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第30話 五百年閉じ込められていた妖怪

「ど、どうしましょう……」


 お供たちに大丈夫だと言った手前、玄奘が恐怖を隠して平気なふりをして早歩きをした結果、驚いたことにほんの数分で山頂についてしまった。


 玄奘はごくりと唾を飲み込み、五行山のいただきを見上げた。


 そこには一際ひときわ大きな石が絶妙なバランスで乗っかっている。


 その下には牢のように石の柱が並んでいて、そこから唸り声のような怒鳴り声のような、なんとも言えない怒りをはらんだ音が漏れている。


「誰だ!そこにいるのは!」


 玄奘の持つ錫杖の音を聞きつけたのか、怒鳴り声が響いた。


 玄奘はその大きな声にビクリと体をこわばらせた。


 思ったより高めの、若い少年の声だ。


 過去の記憶で聞いた沙和尚の声とは程遠い、その若い声に少し落胆してから、玄奘は気を取り直すように大きく深呼吸をした。


「私の名は玄奘。釈迦如来様の命で天竺に行く旅をしています。あなたは孫悟空ですか?」


「おおそうよ。俺様は斉天大聖せいてんたいせいそん悟空ごくう様だ!……ああ、あんたが釈迦如来の言っていた坊さんか。話は聞いている。あんたの護衛ごえいをしろっていうんだろ。俺様が守ってやるから、ほらさっさとここを開けろよ」


 その横柄おうへいな言い方に玄奘はちょっとムッとした。


「あなた、人に物を頼むときはなんて言うか知らないのですか?」


「うるせえな、俺様は五百年もここに閉じ込められてるんだ。さっさと出せよ!」


 外に飛び出したくてたまらない、という様子で、孫悟空は言う。


「出せよ?それが人に物を頼む態度ですか」


「あんただって俺様がいないと困るんだろ?ほら、岩のそこにある札をちょっといでくれたら出られるからさ」


 孫悟空のいう通り、岩のそこには【封】と一文字だけ書いてあるペラペラの紙が貼ってある。


 こんな簡素な作りのものが五百年もよく剥がれなかったものだと玄奘は感心した。


「……」


 しかし普段は温厚な玄奘だが、あまりにも孫悟空の横柄おうへいな態度を目の当たりにして「はいどうぞ」と封印を解く気になれずにいた。


 だが天竺へ行くためには孫悟空の封印は解かなければならない。


 玄奘は手頃な石に腰を下ろし、緊箍児きんこじを出して岩を見上げ、さてどうしたものかと指先でくるくるとそれを回しながら頬杖をつく。


 初めに感じた恐怖は、彼の態度のおかげか怒りのようなものが上回っていてもう感じなくなっていた。


 玄奘が見上げた岩の向こうには抜けるような青空が見える。


「空がきれいですねぇ」


 玄奘はボソリと呟いた。白い雲が風に乗って形を変えながら流れていく様子はみていて飽きない。


「おい、クソ坊主ぼうず!聞いてんのか?そこにいるんだろ?!早く俺様を出しやがれ!」


 雲の流れに夢中になっている玄奘には孫悟空の怒鳴り声も聞こえない。


「あれ……まさか本当にいない?ウソだろ、おーい!もしもーし!ゲンジョーさん!」


(ああ、風も気持ちいいですね)


 少し冷たいけれど山を吹く爽やかな風に、玄奘はうっとりと目を閉じた。


(あの空の向こうには何があるのでしょうね……月と星と、太陽と……)


「え、ねぇ、ちょっと!……え?……うわまじかよ、ほんとにいねぇのかよ……ウッ……ヒック……また俺様ひとりぼっちなのか?うぅ、ここから出てぇよぉ〜!花果山かかざんの子分たちのところに帰りてぇよおぉおおおおお」


 孫悟空の泣き声にようやく玄奘は宇宙から意識を戻した。


「私としたことが、孫悟空のことをすっかり忘れていました……!」



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