玄奘の元を去った孫悟空は、涙を堪えながら觔斗雲を駆っていた。
「クソクソクソクソ!お師匠様の石頭!わからずや!俺様がどれだけお守りしようと思って動いていたか……!」
悔しくて悔しくて、涙も鼻水も堪えきれずに垂れてくる。
その時。
「うらぁ!この猿、よくもおれのことしょぶしよってからに、しゃーつけんぞこの!!」
突然上空から白骨精が現れ、觔斗雲を操縦する孫悟空にしがみついた。
「ぎゃっ!!何するんだ、危ないだろ!!!」
觔斗雲はバランスを崩し、孫悟空と白骨精は地面に落下し、硬く乾燥した地面に激突した。
だが二人とも石猿と僵屍。
かなり頑丈なため、無傷である。
「てめえ、くそ
孫悟空は如意金箍棒を取り出し構えた。
白骨精も戦闘意欲は高いようで、身構える。
「おめさんさえいなくなれば、あの坊さんをおれのものにできたってがに、邪魔ばかりして!ほんに、こみともねぇ猿だこって!」
「うるせえ!今度こそお前の魄を地の底に送り返してやる!」
如意金箍棒を振り回す孫悟空の攻撃を、白骨精は身軽に避けていく。
「ちょこまかとー!」
孫悟空は如意金箍棒を突き出した。
「そんがの当たらねてば!」
白骨精は大きく宙返りをし距離を取ると、着地と同時に身をかがめたまま低い位置で跳躍し、孫悟空との間合いを一気に詰めた。
僵屍である白骨精は、妖怪や人のその動きよりも何倍も素早く動ける。
跳躍力も段違いだ。
「ちッ、くそっ!」
あっという間に目の前に来た白骨精に、孫悟空は舌打ちをした。
「えいやっ!」
間合いを詰めた白骨精は、掌底を孫悟空の顎を目掛けて突き出したが、孫悟空は間一髪でそれを如意金箍棒で防いだ。
「っぶねー……」
「ごしぇやけるのう!ほんに、まーず!」
ギリギリと如意金箍棒を押し出そうとする白骨精は、牙をのぞかせて言う。
体格差から言えば、小柄で細身の白骨精よりも背の高い孫悟空の方が有利なのだが、彼女の力は孫悟空の想像以上に強い。
(つ、強え……この俺様が推し負けそうだ。こんな、細っこい僵屍女に……!)
グググと押され、孫悟空は僵屍の強さに舌を巻いた。
中級以上で術を扱う僵屍は、意思を持たない低級のそれよりはるかに強く知能もあるため、いくら歴戦の武者や道士でも苦戦することがあるのだと、かつて須菩提祖師が言っていたことを孫悟空は思い出した。
(あの頃は僵屍なんて何級だろうと俺様なら楽勝って思っていたけど、こうも強えとは……ッ!このままじゃ、お師匠様が……っ!)
そこまでふと考え、孫悟空は自分がもう玄奘を守る必要がなくなったことを思い出した。
「やめたやめた!」
「なっ、なに?!」
孫悟空は白骨精と押し合っていた力をふっと抜いた。
白骨精は勢い余って岩の群れに突っ込んでいく。
「おめ、なして力抜いたったん?」
土煙をあげ、大きな音を立ててぶつかった白骨精だったが、僵屍である彼女は痛みも何も感じないため、土埃の入った目をこすりながら立ち上がった。
「俺様にはお前と戦う必要がないのを思い出したんだよ」
「必要ねーって、なして?おれがあのお坊さん食っちまってもいいのか?」
「別に、もう俺様には関係ないからな」
「あいや、なして?喧嘩でもしたってがや?」
「喧嘩っつーか、別にお前には関係ないだろ」
「関係ねぐっても気になるがね。どーしたん?アネさに話してみなせ?」
白骨精は自分の胸をトンと叩いて孫悟空の顔を覗き込んだ。