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第20話『服選び 前編』

 翌日から大型連休に突入した。


 皆で遊びに行く日以外、あたしは部屋に閉じこもって読書をすると決めたのだけど……。


『(みっちゃん) 秋乃あきのちゃん、水族館デートの日、どんな服着ていくー?』


 連休初日。さっそく本の世界に没頭していたところ、お昼すぎにみっちゃんからそんなメッセージが届いた。


 ……というか、いつしか水族館デートなんて名前になっていた。


『(あきの) 一応、決めてるけど』


『(みっちゃん) どんなのー? 写真送ってー』


 まんまるな猫が期待の眼差しを向けてくる謎のスタンプを連投され、あたしはため息をついて本を閉じる。


 それから、あたしは当日着ようと思っていた服をベッドの上に適当に並べて、写真を撮る。


『(みっちゃん) 30点!』


 その写真を送ると、そんな採点結果が返ってきた。


『(あきの) え、低くない!?』


『(みっちゃん) そんな着古した服で月城つきしろくんのハートを掴めると思っているのか!』


『(あきの) いや、掴む気なんてないし!』


『(みっちゃん) おろかものー! よし、明日服買いに行こう! 駅ビルのユニむら!』


『(あきの) え、本気なの!?』


『(みっちゃん) もちろん! あ、何か予定入ってる?』


『(あきの) 本読みたいんだけど……』


『(みっちゃん) 予定ないみたいだね!』


 それとなく希望を伝えてみるも、みっちゃんからはそんなメッセージが返ってきた。


 画面の向こうに、満面の笑みを浮かべる彼女が見えるようだった。


 ……結局みっちゃんに押し切られ、明日は外出することになった。


 その旨を両親に伝えると、お母さんはめちゃくちゃ嬉しそうにしていた。


「いいじゃない。せっかくの連休なんだから、外に遊びに行かなきゃ」


「遊びに行くのはいいんだけど……服選びとか、苦手でさ」


「秋乃は洒落っ気ないんだし、この際、美月みづきちゃんから全身コーディネートしてもらいなさい」


 お母さんは笑顔を崩さずに言う。


 はぁ……まさか、こんな展開になろうとは。


 あたしは内心ため息をつくも、覚悟を決めるしかなさそうだった。


 ◇


 そして翌朝。あたしは最寄りのバス停でみっちゃんと待ち合わせる。


「秋乃ちゃん、お待たせー」


 停留所のベンチに座っていると、みっちゃんがひらひらと手を振りながらやってきた。


「逃げないでやってきたねー。えらいえらい」


「仮病使おうかと思ったわよ」


「あはは、仮病って言っちゃダメでしょ」


 いつもの調子で話しかけた時、ちょうど駅前行きのバスが停留所に入ってくる。


「おお、さすが日本の公共交通機関。大型連休だろうが定刻通りきてくれる」


 よくわからないことを言いながらバスに乗り込むみっちゃんに続いて、あたしもステップを上がる。


 そのままみっちゃんの後ろについて一番奥の席に腰を落ち着けると、アナウンスのあとにバスは走り出した。


 ……それから15分ほどで、バスは駅前に到着する。


 さすが大型連休の真っ最中ということもあって、駅前の広場には無数のテントや野外ステージが設けられ、様々なイベントが行われているようだ。


「いやー、予想はしてたけどすごいねぇ。秋乃ちゃん、はぐれないようにね」


「う、うん」


 大勢の人が行き交う中を、あたしはみっちゃんの背中にくっつくようにして歩く。


「すごい数のキッチンカー。世界のグルメ・スイーツ大集合だって」


 目の上に手を当てて、遠くを見る仕草をしながらみっちゃんが言う。


 目が悪いあたしにはよく見えないけど、言われてみれば、どことなくスパイシーな香りが漂ってきている気がする。


「ジャークチキンにトムヤムクン、エンチラーダ……聞いたことない料理ばっかり」


「ジャークキチンは辛すぎると思うわよー。食べるんなら、トムヤムクンくらいにしといたら?」


 首をかしげるみっちゃんに、あたしはそんな言葉を返す。


 ……まぁ、あたしも本から得た知識だけで、実際に食べたことはないんだけど。


「お昼はあそこでいいかとも思ったけど、今の時間から大行列だよ。やめといたほうがいいかなぁ」


 続いて苦笑しながら言って、みっちゃんは歩みを早める。


 目的地は駅ビルのアパレルショップだし、早く広場を抜けてしまいたい。


「おおっ、ねこ市ですと!?」


 そんなことを考えていると、みっちゃんが再び足を止めた。


 背後を歩いていたあたしは、その背にぶつかりそうになる。


「ねