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八話 デート・初心者マーク付き



「旨かった……。高いだけあるわ」


「あの肉っ! って感じなのにジューシーさもあるの、家庭じゃ難しいかね」


 ボリュームもあったし、腹も一杯だ。晃は再現に意識が向いているようだ。実は料理好きなんだろうか。ピザも蕎麦もノリノリで作ってたし。


「この後どーすんの? まさかバーガー食って帰るだけじゃないだろ?」


 オレの問いかけに、晃は「まさか」と肩を竦める。


「買い物しても良いけど、どこか行きたいところある? 映画でもゲーセンでも」


「んー。まあ、取り敢えずぶらぶらする?」


 用事も無いため、フラフラと腹ごなしもかねて歩き始める。路面に面した靴屋で、スニーカーを眺め見たり、街頭広告を見ながら感想を言い合ったりと、本当に何でもない感じで歩くだけだ。


(とは言え……)


 何となく、晃の距離が今までよりも半歩近い。肩が触れそうなほどの距離感で並ぶのは、『恋人』の距離なのだろう。


 いったい何が、晃にそうまでさせるのか。もし本当にヤっていたら、オレはどんな気持ちになっていたのだろう。


(っていうか、晃のヤツ……。もしオレじゃなくて他のヤツでも、同じ様に『責任取る』ってなったのかな……)


 うわ、それ何か微妙だ。もし、航平とか宮脇と、晃が付き合いだしたら? 微妙すぎて引く。そんなの聞いたら「別に良くない?」って言っちゃいそう。


 それに、女の子だったら? そんな馴れ初めで付き合いだした親友を、オレは素直に祝福出来ないと思う。


 考えごとをしていたら、晃がトンと肩をぶつけて来た。


「あん? なんだよ」


「何考えてんの?」


「べっ、別に」


 誤魔化そうとしたが、晃はむぅと唇を曲げ、オレの手をぎゅっと握ってきた。


「お、おい」


「良いだろ」


「変だろっ」


「変じゃないよ」


 変じゃない。の後に「恋人だから」と声が聞こえた気がした。そうするともう、手を振り払うことも出来ずに、黙って握り返すしかなくなる。


(ま、まあ、地元じゃないし……)


 ここは都心だし、色々なヤツが居る。男同士で手を繋ぐヤツだって、多分居るはずだ。


 ただ手を握っているだけなのに、なぜだか落ち着かない。ザワザワと胸がざさめく。顔が熱い。


 いつも澄ました顔をして居る晃は、きっと今日もお澄まし顔なんだろうな。と思って、晃の顔を見上げる。


「――」


 晃の耳が赤いのに気づいてしまって、オレはそれきり黙ってしまった。




   ◆   ◆   ◆




 何だかんだと時間は過ぎて、晩飯を食って外に出たら、すっかり辺りは暗くなっていた。夜の街は雰囲気が変わって、なんとなくムーディーだ。


「おお、何かオシャレな居酒屋ある。あそこ良かったな」


 明るいうちは気づかなかったが、ちらほらと店が開き始めていた。雰囲気の良いバルや、レトロを意識してつくられた居酒屋。興味をひかれる店が多い。


 もう少しはやく気づいていれば、そっちに入ったのだが、残念ながら既に腹具合に余裕がない。


「今度は夜デートしようか」


「おう――あ、あのなっ」


 素直に返事しかけて、慌てて首を振る。オレはデートのつもりはなくて。そもそも、アレはイタズラで。


 言い訳しようと顔を上げると、晃が「ん?」と穏やかな笑みを浮かべていた。


 オレは押し黙って、「そう言うこと言うな」と視線を逸らす。


 やっぱり、言いづらい。


 そっぽをむいたオレの肩を引き寄せ、晃が身体を寄せる。


「お、おい」


「もう薄暗いから。それに、誰も俺たちのことなんか気にしないよ」


「そ、そうかもしれないけどっ……」


 どちらかと言うと、距離の近さに戸惑う。服越しのはずなのに、体温が熱く思えて、速くなる鼓動が聞こえそうで。


 晃が髪にキスしたのが解った。


 ビクッ、身体が震えるのを、薄く笑う声がする。


 文句を言おうと顔を上げた。唇を、何かが掠める。


「―――」


 晃は真っ赤になって顔を逸らし、そ知らぬ顔で歩き出す。


「お、前っ……、恥ずかしくなるなら、やるなよっ!?」


 こっちまで恥ずかしいじゃないか。




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