目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
アルトリアと小さな物語
アルトリアと小さな物語
空き缶文学
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年02月25日
公開日
5,111字
完結済
大陸を旅するアルトリアは小さな港町に到着。魔獣退治という依頼を受けて森に向かう。

アルトリアの小さな物語

 私は、町から町へ、色んな国と都市、町、村を回り、現在とある町に辿り着いた。

 比較的発展していて、小さいながら港と、近くには森林がある賑やかな港町。

 宿は1階が酒場兼食堂と、2階が宿泊部屋。隣には市場。

 立ち寄る目的としては、次の町に行くまでの食料と仕事探しだ。


「町に入る目的は、観光? 仕事?」

「両方です」


 他の町同様のやり取りをする門番兵は、ちらちら見てくる。


「何か?」

「精巧な剣と鎧だ、国の騎士でも?」

「いいえ、ただの旅人です。この剣も鎧もごく普通の武器屋で売っている代物ですよ」


 飽きを通り越して、無になれる質問を、軽く流した。


「そうか、女性1人の旅は危険だ。悪いことは言わない、ここで仲間を集めた方がいいぞ」

「ご忠告ありがとうございます」


 仲間か……以前一緒にいた仲間はかなり感情的で苦手だった。ほぼ一方的な衝突を幾度と繰り返した結果、解散。もし探すなら、冷静に動ける仲間がいい。

 門番兵の忠告を受け流し、まずは宿に向かう。


「いらっしゃい」


 日没までまだ時間はあるが、酒場は賑わっている。

 この町の住民はもちろん、冒険者や兵士、壁際で辺りを鋭く観察する者もいた。


「1泊、お願いできますか?」

「はいよ、うちは前払いだ。明日の昼までに鍵を返してちょうだい」

「問題ありません、ありがとうございます」


 前払いを済ませて、鍵を受け取る。

 2階の宿泊部屋は全部で5部屋と、思っていたより少ない。

 鍵の番号を確認して階段近くの扉を開ける。

 窓は左ベッド側に1か所、クローゼットに洗面台。

 天井に吊るされた金属ケージに入った晶石を通して灯された温かい光。

 リュックをベッドに置く。

 さて、食料は明日購入するとして、今日は仕事を探そう。

 酒場に行けば誰かは解決してほしい事を抱えているかもしれない。

 鎧も剣も身に着けたまま、1階に下りる。

 どこのテーブルもカウンターも賑わう……受付にいた女性も忙しくアルコールや食事を運んでいた。

 通路を歩くだけで騒々しい視線を浴びる。

 幸運にも空いていたカウンター席に座る。


「仕事を探しているのですが……魔獣退治はもちろん、借金の取り立てもします」


 カウンターの内側にいる丸鼻の店主は、私を見るなり、口まで丸くさせた。


「あ、あぁーお嬢さん冒険者? 冒険者ならギルドに行けばたくさん依頼があるだろ」

「いえ、私は、ギルドに登録、してません」

「なるほど訳ありか……それなら、うーん、ないことはない」


 私の身なりが気になるのか、会話中でも目線が動き回っている。

 今度は何者かに目配せをする。

 目線を追うと、壁際で周りを睨んでいた誰かが、ふらふらとこちらにやってきた。

 赤い鼻に弛んだ肉付きの男で、髭を雑に長く伸ばし、右腕に包帯を巻いている。


「ちょっと仕事の話だ、どけ」


 他の客は抵抗もなく、足早に立ち去っていく。


「アンタ、名前は?」

「アルトリアです」

「聞かない名前だ……本当にギルドの人間じゃないんだな?」

「えぇ」

「ふん、俺は普段狩人をしてるんだけどな、魔獣は専門外だ。ギルドにもフラれた依頼、魔獣退治。受けるか?」

「まず内容を、聞かせてもらえますか?」

「慎重な奴だな、四足歩行のデカい魔獣1頭だ。夜な夜な町にやってきては人を喰らってるらしい、森林の狩人小屋を根城にしてる……ここまで話したんだ、やってくれるな?」


 港町に害が及んでいるのに、ギルドが断るとは到底思えない。

 名のある冒険者がパーティーを組めば、簡単に討伐できるだろう。


「うーん」 

「ギルドも人手不足のせいかまともに取り合ってくれん。ほら前金もやる」


 丸鼻の男が金属の四角いケースをカウンターに置く。

