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第2話『お約束』


「あー……」


 やがて迎えた昼休み。購買に昼食のパンを買いに行ったあたしが教室に戻ってみると……自分の席がなかった。


 正確には、転校生のひじり君とお話をしたい女子たちによって、彼の周りの席は軒並み奪い取られていた。


 その中には、聖君の隣であるあたしの席も当然含まれているわけで。


「転校初日は……やっぱこうなるよねぇ。秋乃あきのちゃん、ご愁傷さま」


 あたしの肩に手を置きながら言うのは、一緒にパンを買いに行った親友の美月みづきちゃん。


 通称、みっちゃん。中学からの親友で、あたしが緊張せずに話せる、数少ない人物の一人だ。


「どうする? わたしの席に来る?」


 途方に暮れるあたしに、みっちゃんは肩ほどまでのウェーブヘアを揺らしながら優しい言葉をかけてくれる。


 彼女の席はかなり離れているし、あの騒動に巻き込まれる可能性は低いと思う。


「じゃあ、そうしようかな……」


『ったく。あいつら、秋乃が戻ってきたってのに、どかねーのかよ』


 ……その時、優斗ゆうとの心の声が聞こえてきた。


 視線を向けてみると、彼はもくもくとお弁当を食べつつ、その様子を眺めていた。


 けれどその内心は、穏やかではなさそうだった。


 いや、あたしはみっちゃんの席でお昼食べるから。あんたが気にしなくていいから……!


 そんな言葉が出そうになるのを、あたしは必死に飲み込む。


 それでもその場から動くことができず、佇んでしまう。


「……なぁお前ら。昼飯食ったんなら、聖に校内を案内してやったらいいんじゃね?」


 ややあって、優斗が口を開く。


 その口調は気だるげだったけど、どこか凛としていた。


「そーだねー! 聖くん、いこうよ!」


「うんうん! 私たちが案内してあげる!」


 聖君の周囲に集まっていた女子たちは口々に言うと、そのまま彼を連れ立って教室から出ていった。


 その去り際、『秋乃ちゃんと話したかったんだけどなぁ』なんて、聖君の声が聞こえた気がした。


 ……いや、なんであたしなんかと話したいの?


 あたしみたいな陰キャメガネじゃなくて、積極的で魅力的な子、もっといっぱいいるでしょ。


『まったく、秋乃は賑やかなの苦手なのによ』


 そんなことを考えていた矢先、今度は優斗の心の声が聞こえてきた。


 陰キャのあたしを気遣ってくれていることがわかり、少し嬉しくなる。


「はー、さすが月城つきしろくん。一言で追っ払っちゃうなんですごい」


 その時、みっちゃんが感心した顔で優斗に話しかける。


「これは秋乃ちゃんのことを思っての行動だね。わたしにはわかるよ」


「違ぇし。単純にうるさかっただけだ」


 何度もうなずきながらみっちゃんは言うも、優斗はめんどくさそうな口調で彼女を睨みつけた。


「ひゃー、怖い。おじゃま虫は退散しますっ。それじゃね」


 その視線に耐えられなくなったのか、みっちゃんはあたしにひらひらと手を振ると、自分の席へと戻っていった。


「……その、ありがと」


「だから、別にお前のためじゃねー」


 たどたどしくお礼を言うも、優斗は呆れ顔で言って、食事を再開した。


『まったく、秋乃も嫌なら嫌ってはっきり言えよ』


 ……ごめん。


 続いて聞こえてきた心の声に、思わず謝りそうになるも……喉元まで出かけた言葉を、あたしは必死に飲み込んだのだった。


 ◇


 昼休みが終わる直前、聖君は大勢の女子たちとともに戻ってきた。


「ちっ……聖のやつ、女子をはべらせやがって」


「顔がいいのは認めるけどよー……」


 当の本人は明らかに困った顔をしていたけど、教室の男子たちからは早くも嫉妬に近い呟きが聞こえていた。


 ……まぁ、休み時間のたびに見ていたけど、彼はめちゃくちゃ社交的みたいだし?


 今はひがまれていても、すぐに男女問わず友達を作っちゃうタイプだと思う。


 やっぱり海外生活が長いと、コミュニケーション能力も鍛えられるのかしら。


 ……そして午後一番の授業は、石田先生の現国だ。


 昼食の直後ということもあって、どうしても眠くなる時間帯。


 どうやって睡魔に抗おうか真剣に考えていたあたしの耳に、聖君の声が飛んでくる。


「ねぇ、次の授業、教科書見せてもらっていい?」


「え?」


 その瞬間、あたしの睡魔は一瞬でどっかに行ってしまった。


 なんであたしのほうに来るのよー! 午前中と同じように、反対の席の男子に見せてもらえばいいじゃないのー!


 脳内でそんな言葉をぶちまけるも、陰キャ女子のあたしが実際に口にできるはずがない。


「午後からも見せてもらうのは、田中くんに悪いと思ってさ。迷惑かな?」


 ちらり、と反対の席の男子を見たあと、柔らかな笑顔を向けてくる。


「あっ、いえ……どうぞ……」


 あたしは思わず視線をそらし、教科書を差し出す。


 ……この状況では、とても『NO』なんて言えない。


 すでにクラス中の視線が痛いし。特に女子からの。


『ちっ……教科書くらい、転入前に用意してろっての』


 あたしの席に自分の席を寄せる聖君を見ていた時、右側から明らかに苛ついた様子の優斗の心の声が聞こえた。


 ……なんであんたがそこで苛つくの?


 そんなことを考えた矢先、教室の扉が開いて石田先生が入ってきた。



 ……それから授業が始まると、先生の独特な低い声が教室を支配していく。


「評論を読む場合、『話題』『主張』『論展開』という三つの点に気をつけること。では、次の例文を……」


 今日の授業は『評論』について。


 あたしは本を読むのが好きだから、少し前の『小説』に関する授業は楽しかったんだけど……今はひたすらに退屈だった。


 黙々とノートを取りながら、なんとなく隣の聖君に目をやる。


 ……ヤバ。目が合った。


 慌てて視線を前に戻すも、もはや後の祭りだった。


『やっぱりかわいいね。それにしても秋乃ちゃん、いつからメガネにしたのかな』


 そんな聖君の心の声が飛んできて、あたしは思わず赤面する。


 ……てゆーか、この人、なんであたしのこと知ってるの? 小さな頃に、どこかで会ったとか?


 いやでも、これだけ印象的な人なら、間違いなく覚えてるだろうし。


 一度気になると、そればかり考えてしまう。授業の内容はまったく頭に入ってこなかった。


「えー、じゃあ、続きを星宮ほしみや、読んでくれ」


「へっ、は、はいっ」


 その時、唐突に名前を呼ばれた。


 あたしは反射的に立ち上がるも、どこから読めばいいのかわからない。


『23ページの三行目』


「23ページの三行目からだよ」


 次の瞬間、左右から優斗と聖君の声が聞こえた。優斗のは心の声だけど。


 一瞬戸惑ったものの、そんな二人の声のおかげで、あたしはその場をやり過ごすことができたのだった。


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