金角は沙悟浄の降妖宝杖を七星剣で受けながら笑った。
「あきらめろよ。玉果をここに入れて数時間が経っている。もうどろっどろに解けてるだろうよ」
金角は沙悟浄を押し返して距離を取ると、ゆらゆらと紫金紅葫蘆をゆすりながら言う。
だが沙悟浄は慌てることなく、降妖宝杖を構え直し、余裕の笑みを浮かべて断言した。
「それはない。絶対に。お師匠さまに何かあったら俺はすぐに気づくからな」
「うわ……」
そのあまりにも自信たっぷりな沙悟浄の様子に、金角は眉を顰めて肩をすくめた。
「金角とやら、そんなに自信があるのならその瓢箪を耳に当ててみるがいい。聞こえるはずだ。お師匠様が生きている証拠が」
だがそんな金角の様子など気にすることなく、沙悟浄は自分の耳をトントンと示しながら言う。
「なに?」
金角は半信半疑で紫金紅葫蘆を耳に当てた。
すると中からお経を唱える
「ばかな……っ!」
金角は紫金紅葫蘆の栓を開けて中をのぞいた。
紫金紅葫蘆内にたまっている溶解液の水位はどんどん上がってきていて、今は玄奘の腰のあたりまである。
普通ならばもう溶けて崩れているほどの量なのに、錦襴の袈裟のおかげで玄奘は無事だった。
「なぜ溶けぬ!!」
だが錦襴の袈裟のことを知らない金角は戸惑った。
そして紫金紅葫蘆をめちゃくちゃに振り回し、中の溶解液をなんとか玄奘に浴びせようとした。
しかし金角の思惑をよそに、錦襴の袈裟が発する玄奘を守る光の結界は更に強さを増して守りの力を強めていく。
「ただの人間が紫金紅葫蘆の溶液から身を守ることなど……っ!」
歯噛みした金角はハッとした。
「ふ……ふふっそうか、これが!!」
そして笑みが溢れた。
抑え切れない喜びに金角は肩を振るわせる。
「これが玉果の力なのか……!玉果が……これほどの力ならば……!」
これならば母親を助けられる、と確信を持った金角はクククとほくそ笑んだ。
「その宝貝でお師匠さまを溶かすのは無理だと分かっただろう?だから早くお師匠さまを……」
しかしそんな金角の思惑など知らない沙悟浄は玄奘を解放するように言う。
そんな沙悟浄を金角は鼻で笑った。
「解放だと?馬鹿なことを。これほどの力を持った玉果ならば尚のこと喰らわねばなるまいて!」
「なに?!……チッ」
予想通りの妖怪らしい金角の反応に沙悟浄は舌打ちをした。
一方で猪八戒たちの方はというと。
「うなれ
鬼の形相で向かってくる孫悟空と猪八戒に怯えた銀角は芭蕉扇を縦横無尽に振るった。
銀角が振り回すと、芭蕉扇から生じた炎の塊が不規則に跳ねながら猪八戒と孫悟空たちに迫っていく。
「あわわっ!」
しかし扱い慣れていない宝貝のためか、制御し切れずに銀角自身が芭蕉扇の威力に振り回されてしまっている。
「あーあ、分不相応なものを振るうから……」
「わーん、止まれったら!!火事になっちゃう!!」
銀角はなんとか火の玉を止めようとするが、混乱しているせいかさらに芭蕉扇を仰いで多くの火の玉を生み出してしまい、半泣き状態だ。
ごつい
「よし八戒、ここはまかせた!」
「えっ、悟空ちゃん?!任せたって、オイ!」
銀角は大した相手ではないと判断した孫悟空は、そう言って猪八戒に銀角の相手をまかせると金角へと向かっていった。
「ああ、なるほどね」
猪八戒は孫悟空が何をしようとしているのかを瞬時に察し、ほくそ笑んだ。
「ま、宝貝に振り回されているようなこんな相手、お兄さんにとっては朝飯前ってね」
猪八戒は釘鈀を構えて身を低くすると、不規則に跳ねる炎の玉を次々に打ち返していった。
「ひぎゃっ?!」
「百発百中!」
炎の玉を浴びて目を回した銀角は、鬼神変化が解けて童子姿の銀炉精に戻ってしまった。
「うう、くっそ〜!」
銀炉精は火球のススがついた顔を手で拭い、猪八戒を悔し気に睨みつけた。
そのころ、孫悟空は金角の側まで辿りついていた。
「なんか面白えもん見てんじゃねえか、なあ、金角とやら」
「ああ?!なんだ貴様は!……ハッ、しまった!」
紫金紅葫蘆の栓を開けたまま返事をしてしまった金角は、慌てて顔面蒼白で栓をしようとした。
しかし、時すでに遅し。
紫金紅葫蘆はたちまち金角を吸い込もうと発動した。
「ぐっ……っそぉ……!」
金角は足を踏ん張り吸引されないように耐える。
孫悟空はついで銀炉精にも呼びかける。
「おーい、アニキのピンチだぞ、銀角!」
「なにっ?!兄者の?!」
目を回して元の姿に戻っていた銀炉精は兄の危機にハッとして思わず孫悟空の呼びかけに答えてしまった。
「返事をするな馬鹿、銀炉!」
金角が怒鳴ったが後の祭り。
紫金紅葫蘆は吸引の強さを増していく。
「兄……金炉だって返事をしたじゃないか〜!!」
孫悟空に呼ばれてうっかり返事をしてしまった金角と銀炉精は、たちまち紫金紅葫蘆に吸い込まれてしまった。
その場に残されたのは宝貝だけ。
「ああっ、な、なんてことだ!!」
狐阿七大王は甥っ子たちが吸い込まれるのを見ていることしかできなかった。