 ケースの蓋が開けば、束になった紙幣が並ぶ。

 魔獣討伐にしては大きな額だ。


「相当闇深いということでしょうか」

「へっへっ、これはお嬢さんの腕を見込んだ対価さ。ギルドに所属していないアンタに選ぶ権利はあるか?」

「分かりました――受けましょう」


 頬肉を揺らして笑う男からケースを受け取った。

 まだこの男を信用できるかどうかは不明だが、本当の話なら調べる価値はある。

 町の門番兵から情報を貰おう。


「人を喰う魔獣? そんなの人里離れた場所ならどこでもいる」

「いえ、町の近く、森林にいると聞いたのですが」

「知らないな。変な奴に騙されたのか? まぁ町の近くなら安全だ、森林までの道もちゃんと整地してある。女性1人でも問題ないだろう」


 鼻で笑うような声。

 増々、疑惑が深まる……とにかく、森林に向かおう――。




 ――整地された道の先に続く森林は人の手によって管理されていた。

 出入口には分かりやすく看板と門が目印になっている。

 深緑が覆う、間もなく落ちようとしている茜の陽射しが葉の隙間から差し込む。

 門番兵の言う通り、町に近いこともあって魔獣の気配がしない。

 森林の奥地に、狩人小屋と呼ばれる建物があった。

 寂れていて、窓は亀裂が入り、扉は半開き状態で軋む音がよく響く。


『ガリガリガリガリ……――』


 小屋からなにか、引っ掻く音がする。

 魔獣か、ただの獣か分からないな、窓から中を覗こうにも曇っていてよく見えない。


『ガリガリガリガリガリ、ガチンっ!』


 金属が外れる音。

 窓から数歩下がる刹那、突然破片を飛び散らしながら、何かが外へ。


「?!」


 咄嗟に剣を前にしてガードの体勢を取る。まさか、気取られた?

 地面を削り滑る影の砂煙で、正体が未だに分からない。

 依頼主の話は、今のところ嘘じゃなさそう。


『ぐぐぐぐぐう』


 砂煙が舞うなか野太い唸り声だけが聞こえてくる。

 煙幕みたく砂を使うなんて、魔獣にしては知性がある?

 地面を蹴る足音は、想像より軽い。

 耳を澄ませて集中しろ、アルトリア……。


『がうぅあぅるる!!』


 背後! 振り向きながら斜めに剣を振り払う。

 灰と茶が混じった体毛が通過していく、大きな口と鋭い牙が頬を掠める。

 体を捻じらせて剣を避けるなんて……理解が追い付けない。

 砂煙が薄くなるにつれ、姿が見えてきた。

 四足歩行の魔獣……琥珀色の瞳をもつ、毛に覆われた体に尖った耳と太い尻尾。

 右後ろ足には鉄製の足枷がついている。

 足枷の鎖は途中で荒く千切れていた。


「狼?」

『…………』


 黙って私を睨んだまま動かない。

 デカい、と言っていたが狼の個体としては大柄な方。

 魔獣の大きさとは比べ物にならないが、町に来たら大騒ぎになるのは間違いない。 

 いつ飛びかかってくるか、私も構えて次の動きを読まなければ……。


『………………待て!』

「なに?」


 おかしい、他に誰もいないはずなのに声が聞こえてきた。

 明るい少年の声、一体どこから。


『オレだよ! 目の前にいる!』

「目の前……狼が喋っている?」

『そうだよ、美しいお嬢さん』


 頭がとんでもなく揺さぶられた気分だ。

 あまりにも狼である存在が、大きな口で人語を話すなんて衝撃的過ぎる。


「……」

『とにかく、武器を降ろして。オレも攻撃しない、むしろ助けてほしいんだ』


 落ち着け、アルトリア。

 冷静を保たないといけない。

 依頼は魔獣退治、狩人小屋にいたこの獣が目標だ。


『お願いだ、君はあの太った野郎に騙されてる。オレは魔獣じゃない、ただの喋る狼なんだ』

「喋る狼なんていない」

『それは、うん、まぁでも喋る狼がいてもおかしくない、だって世界は広いだろ?』


 喋る狼に世界を語られるとは……人生で初めてのことだ。

 だが、一理ある。会話ができるのなら、話を聞いた方がいいだろう。


「はぁ、分かった、事情を話して」

『実に賢明な判断だ!』


 尻尾を横に振っている。


『あの太った野郎、オレが珍しいからって売ろうとしやがったんだ。腕に噛みついて反撃してやったら、足を繋がれて閉じ込められた。まともにご飯も貰えていない、腹が減って仕方ないんだ……頼むよ、見逃してくれ』


