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第255話 孫悟空、須菩提祖師に易占を頼む

「──で、ウチのところに来たってわけね」


 孫悟空たちがいるのは崑崙山にある元始天尊の住まう清浄の間。


 ついこの間魔羅の侵入を許してしまった崑崙山の聖域は元の静けさと滝の音に包まれている。


 孫悟空たちは幸いなことに、まだ崑崙山にいた須菩提祖師を捕まえることができたのだ。


 須菩提祖師は、魔羅マーラの襲撃から身を守るために崑崙山を離れる元始天尊たちの支度を手伝っているという。


 孫悟空たちが崑崙山に到着した時、元始天尊は留守にしていて、須菩提祖師は彼の代わりに仙人の名簿や持っていく備品の帳簿を開いて慣れない作業に難しい顔をしていた。


 |魔羅マーラ》との戦いが終わり、須菩提祖師は道士服から未来の世界で買ったというゴスロリという種類の袍衣に身を包んでいる。


「はー、アネサかと思ったらアンニャマかね。わかんねもんだな」


 背格好も小柄で、衣服は未来の世界の女性物を着用していた須菩提祖師の声を聞いて白骨精は驚いた様子である。


「ウチは可愛いのが好きなの!可愛いに性別なんて関係ないでしょ!」


須菩提祖師はゴスロリ仲間を仙人界で増やそうとしているので、好機とばかりに白骨精に向けて渾身の可愛いポーズをとって片目を閉じながら言った。


「おれは服のこととかよくわかんねえな。でもおめさんの服、ちょっと着てみてえ気もするけどな」


 ちょっとどころではない。


 白骨精は目を輝かせて、袍衣を縁取る可愛らしいフリルに視線を奪われている。


「ふふ、なんだやっぱり、君も好きなんでしょこういうの。後で君に合いそうなのを探してみようね。それで、ウチは君を僵屍にした術者を探せばいいわけね」


「うんだぁ。あとおれのせいで悟空ちゃんが破門されてしまったすけな、悟空ちゃんのお師匠さんの誤解を解くのもお願いしたいんだけどなあ」


「あっ、テメー余計なことを!」


 孫悟空は慌てて白骨精の口を塞ごうとしたが、もう遅かった。


「なに、おチビ破門だって?!」


「う……」


「どう言うこと?なにがあったの。あんなに仲良くやってそうな感じだったのに」


 耳ざとく聞きつけた須菩提祖師は孫悟空の肩を掴んで揺さぶった。


「あっ、しかも緊箍児もない!!ガチなの?マジなの?あらー……」


「い、色々あったんだよ!でも今は!そんなことよりもこいつの術者を探してくれよ!」


 ここで須菩提祖師に騒がれて元始天尊や太上老君が来るのも困る。


 孫悟空はそう言って、須菩提祖師の前に棚から取ってきたある道具を置いた。


 筮竹ぜいちく算木さんぼくが入っている易占えきうらないの道具だ。


 これらは道士が卦を立てるために使う道具で、これを使って人の一生から失せ物探しなど色々なことを占断せんだんすることができる。


 複雑すぎて孫悟空には覚えられなかったが、須菩提祖師の腕は確かだ。


「これで?こんなのよりも、太上老君の宝貝を借りた方が早いんじゃないの?」


「太上老君が俺様の頼みを聞いてくれるわけないだろ。それに、じいちゃんなら楽勝だろ」


「簡単に言ってくれるねえ、おチビは」


 苦笑しながらも須菩提祖師は筮竹をじゃらじゃらとさせ、立掛を始めた。


「こんな棒で本当にわかるんだかね?」


 白骨精は疑わしそうにいうが、集中している須菩提祖師の耳には届いていないようだ。


 筮竹を数本ずつ分けたり、算木を並べて黙々と手順を踏んでいく。


 最初は疑わしそうにしていた白骨精も、真剣に須菩提祖師の作業を眺めている。


(……お師匠様たちは……って、俺様にはもう関係ないっての!)


 シンとした、滝の音が響く清浄の間。


 そこに筮竹の触れ合う音と、算木を並べる音が重なっている。


 ここはついこの間、玄奘と一緒に魔羅マーラを倒した場所。


 あの時は破門されるなんて思いもしなかった。


(……お師匠様のご両親を探すって約束したのにな……)


 孫悟空は唇を引き結び、もうそこにはない、緊箍児がはめられていた頭の髪を乱暴に掻いて頬杖をついた。


 頬を膨らませて、胸に溜まったモヤモヤを吐き出すように、息を勢いよく前髪に向けて吹き上げる。


 玄奘は孫悟空に何度も「乱暴はいけませんよ」と諭していた。


「でも、ぶっ飛ばさなきゃ、守れないじゃんかよ……」


 あの優しい声を思い出すと、目が潤んできて、孫悟空は膝を抱えて俯いた。


 膝頭にジワリと涙が染み込んでくる。


「あれ?」


 その時、須菩提祖師が怪訝けげんな声をあげた。


「なした?何かわかったんか?」


 白骨精は身を乗り出して須菩提祖師に詰め寄る。


「そうだね。君を作った人……いやこれがあらわしているのは人じゃなくて……」


 算木の並びを眺めながら須菩提祖師が言いにくそうに言葉を濁していると、突然清浄の間の扉が開かれた。


「あっきゃー!!すぼでい様、おら大変なことしてしもたてがや!」


 白骨精の話すのと同じような強い訛りのある言葉で飛び込んできたのは、とても美しい仙女だった。


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