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十二話 何が問題?



 仕事を定時で切り上げ、コンビニで買ったプリンとお粥を片手に、帰路に着く。晃は病院には行ったようだが、ろくに食べていないかも知れない。足早に寮の方へと帰る。


「ただいまー。おーい、大丈夫かー? 寝てる?」


「……お帰り」


 ベッドの方から、掠れた声が聞こえる。覗き込むと、幾分顔色がましになったようだ。晃は不機嫌そうに顔をしかめる。


「お粥とプリン買ってきたぞ。何か食った?」


「保存してたカロリーバー食った」


「んじゃ、お粥温めてやるよ」


 部屋の中には簡易コンロがあるため、お湯を沸かすくらいは出来る。ガチの人だと料理もするらしいが、オレはそこまではしない。


 お湯を仕掛けるため、ベッドから離れようとしたオレの腕を、晃が掴んだ。


「っと、なんだよ」


「薬利いたから、熱も下がったし」


「あん?」


「泊まらなくても……」


 なに言ってんだ? ああ、宮脇の部屋に泊まるって話か。


「いや、たまには泊まってくるわ。お前もベッド広い方が良いだろ?」


「――嫌だ」


 グイ、と腕を引かれる。晃の唇が、オレの口に噛みつく。


「っ、ん」


 舌を伸ばす晃に、オレは吐息を吐きだす。晃の腕がオレの首に回され、引き寄せられる。


(心臓、痛い……)


 この心音は、晃にも聴こえているんだろうか。晃も、ドキドキしてるんだろうか。


 ひとしきりキスを受け入れ、やんわりと胸を押し返した。


「……ばーか、舌熱いじゃん。まだ熱あるって」


「心細いだろ。一緒に居てよ」


「子供か」


 ペシっと頭を叩いて、晃を寝かせる。


 何でもないフリをしたけれど、ドキドキして、走り出したくなった。




   ◆   ◆   ◆




「お邪魔ー」


 そう言って宮脇の部屋に上がり込む。夕暮れ寮では、部屋に鍵をかけるヤツが少ない。宮脇もそんな一人である。


「おー。大津の様子は?」


「結構熱は下がったっぽい。明日には起きられるんじゃないかな」


 宮脇は赤いトレーナーに、ヒョウ柄のスエットという出で立ちだ。相変わらず、服装センスがドキュンである。


 オレは手土産にと持ってきたビールを手渡し、床に座った。宮脇の部屋は同じ部屋なのに、どことなく実家に帰ってきたような雰囲気がある。フローリングに敷かれたカーペットとか、家具調こたつのせいかも知れない。


 こたつの中に入り、ビールの缶を乾杯代わりに重ねる。


「最近同期で飲み会してないな。航平も付き合い悪いし」


「アイツは元からあんな感じだろ。今年こそ寮を出るって言ってたけど、どうだか」


 寮を出る、イコール彼女を作る。ということらしく、航平は合コンなんかにも参加している。けど、寮で見る限り、いつも吉永と一緒に居るから、まあ、現実には彼女なんか出来てないんだろうなって思う。


「……彼女か」


 ポツリ、呟いたオレに宮脇が「お?」と反応する。


「なんだ、蓮田も彼女欲しくなったのか? いつも大津と馬鹿ばっかりやってるから、興味ないのかと思ったぜ」


「いやあ、その」


 誤解があるようだが、彼女が欲しくないわけじゃない。まあ、晃とつるんでるのが楽しいというのは本当だが。


(晃なぁ……)


 何だかんだと、まだ晃に「あれは嘘だった」と言えないのは、オレ自身が居心地が良いからなのだろう。晃は気心が知れていて、一緒に居て楽しいし、楽だ。その上、キスも触るのも抵抗ないとくれば、この関係が悪くないと思ってしまっている自分も居る。


 もし、晃が本当に一線を超えてきたとして――。


 多分、出来てしまうんだろうな。と思えてしまう辺り、どうしようもない。


 嫌じゃ、ないんだよな。


 晃と恋人になるのは、嫌じゃないのだ。


「あのさあ、変なこと聞いていい?」


「うん? どうした?」


 ビールを啜りながら、宮脇はスマートフォンでポイ活をしている。ながら作業なりに、オレの話を聞いてくれるようだ。


「……気があって、仲が良くて、まあ、色々馬が合うヤツとさ、ワケアリで付き合うことになったとして――」


「ワケアリ? 罰ゲームとか?」


「あー、うん。近いかも?」


 良くあるよな、漫画とかに。罰ゲームで告ったらOKされて、どうしようみたいな。まあ、似たようなもんだろう。


「で、こっちもまんざらじゃない気になるわけじゃん。でも、元の告白が嘘なわけじゃん。……で、どう思う?」


 オレの説明が悪いのか、宮脇は「んー」と首を捻る。


「それ、何が問題なん?」


「え? いや、問題だろ?」


「相手もオッケーで、お前もオッケーなんだろ。別によくね?」


「えー? いやでも」


 宮脇は呆れた顔で肩を竦める。


「嫌なら最初に断って終わりじゃん。大津はお前のこと嫌いじゃないんだろ。両想い。良かったな」


「いやいやいや―――オレ、今、晃の話だって言った?」


「おう。顔に書いてあったぞ」


「やっべ。顔洗ってこよ」


 マジかよ、宮脇のヤツ。なんでバレるんだよ。顔を擦る。頬が熱い。


 しかし、まあ――。


(確かに、嫌だったら『責任取る』なんて言わないか……?)


 嫌だったら、キスなんかしないのかも知れない。嫌だったら、さすがに触れないだろう。


「良い、のか……?」


 ボソッと呟いた言葉に、宮脇は「オケオケ」と軽く返したのだった。





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