 どうしたものか、怪しいとはいえ依頼を受けてしまったわけだ、放棄すれば厄介なことが起きる。

 とはいえ嘘をついてる、偽の依頼を掴まされたとして、ギルドに報告してもいい。

 しっかりしろアルトリア、とても簡単な選択肢だろう。


「人を食べたことは?」

『一度もないさ、オレはリンゴが大好きでね、リンゴだったら目が眩んで盗み食いをするだろう。人肉に興味はない』

「ふぅ、分かった、見逃す」

『本当か!? いやぁ助かるよ』


 見逃すことを選んだ。

 明日の朝、ギルドに今回の依頼について報告しよう。


『それじゃあ』

「待て、その足枷を外さないと」


 狼は大人しく立ち止まる。


『結構頑丈だぜ、そこらへんの武器じゃびくとも――』


 剣で手枷を叩くと、いとも簡単に砕けた。

 さすがドワーフ……扱いには十分気を付けないと。


『おおぉう! なんて強力な武器だ。ありがとな、この借りはちゃんと返すぜ』

「別にいい、さっさと逃げろ」


 調子よく尻尾を振り、礼を言って、森から出ていった――。




 ――港町に戻る頃にはすっかり暗くなっていた。

 依頼主は酒場にいるだろう。

 夜になるとさらに酒場は賑やかになっていて、座る場所がないほどに溢れかえっている。

 壁際を探したが、周りを睨んでいる依頼主はいない。

 人混みのなかを割り込み、カウンターにいる丸鼻の男性のもとへ。


「すみません、ここで依頼をくれた狩人はどこに?」

「あぁ、あの人なら今不在だ。もう少しかかるだろうから部屋でゆっくり待ってな」

「そうですか……分かりました。ではまた後で」


 仕方ない、一旦部屋に戻ろう。

 2階入り口、宿泊部屋の扉が少し開いている……鍵をかけたつもりだったが、盗みかもしれない。

 警戒しながら扉を開けた。

 誰もいない――視界が突然真っ暗になる――首に縄状の物を巻かれてしまう。


「よぉお嬢さん……喰われたかと思って冷や冷やしたぜ。どうだい、面白い獣だったろ」


 この声は、依頼主の声。

 呼吸が辛うじてできるほどの絞めつけに顔を歪める。


「くぅ……ぁ」

「まぁあんな役に立たない獣なんざこの際どうだっていい、上物の商品が手に入ったんだからな、へへへ、前金なんざ安いもんだ」 


 依頼主以外にも複数の気配が、する。

 く、油断した……――。


「よし連れていけ、身ぐるみ剝がしとけよ。あとで品定めをするからな」


 どこへ連行されたのか、視界が鮮明になると、そこは湿っぽい岩壁の部屋だった。微かに潮の香りがする。港の近くか?

 腕を縛られ、椅子にくくりつけられる。

 下着以外の服を剥ぎ取るとは……。

 依頼主は目が乾くほど見開き、私の体をジロジロと観察してくる。


「良い! 美しい! しなやかな肉体だ! へへへそんな睨むな、せっかくの美形が崩れてしまう」


 ニヤニヤと気持ち悪い、瓶に入ったアルコールを飲んでいる。


「どうせ逃げられん、へっへっへっ……おい、お前らちょいと品定めだ。具合も確認しないとな」


 部屋に入ってきた屈強かつ上半身裸の男達。

 迫りくる男達に向かって、私は思い切り蹴り払った。

 相手の膝に当たるが、少し眉を顰めただけでびくともしない。


「いい度胸だなぁ、姉ちゃん」


 髪を引っ張られ、頭皮がミシミシと痛む。

 ゴツイ手に引っ叩かれ、意識が遠のくほどの衝撃で目の前が暗転する。

 体中を這う男達の手の感触が僅かに――。




 ――麻痺した意識の中で、僅かに聞こえてくる男達の叫び声。

 血の臭いが充満している。

 岩壁に張り付いた血液がぼやける視界に映り、徐々に鮮明になっていく。


「なに……なにが起きて?」


 縛られているせいで身動きがとれない。


「おい、おいお前ら何倒れてんだ! 早く仕留めろ!」


 よく見れば男達は血だらけで、悲鳴を上げながら出て行ってしまう。

 残された依頼主は腰を抜かし、壁に背中をくっつける。


『殺したりしないさ、オレは彼女を見かけたんで会いに来た。お前みたいな小物なんか興味ない。ただ、少しでもオレに抵抗してみな、今度は足を噛み潰してやるからな』


 狩人小屋で聞いたあの狼の声。


「まさか……――」

『そのまさかだ、美しいお嬢さん』


 縄を牙で噛み千切り、私の手は自由になった。

 まだ頭がクラクラする……。


「助かった、ありがとう、でもどうしてここが」

『助かったんだし細かいことはいいだろ。さぁて、どうする? 始末はまかせる』


 岩壁の隅で怯えている依頼主。


「……ギルドと兵に突き出す。この国に法があるなら、法で裁かれるべきだろう。公平さがあることを祈る」

『随分お優しいことで』

「いいえ、感情的なことが苦手なだけ」


 兵士に事情を説明し、後を託した。


『オレはとても有意義なパートナーだと思わないかい?』

「いきなり、なに?」

『端的に言えば、オレを連れて行ってほしい。リンゴをくれたら、すごーく役に立つ』


 門番兵とのやり取りを不意に思い出してしまう。


「そうだね、ちょうど仲間が欲しいと思ってたところ、私は、アルトリア。貴方は」

『名前なんて無い、オレは君の良きパートナーだ。よろしく、アルトリア』


 まさか久しぶりにできた仲間が狼だなんて、城に帰ったらみんな驚くかも……――。 


 終わり




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?