真夏でもないのに冷水のシャワーを浴びるもんじゃない。暦の上では春とはいえ、まだまだ寒い季節である。
オレは「へっくし!!」と盛大にクシャミをして、ブルルと肩を震わせる。晃が呆れ顔で「言わんこっちゃない」という顔をしたが、そもそもの原因は晃なので、なにか言われたくはないところだ。
「うー、冷えた冷えた」
「当たり前だろ。髪もまだ濡れてるじゃん」
「いーいー。そのうち乾くから」
そう言いながら、のそのそとベッドに這い上がる。さっさと布団にくるまって眠ってしまおう。もう遅いし。
ベッドに潜り込むオレに、晃はなにか言いたそうな顔をしたが、黙って自身もベッドに入り込み、リモコンで電気を落とした。
「冷たいなあ」
「あー、晃の手、暖かい」
「……」
晃はもぞもぞと布団のなかで動くと、オレのことを抱き締めてきた。抱きすくめられ、ビクンと身体が震える。一瞬、互いに触れあった熱さを思い出したが、今の晃からは欲望の匂いがしなかった。いつも通りの、親友の晃だ。
「風邪ひくなよ、陽介」
「馬鹿はひかねえ」
そう軽口を返して、オレは晃の体温に目蓋を閉じた。
◆ ◆ ◆
「っ、くしゅんっ!」
体温計を見ると、37•3度であった。微熱である。
「……風邪かぁ」
――晃が。オレは元気である。
赤い顔をして肩をぶるりと震わせる晃に、申し訳ない気持ちになる。
「やっぱ馬鹿はひかないんだな」
「おい?」
クシャミをしながら悪態を吐く晃に、思わず突っ込む。水を被った原因は晃だが、晃の風邪はオレが原因だ。さすがに申し訳ない。
「寒気する。熱、まだ上がるかも……」
「野尻先生にみせた方が良いかもな。まあ、今日は休めよ」
「そうする」
晃を布団に寝かせ、オレはふぅとため息を吐く。取り敢えず、オレは出社の準備しないと。あと、晃の方は食欲もないみたいだし、ヨーグルトとフルーツくらい貰ってくるか。
寮の食堂は、軽食も用意されており、朝はヨーグルトなんかもあるのだ。
(誰かお粥あるかな。聞いてみるかー)
「お粥? んなもんねーよ」
「だよな」
航平の言葉に、納豆をかき混ぜながらオレは曖昧に笑う。まあ、航平や宮脇は持ってないよな。うん。
「なに、大津ってば風邪ひいたの?」
「そうらしい」
原因がオレであることは伏せておく。宮脇は「可哀想に」と口では言っているが、顔は笑っていた。
「寮で風邪ひくとなー。ちょっと不便というか」
「まあ、実家のありがたさは感じるよな」
宮脇と航平は、風邪をひいたときあるあるなのか、そんなことを言いながら頷きあっている。ちなみにオレは小学校からずっとひいたことがない。
「宮脇は割りと風邪ひく印象あるよな」
「毎シーズンひいてる。身体弱いんだよ」
「イメージないなあ」
大口で飯を掻き込み、軽口を叩き合う。宮脇は風邪にはビタミンだとか色々言っていたが、頭に入ってこなかった。
(まあ、可哀想ではあるけど)
仕方がないよな。こればっかりは。
◆ ◆ ◆
ヨーグルトを持って部屋に戻ると、晃はうつらうつらしていた。先程より熱が上がったのか、額を触ると大分熱い。
「おーい、晃。ヨーグルト持ってきたぞ。オレは会社行くから、病院行けよ?」
「んー……、うん……」
覇気のない声でそう答える晃に、布団の上から胸の辺りをポンポンと叩く。
(早く良くなりますよーにっ)
「あ、あと、移ったらアレだから、今日は宮脇のとこ泊まるな」
「え」
晃がハッキリした声で、困惑の言葉を発した。オレは移らないと思うけど、さすがに風邪ひきと一緒に寝ようとは思わないし。かといって自分の部屋は物置きだし。
(やっぱ、自分の部屋も整理しておかんとなぁ)
いざというとき、困ってしまう。
「陽介……」
寂しい。とでも言うように、晃が視線を寄越す。
「ん。オレもう行かないと。プリンでも買ってきてやるよ。じゃあなー」
「――」
晃はまだ何か言いたそうだったが、オレも遅刻してしまう。なんとなく後ろ髪を引かれながら、オレは出社したのだった。