気付いたよ。官僚なんて所詮は、政治家たちのロボットなんだって。



 かくして過労の果て、深夜の道路をふらふらと歩いていた帰り道。


 ああ、その日はあまりに疲れすぎていたのだろう――背後に迫る黒塗りの車に、直前まで気付かなかった。



「あっ……」



 振り返った時にはもう遅かった。

 視界を染める閃光。ヘッドライトの無感動な白。

 そして感じる物理的圧力の中、〝そういえば運転手さんの影が見えないなぁ。わたしと同じで、疲れて顔を伏せてるのかな〟――なんて、どうでもいいことを考えながら、



「ぎッ」



 見事に轢かれて。わたしは、致命傷を負ったのだった。



『ああ……なんか色々、身体の中で潰れた感じ。これ、死んじゃうなぁ……』



 吹き飛び転がり、地面を何度も撥ねる中で。わたしは確実な〝終わり〟を感じた。


 酷い激痛と、それを覆うほどの眠気が脳奥よりあふれ出した。

 臓器が潰れて体内が血袋になり、脳内の血が一気にその個所へと降りていったのだろう。


 はは。そんなことを冷静に考えられる自分に、苦笑が漏れてしまう。



『まぁ、いいや。どうせ眠かったし』



 わたしの人生はここで終わりか。苦しかったし別にいいや。

 色々無駄になっちゃったけど、親への当てつけにはちょうどいいだろう。


 ああ――でも。



『もしも。もしも、来世というのがあるのなら……』



 薄れゆく意識の中――思い返すのは比較的自由だった大学時代。

 嫁入りのためにと親に様々な習い事をさせられる傍ら、こっそりと乙女ゲームなるモノを一度やったことがある。

 作者不明でネット配布されていたものだ。けど冒険パートなどもあるハイクオリティの有名作らしく、また自由に使えるお金がほとんどないわたしにはありがたかった。



『あのゲームの、エンディング――』



 そのゲームの主人公は上手くいけば王子と結婚できる。

 しかし、失敗すれば悪役令嬢に追い落とされ、周囲全員から見限られて、田舎にドロップアウトさせられるのが常だった。


 いわゆるバッドエンドという終わり。けど、



『いいじゃない。田舎でのんびりできたら、最高じゃないの……』



 なにがバッドなのかわからない。

 そんなエンディングに、わたしは仄かに憧れを抱いていた。

 ゆえに、



『わたしもそんなふうに、どこか遠くでのんびり暮らしてみたいなぁ……』



 もう親にも誰にも縛られることなく、自由に気楽に――。



「…………今度こそ、自分だけの人生を…………」



 わたしはそんな来世を願って、瞼を閉ざしたのだった。





◆ ◇ ◆




 で。



「まさか、本当に来世があるなんてねぇ」



 目を覚ました時、わたしは空を見ていた。

 広がるのは、雲ひとつない青空。真昼の日差しはじりじりと肌を焼き、耳元では草むらがさやさやと風に揺れている。鼻腔に感じる自然の香りが久々すぎて心地いい。

 小さな手をあてどなく伸ばすと、指先にテントウムシが止まった。どっか行きなさい。



「それはそうと、痛いわね」



 全身に鈍痛が走っている。どうやらわたしは、馬から落ちたらしい。

 近くにはあわあわと立ち尽くすオス馬がいて、次に「エリシアお嬢様!」と叫ぶ使用人たちが寄ってきた。



「お嬢様が落馬されたぞ!?」

「どこかお怪我は!?」

「す、すぐに医療系の概念魔術師をお呼びします!」



 青い顔で騒ぐ燕尾服の者たち。

 それも仕方ないか。彼らの見守る範囲で『今のわたし』が傷付こうものなら、最悪クビどころか首が飛ぶのだから。可哀想。



「大丈夫よ、問題ないわ」



 見ていられないからさっさと起きる。

 少々打ち身したようだがまぁ平気。車に轢殺された痛みと比べたらねぇと思いつつ、〝す、すんません! 自分屠殺っすか!? 馬肉っすか!? 最後にサツマイモ食べさせてください!〟的な表情で顔を寄せてきたオス馬を撫でてやる。

 こいつは今日からサクラニックと名付けてやろう。



「お、お嬢様……!?」


「今のはわたしの不注意による落馬よ。心配かけたわね」


「いっ、いえいえいえいえいえ!?」



 ぎょっと驚く使用人たち。

 それからヒソヒソと「エリシアお嬢様が、私たちを案じてくれた……!?」「人形みたいに黙ってるか、口を開けばめちゃ辛辣なお嬢様が……!?」「冷酷なお嬢様が嘘だろ!? 幻聴か……!?」と内緒話する使用人らに溜息を吐く。聞こえてるわよっと。



「はは……冷酷なエリシアお嬢様、か」



 苦笑交じりに呟いてしまう。


 そう――それが今のわたしの名前。エリシア・フォン・フェンサリル。十歳。

 先ほど思い出した前世とは天地ほども立場が違う、大国の辺境伯令嬢サマだ。


 ていうか、



「エリシアって、前世でやってた乙女ゲーの悪役令嬢じゃないの……」



 因果関係、どうなってるわけ?



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【Tips】


・『エリシア・フォン・フェンサリル』

十歳。転生者。旧名は海宮 絵里。辺境伯領・フェンサリル家の長女。妹がいる。

宿した概念魔術は【繰糸】。誓約行動は指パッチン。

人形のように物静かだが、辛辣な性格をしていたらしい。

このたび前世の記憶に目醒め、自分が〝乙女ゲーの悪役令嬢〟であることを把握した。


「因果関係、どうなってるわけ?」



・『馬』


フェンサリル家のオス馬。馬種はゴドルフィンバルブ。三歳。好物はサツマイモ。

調子に乗りやすいところはありつつも、社会の厳しさを弁えているタイプ。

このたび振り落としてしまったエリシアに、『サクラニック』という素晴らしい名前を戴いた。


ちなみに東国には馬肉を『桜肉』と呼ぶ風習があるようだが、たぶん関係はないだろう。


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