白露が龍に飲み込まれたのは一瞬のことで、孫悟空も玄奘も夢を見ていたのかと思うほどだった。
「なんでこんなところにあんなに大きな龍が……」
五行山は長い封印により孫悟空の縄張りになっていた。
あんな大きな龍が入ってきたらすぐにわかるはずなのに、今の今まで気が付かなかった。
「白露、白露ぉ……」
ぶつぶつとあれこれ考えながら呟く孫悟空の隣では、目の前で馬を食われた玄奘がその場にうずくまり声を上げて泣いていた。
「お、お師匠様……」
「悟空、白露が……私……」
孫悟空は身をかがめ、無言で玄奘の涙と鼻水で汚れた顔を綺麗にしてやると静かに立ち上がった。
「俺、あの龍ぶっ飛ばしてきます」
その発言に、玄奘の涙も鼻水も引っ込んでしまった。
「ぶ、ぶっ飛ば……?」
「俺、天界にいた時馬の世話をしていたんです。あの龍、馬をあんなふうに食うなんてゆるせません!」
「だ、だめです!」
玄奘は、觔斗雲を呼びとんぼ返りをして飛び乗ろうとした孫悟空の腰を掴み、それを阻止する。
「あ、あっぶな!お師匠様何するんですか!」
觔斗雲からひきずりおろされた孫悟空は勢いで玄奘の上に尻餅をつき、あわててその上から降りた。
だが玄奘は逃すものかと孫悟空の足を掴む。
「離してくださいって、すぐにあの龍を仕留めてきますから!」
「いけません悟空!乱暴なことはしないと約束しましたよね!それにあんな大きな龍ですよ、無理無理無理無理無理無理、無理です!いくらあなたが強いと言っても、は、白露みたいにきっと……一飲みです!」
馬の名前を言う時少し涙ぐみつつ、玄奘は一息に言う。
「だってあいつ放っておいたら他の人間たちもやばいですよ!あいつお腹空いているみたいでしたし。ね、だからちょっと潰しに行かせてくださいよ!」
人間たちを守るというのは建前で、実のところ悟空の本心はあの龍をボコボコにすることだった。
五百年も戦えずにいたし、顕聖二郎真君には手も足も出なかったしで、ウズウズして仕方がないのだ。
「いけません!というかこんな山の中で私を一人にする気ですか!まだ天竺にもついていないというのに!!あなたが追っている間に入れ違いであの龍が戻ってきたら食べられちゃいます!」
「てかお師匠さん馬鹿力……っ!」
玄奘にギリギリと足首を掴まれ、孫悟空は痛みを感じ始めていた。
「どうしても行くというのなら、最後の手段です……緊箍児使います!」
「はあ?なんで!俺なにも悪いことしてないのに!ていうか、緊箍児絶対使わないっていってたのに、ウソつくんですか!」
「だまらっしゃい!あなたを一人で行かせるくらいならそこでのたうち回っていてもらいます!」
「いやそれ意味わかんないですから!」
印を組み脅すように言う玄奘の目は本気だ。
その目にどう返したものかと孫悟空は冷や汗をかきながらなるべく玄奘を刺激しないように考えを巡らしていた。