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七話 デート?



「陽介、起きろよ。おい、陽介」


「んむ、んー……、むにゃ……」


「陽介ー。今日は出掛ける約束だろ」


「ん、んー……」


「……」


 布団にしがみついて眠っていたオレは、唇に柔らかい感触がし、次いで濡れた舌の味がする。舌を舐められ、慌てて飛び起きた。


「んっ!? ちょ、んむ」


 朝っぱらから濃厚なキスをされ、じたばたともがく。口の中を蹂躙され、ひとしきり満足したのか、ようやく笑いながら晃が離れた。


「っ、おいっ!」


「起きて、支度して。デートする約束だろ?」


「うぐぐ……」


 このキス魔め。恥ずかしげもなくキスしやがって。いくらキスが平気でも、こう何度もされては、変な気分になってくる。


(ああ、もう!)


 早いところ、嘘だとバラさなきゃいけないと言うのに、こんなキスのあとじゃ言いにくい。先送りにすればするほど、自分の首を締める気がする。




   ◆   ◆   ◆




 オレたちが住むのは、千葉県の外れである。したがって、渋谷に行くには電車で一時間ほど。地方と言っても、茨城ほど田舎じゃないし、不便もない。本社に勤める人の中には、こっちに家を持って都心に通っている人も居るらしい。


 そんなわけで電車に乗って渋谷に着いた頃には、丁度いい時間になっていた。ランチタイムのせいか、テレビで放映されたせいか、目当てだったハンバーガーレストランは行列が出来ていて、ようやく入れたのは一時間半を過ぎた頃だった。晃と喋っていると苦にならないのが救いだろうか。


「腹減ったーっ」


「本当に。陽介は何にする? 俺はスペシャルグルメかな」


「あー、オレ、チーズのヤツがいい。スペシャルグルメ・ダブルチーズ」


「飲み物は? コーヒーでも良いけど、レモネードもオシャレっぽいよ」


「ん。じゃ、レモネード」


 注文をして待っている間、他愛ない話をする。最近は航平が付き合いが悪いとか、宮脇が飲みに行こうと誘ってきてることか、そういう話。寮の人間は、基本的に仲が良い。派閥みたいなものもないし、年齢関係なくワイワイしている感じだ。


 それでも、やっぱり特に親しい人間は別に居るって感じで、オレなら一番仲が良いのは、やっぱり晃だ。航平なんかは、先輩に好かれるようで、大抵は七つ歳上の吉永律よしながりつとつるんでいる。


 スマートフォンを時折弄くりながら、片肘を着いて喋っていると、ふと壁側の席からの視線に気がついた。女の子が二人、こっちを見ている。多分、高校生か、大学生くらいだろう。若い女の子だ。


(はぁーん、また晃のヤツ、モテてんな?)


 黙っていればイケメンの晃は、女の子から結構モテる。中身は馬鹿なんだぞ、と声を大にして宣伝したい。


 とはいえ、女子高生相手にナンパするわけもなく、からかいのネタにしかならないので、靴先で晃の足を蹴って顎で彼女らを指す。


「ん? ああ……」


 晃は興味なさそうに視線を外し、代わりにテーブルに載せていたオレの手に、自分の手を重ねてきた。


「っ、おい」


「嫉妬しなくても、浮気なんかしないよ」


「ばっ……、馬鹿かお前はっ! こんなとこで……」


 あと、嫉妬ってなんだ。オレがいつ嫉妬したって言うんだ。いや、モテに僻んでるのは嫉妬か?


 ああ、もう。ややこしい。


 オレがサッと手を引き抜くと、晃は残念そうな顔をした。しょぼんとするな。なんか罪悪感わくから。


(だいたい、デートって言っても、ただ飯食いに来ただけだなって思ってたのに)


 そう思っていたところに、思わぬパンチを食らった気分だ。マジで晃はデートのつもりだったらしい。


 いや、気づいてたけど。なんか今日オシャレだなって。普段、コロンとか着けないのに、なんか良い匂いするなって。髪もバッチリ決めてんなって。


 でもさあ。それ言ったら絶対に、「デートだし」って言ってくるじゃん?


(それは、ヤブヘビじゃん……)


 対するオレは、デートって意識じゃないですよ。をアピールした格好。ヘビロテしてるパーカーに、なんてことのないシャツを合わせて、アクセも着けてない。非常にゆるっとしたスタイルである。


 いやもう。『意識してないですよ』が意識してんのよ。他人事なら笑ってツッ込んでるわ。


 意識しないようにすればするほど、なんだか自分でも不自然な感じになって、結局は晃にもバレバレである。








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