歩いて七分ほどのコンビニで、二人で昼食を買う。帆野は唐揚げ弁当、浅霧はカツ丼。飲み物は事務所にあると言うことで、そのまま買わずに向かった。
生暖かい空気を含んだ部屋に入り、目標のソファー以外に目もくれずに歩く。やっとの休息にぐったりと背にもたれかかった。
疲労と戸惑いの嵐。未だ抜けない寝不足の後遺症は残っているものの、それから解放されるこのひと時は些細な休憩なのに関わらず、言葉に言い表せないほど心地の良い物だった。そんなことも束の間、弁当を口にするまでもなく、「なんでしょう」と浅霧が言う。
なにか嫌な予感がするも、声のするキッチン側へと顔を向ける。どうやら固定電話の画面を覗いているようだ。気になって、そちらの方へ歩みを進めた。
「非通知からの電話が三件」
こちらの存在に気づいて、一瞬だけ浅霧が見遣った。留守番電話が登録されているかを確認するも、すぐに切られているために内容を窺い知れない。しかも、二分や三分おきと、どうやら急ぎの用事があるようだ。
「なんか変じゃないですか?」
「はい。普通、留守電残しますよね」
「嫌がらせとか受けてます?」
「そんなことはないですよ」
気味悪く感じている中、固定電話のディスプレイを凝視していると、明るく光りだした。非通知が表示されている。恐らく、前三件をも掛けてきた人物と同じだろう。浅霧は、震えの一切を見せずに受話器を取る。
顔からリアクションを把握しようとしてもできないため、受話器に戸惑いながら耳を近づけるも、あまり声が聞こえない。
すると、浅霧は受話器を離してスピーカーに切り替えた。声を探られないようノイズで隠した奥から、悪意の籠った
「どちら様ですか?」
と、浅霧が言った。
「貝塚愛実はどうだ。元気か?」
その一声ですべてを察する。
「元気ですよ?」
浅霧は、冷静に対応する。
「私が誰か言わないのか?」
「わかっていればいいので」
「答え合わせは必要だ」
「透明人間ですか?」
再び、不敵に笑いだす。
「なにがおかしい!」
我慢できずに、今まで抑えていた気持ちが声に乗っかった。
「そうかっかするなよ。こっちだって、抑え気味に話してるんだ」
「で、どうなんです? 答えてもらえませんか?」
浅霧が答えを急かす。
「まぁ、お前らが思ってる通りだけど、透明になったとでも思ってるのか?」
「そうですね」
「馬鹿。なんかの薬でも飲んだのかよ。もっと頭を働かせろよ」
「違うっていうんですか?」
「そうだ。あいつをやったのは、私で間違いないけどな」
黙り込んでしまう。帆野も考えるが、透明人間だと思い込んでいたせいか、まるで思いつきもしない。
「そんなに馬鹿だと人が死ぬぞ!」
「なんとか言ってください」
あっても幽霊という説。議論という規模でもないが、二人で話した時のことを思い出される。
「早くしろ! 話したくてうずうずしてんだこっちは!」
「勝手に話せばいいだろ!」
「ゲームする相手に教えろってか?」
「ゲーム? ふざけるな!」
「あぁ、ふざけてるさ。そんなことより早くしろ」
「幽霊」
「死んでるわけないじゃないですか!」
帆野は慌てて、小声で否定した。
「ほぅ、私は死んでいると?」
「生きてる」
「もっと明確な答えは出せないのか?」
「そういうの、得意じゃない」
「そこのお前。助手なんだろ?」
「俺?」
「お前以外誰がいる。さっさとしろ」
(浅霧さん以上の答えは出せないぞ……無理だ。透明人間でもなく、幽霊でもない。じゃあなんだ)
「答えられないのか?」
「俺も、浅霧さんと同じ」
「ふん……まぁ、良いか。良しとするよ。そのうちわかるだろ。貝塚香奈がどうなったか調べろ。今日の夜、二十二時まで」
「え?」
外れていたらと肝を冷やしていたが、寛容だったことやゲームという体ではあるのの、頼まれたのが意外だった。
「聞こえなかったのか? 貝塚香奈を調べろ。これがゲームの内容だ」
「もし勝ったら?」
と、浅霧が言った。
「植物人間を生き返らせてやる」
頭に電流が走る。
「全て?」
帆野が聞き返す。
「まぁ、一応な。だけど、私が勝ったら」
「待って」
浅霧が言葉を遮った。
「一応ってなに? ちゃんと断言して」
「わかったよ。早海ちゃん以外は返してやる」
「は?」
憤りを隠せない。何故、早海だけは返さないのか。
「お前の大切な友人なんだろ? 彼女だけは特別だ」
「喧嘩売ってんの?」
「なんでゲームとか言ってんだ? あん?」
抑えきれない憤りに舌打ちをしたが、その様子に電話の相手はあざ笑う。なにもかもこちらの思い通りにはいかない。
「そんな条件で受けると思いますか?」
「じゃあ、愛実を貰ってもいいんだな?」
「……仕方ありません。わかりました」
「よし、じゃあそういうことだ。くれぐれも頑張れ。ああちなみに、お前らを寝かせることはしないからな」
ブツっと電話が切れる。
「どうするんですか? あと十二時間しかありませんよ?」
「そうですね」
体力も気力もない。その上タイムリミットがわずかしかないので、寝る暇も無い。
「ビデオをどうやって手に入れましょうか。復元できれば、確実なんですが」
「もし、それじゃなかったら? 見てから考えましょうじゃ、済まされませんよ」
「わかってます。どうも苦手ですね。こういうのは」
「考えるのが? それで、調査なんてよくやってましたね」
「私に当たらないでください。わかってることを元にしない限り、考えられないんです」
焦りから苛立ちを沸き立たせる。犯人のペースに乗せられ、心が揺さぶられた。不安などが入り混じっている。
「さっき考えられたでしょ? あいつを捕らえるために、いろいろ考えてくれたじゃないですか。鈴とか」
「あれは、帆野さんが言ってくれたから」
「霊能者の件だって」
「だから、煽らないでって!」
怒られて初めて、我に返る。こうして争っていたところでどうにもならない。無駄な時間を過ごすだけだ。申し訳無さから謝罪を入れるも、浅霧は答えることもなく、入って右手のテレビに備え付けられたテーブルに戻ってしまった。
ぐちゃぐちゃな感情の中、絞り出した意識で依頼者と話したテーブルに戻って、唐揚げ弁当に手を出した。