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十一話 風邪



 真夏でもないのに冷水のシャワーを浴びるもんじゃない。暦の上では春とはいえ、まだまだ寒い季節である。


 オレは「へっくし!!」と盛大にクシャミをして、ブルルと肩を震わせる。晃が呆れ顔で「言わんこっちゃない」という顔をしたが、そもそもの原因は晃なので、なにか言われたくはないところだ。


「うー、冷えた冷えた」


「当たり前だろ。髪もまだ濡れてるじゃん」


「いーいー。そのうち乾くから」


 そう言いながら、のそのそとベッドに這い上がる。さっさと布団にくるまって眠ってしまおう。もう遅いし。


 ベッドに潜り込むオレに、晃はなにか言いたそうな顔をしたが、黙って自身もベッドに入り込み、リモコンで電気を落とした。


「冷たいなあ」


「あー、晃の手、暖かい」


「……」


 晃はもぞもぞと布団のなかで動くと、オレのことを抱き締めてきた。抱きすくめられ、ビクンと身体が震える。一瞬、互いに触れあった熱さを思い出したが、今の晃からは欲望の匂いがしなかった。いつも通りの、親友の晃だ。


「風邪ひくなよ、陽介」


「馬鹿はひかねえ」


 そう軽口を返して、オレは晃の体温に目蓋を閉じた。




   ◆   ◆   ◆




「っ、くしゅんっ!」


 体温計を見ると、37•3度であった。微熱である。


「……風邪かぁ」


 ――晃が。オレは元気である。


 赤い顔をして肩をぶるりと震わせる晃に、申し訳ない気持ちになる。


「やっぱ馬鹿はひかないんだな」


「おい?」


 クシャミをしながら悪態を吐く晃に、思わず突っ込む。水を被った原因は晃だが、晃の風邪はオレが原因だ。さすがに申し訳ない。


「寒気する。熱、まだ上がるかも……」


「野尻先生にみせた方が良いかもな。まあ、今日は休めよ」


「そうする」


 晃を布団に寝かせ、オレはふぅとため息を吐く。取り敢えず、オレは出社の準備しないと。あと、晃の方は食欲もないみたいだし、ヨーグルトとフルーツくらい貰ってくるか。


 寮の食堂は、軽食も用意されており、朝はヨーグルトなんかもあるのだ。


(誰かお粥あるかな。聞いてみるかー)





「お粥? んなもんねーよ」


「だよな」


 航平の言葉に、納豆をかき混ぜながらオレは曖昧に笑う。まあ、航平や宮脇は持ってないよな。うん。


「なに、大津ってば風邪ひいたの?」


「そうらしい」


 原因がオレであることは伏せておく。宮脇は「可哀想に」と口では言っているが、顔は笑っていた。


「寮で風邪ひくとなー。ちょっと不便というか」


「まあ、実家のありがたさは感じるよな」


 宮脇と航平は、風邪をひいたときあるあるなのか、そんなことを言いながら頷きあっている。ちなみにオレは小学校からずっとひいたことがない。


「宮脇は割りと風邪ひく印象あるよな」


「毎シーズンひいてる。身体弱いんだよ」


「イメージないなあ」


 大口で飯を掻き込み、軽口を叩き合う。宮脇は風邪にはビタミンだとか色々言っていたが、頭に入ってこなかった。


(まあ、可哀想ではあるけど)


 仕方がないよな。こればっかりは。




   ◆   ◆   ◆




 ヨーグルトを持って部屋に戻ると、晃はうつらうつらしていた。先程より熱が上がったのか、額を触ると大分熱い。


「おーい、晃。ヨーグルト持ってきたぞ。オレは会社行くから、病院行けよ?」


「んー……、うん……」


 覇気のない声でそう答える晃に、布団の上から胸の辺りをポンポンと叩く。


(早く良くなりますよーにっ)


「あ、あと、移ったらアレだから、今日は宮脇のとこ泊まるな」


「え」


 晃がハッキリした声で、困惑の言葉を発した。オレは移らないと思うけど、さすがに風邪ひきと一緒に寝ようとは思わないし。かといって自分の部屋は物置きだし。


(やっぱ、自分の部屋も整理しておかんとなぁ)


 いざというとき、困ってしまう。


「陽介……」


 寂しい。とでも言うように、晃が視線を寄越す。


「ん。オレもう行かないと。プリンでも買ってきてやるよ。じゃあなー」


「――」


 晃はまだ何か言いたそうだったが、オレも遅刻してしまう。なんとなく後ろ髪を引かれながら、オレは出社したのだった。




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