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十六話 今さら。



 おしゃれなワックスペーパーでくるんだハンバーガーは、思っていたよりずっと本格的に出来上がった。添えたのは揚げたてのポテトとコーラ。オレたちが食べに行ったハンバーガーにはレモネードだったけれど、やっぱりハンバーガーといえばコーラだと思う。


「美味っ……。オレたち天才じゃね?」


「これ、また食堂からクレーム来るわ」


 晃と一緒に試食のハンバーガーを齧り、うんうんと頷く。パンはやはり市販品なので少し物足りないが、シャキシャキのレタスに厚切りトマト。程よく熟したアボガドに、辛みの少ないタマネギ。ソースはごくシンプルに。シンプルなソースのお陰で素材の味が美味い牛肉100パーセントのパティ。実に完璧である。


「いやあ、蕎麦屋も良いけど、バーガー屋も良いよな。この辺バーガー屋って本格的な店ってないしさ」


「脱サラする?」


 マジで考えちゃうぜ。仕事に不満はないけどさ。一度きりの人生、なにかこう、思いきってやってみたいとも思うよな。


 一人じゃ勇気も出ないけど、晃と一緒だったら、たとえ借金してもなんとかなる気がするんだ。この二人なら、きっとどんな逆境でも、笑っていられるんじゃないかって、そんな確信めいた感じ。


(まあ、晃が本当のところ、どう思ってるのかは解らないんだけどさ)


 オレに合わせて『店やる?』なんて言ってくれてるけど、多分それって、本気で言ってるわけじゃなくて、その場のノリ。


 実際に会社を止めて店をやるなんて、多分想定してない。オレだって、本気で言ってるわけじゃない。


 例えば、オレが急に会社を辞めたとしても、やっぱり「晃も来てくれ」なんてこと言えないし、本当に店をやるなんて、想像も出来ない。


 オレたちのやってることは趣味で、遊びだから楽しいんだ。


(寂しい、けどな)


 思わず気持ちがシュンとしてしまう。晃がそれを目ざとく見つけ、顔を覗き込んできた。


「どうした?」


「っ、なんでも……」


 オレの返答に、「そう?」と小首を傾げ、晃が手を伸ばした。唇に指が触れ、ドキリと脈が跳ねる。


「ソース、着いてた」


 フワリ。笑って。


 晃の赤い舌がソースの着いた指を舐める。


「――」


 不意打ちだったからだろうか。


 油断していたからだろうか。


 オレは全然、こんなこと、思っても見なくて。


 窓から差し込む柔らかな光が、晃の頬に陰を落とす。何気なく伏せられた瞼の美しさとか、長く器用そうな指が動く仕草だとか。晃の髪から香る、優しい香りだとか。


 何でもないことが、一気に情報としてオレの中に取り込まれて行く。


 その瞬間。


 ――カチリと、何かが嵌まったような気がした。


 頭のなかで鐘が鳴り響くような衝撃が弾ける。心臓がバクバクと鳴り響き、沸騰するように一気に顔が熱くなった。


「―――」


 衝撃に、唇をぎゅっと結ぶ。


 叫びそうになって、すんでで堪えて、床にしゃがみこんだ。


「!? おい、陽介っ!? どうした」


 晃が驚いて手を伸ばすが、オレは反応できずに膝を抱える。


 胸が痛い。


 死にそうだ。


 こんなに苦しいこと、あるか?


(ああ、オレ――)


 なんで、今気がついた?


 なんで、気づいてしまった?




(オレ、晃が)




 好きだ。









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