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第10話 妄想と現実の境界線

 ――戦いは終わった。

 だけど、日常は……ほんとうに、戻ってきたのか?


 放課後の教室。

 窓から斜めに差し込む夕陽が、机に長い影を伸ばしていた。


 俺、神崎シンは、いつものようにひとりで席に座っていた。

 黒い仮面も、炎も、異形の敵も、今はどこにもいない。


 でも——


(……なにかが、ズレている)


 たとえば、鼓膜の奥にこびりついたような耳鳴り。

 あるいは、視界の端に一瞬映ったような、青い揺らぎ。


(気のせい……だよな)


 その時、俺のスマホに、白石アキラからメッセージが届いた。


【相談したいことがある。今日放課後に駅前のカフェで会えないか?】


 あの白石が、俺に相談?——普通はありえないな。


(……何かが、動き始めている)


 小さな“違和感”は、確実に次の戦いの予兆だった。




「ねえ……シン、ちょっと」




 そのとき、背後から声がかけられた。


 振り返ると、そこに立っていたのは——露崎ユリ。


(……おっと、また説教コースか?)


 しかしユリの態度は、いつもと違っていた。


 「……な、なんか用か?」


 恐る恐る尋ねる俺。


 すると、彼女は一度ふぅと息を吐いてから——


「今日……このあと、予定あるの?」


(……は?)


「え、ああ……ちょっと、白石と予定があってな」


 ——次の瞬間。


「なっ……!!?」


 ユリの瞳が、大きく見開かれた。

 口元がわずかに震え、声が裏返る。


「……白石生徒会長と? アナタが……“あの”白石アキラと予定?」


 その言葉に込められたものは、驚きでもあり、疑念でもあり——そして痛みだった。


「……嘘。どうせ、私の誘いを断るための言い訳でしょ?」


 ユリの声が震える。

 だが、それは怒気ではなく、自己防衛のように見えた。


「だって、アナタ、クラスでも浮いてて、友達なんて私しかいないじゃない……ずっとそうだったじゃない……」


 けっこうひどい言われようだが、俺と言う人間の評価としては的確だった。

 ていうか、俺とユリって友達設定だったの?


「……私のことがイヤでも……もっとマシな言い訳にしてよ……!」


 教室に、ユリの怒声が響く。

 いつも冷静で真面目な彼女が、初めて“取り乱していた”。


 「なんで俺がウソついてるみたいになってんだよ……ほら、スマホに」


 いままでにない感情をぶつけてくるユリの姿に焦った俺が、スマホを見せようとモタモタしていると。


 ユリは、拳をぎゅっと握りしめて——


「……そっか。だったら、もういい」


「……ごめん、変なこと言って。じゃあ……また、明日」


 そう言って、彼女は背を向け、教室を出ていった。


 その背中は、小さく揺れていた。


(なんだったんだ……今の)



 帰り道。


 俺は、胸のポケットに違和感を覚えて、手を突っ込む。


 指先に触れたのは、金属製の小さな端末。

 ガイから手渡された、謎の“トークン”だった。


(そういや……渡されたまま、忘れてたな)


 何の変哲もない矩形パネル。

 だが、そこには明確な数字が浮かんでいる。


「35.68, 139.76」


 その意味を考える暇もなく——


『——観測対象、再起動を確認』


 唐突に、久しく沈黙していたAIの声が、耳元に響いた。


「……おまえ、居たのかよ。大事な時に沈黙しやがってよ」


『……ずっとサポートしていましたけど不足でしたか?』


(いやいや、アマデルが出てきたあたりからほとんど喋ってないじゃん、もういいけど)


『先ほどマスターが“新たな観測”を開始したことを確認。量子座標を再計算します』


 AIの声に合わせて、空を見上げると——


 街の上空、夕焼けの中に、ごくわずかに“歪んだ揺らぎ”が見えた気がした。

 青白く、まるで膜のように空間が脈打っている。


(……なんだ、今の)


 見間違い? いや、確かに“何か”があった。


 妄想と現実の境界線は、

 今も確かに、揺らいでいる。


 小さな“違和感”は、確実に次の戦いへの予兆だった。

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