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十七話 残る戸惑い



 夕暮れ寮の共有スペースであるラウンジには、ソファやテーブル席が並べられており、寮生たちはは自由にそこを使うことが出来る。無料で提供されているコーヒーの他に、自販機にはビールなども置いてある。


 オレはラウンジの扉から外に出て、テラス席のデッキの手すりににもたれ掛かった。缶ビールのプルタブをプシュっと開けて、ため息と共に一気にあおる。


「はぁ……」


 参ったな。参ったよ。


 オレってば、いつから晃のことが好きだったんだろうか。キスしたあの瞬間だろうか。男同士なのに素っ裸で一緒に寝てみようなんて、イタズラしたあの瞬間だろうか。


 それとも、もっと前なんだろうか。


(ああ。そうか)


 そうか。


 オレ、きっと牛丼を四つ送りつけて、チーズ牛丼を十個返されたあの瞬間に、きっと晃のことをぐっと好きになっていた。


 オレがやりたいことを、オレ以上に理解して返してくれる晃が、思ったよりも好きだったんだ。


(ああ、ヤってんなぁ、オレ)


 自覚して、恥ずかしくなってくる。マジで好きになっちゃうなんて。


 でも、好きになるしかなくない?


 だってアイツ、ノリが良くて、気があって、性格も良くて、顔も良い。ダメなところなんか、これっぽっちもないんだもの。


 こんなの好きになっちゃうよ。


 ため息をまた一つ吐き出してビールを啜っていると、背後から甘い声が聴こえた。


「なんで先に始めてんだよ、陽介」


「あー、悪い悪い」


 軽くそういって笑うオレに、晃が横に並んだ。ビールを開けて、オレに缶を突き出す。オレは苦笑して手にしていた缶を重ねた。


(バレちゃったか……)


 一人で考えたくてテラスに出てきたのに、見つかってしまった。晃はいつも通りの表情で、缶に唇を着ける。


 その唇をじっと見てしまって、思わず目を逸らした。


(ぐ……。オレ、駄目過ぎん? 晃とキスしたいとか……)


 好きだと自覚してしまったら、触れたくて堪らなくなってしまった。


 目を逸らして耳を赤くするオレの頬に、晃の視線が刺さる。


「評判良かったな」


「え? ああ、うん」


 一瞬、なんの話しかと思ったが、ハンバーガーの話だ。材料の都合で多くは振る舞えなかったが、好評だった。


 寮には娯楽らしい娯楽がない。田舎の社員寮には、周囲に遊べる場所もないし、娯楽といったらテレビやインターネットなどになるのだろう。そんな場所なので、オレたちのような馬鹿は、案外受け入れられるのだ。


「次は――なにしような」


 そう言ったオレの手に、晃が手を重ねてきた。ビクリ、肩が揺れる。


「何かあった?」


「え?」


「なんか、空元気じゃん」


「そ――でも、ないけど……」


 違うよ。いや、違わないけど。


 そんな、心配されることじゃないんだ。だってオレのはただの恋煩いってヤツで。


「元気だから。馬鹿は風邪引かないって、知ってるだろ?」


 晃が眉を寄せた。


 ああ。そんな顔、させたいわけじゃないんだよ。


 晃の袖を掴んで、唇を結ぶ。


 宮脇の『何が駄目なの?』という言葉が、免罪符のように頭を過った。


「っ、ちょと、疲れただけだし」


「ん? ああ……。まあ、大変だったもんな。結構」


「だっ、だからっ……」


 ドクン。


 ドクン。


 心臓が、早鐘を打つ。


 晃だって、オレのことを悪く思っているはずがなく。だって、キスだって出来ちゃうし、アレを触ることだって出来ちゃってる。


「っ―――ちゅ、ちゅー……してくれたら、治る、かも――」


 晃が、目を見開く。


 オレは、晃を直視できず、目を逸らしたまま。


 何か言えよ。そう言おうとした唇に、ビールの味がした。









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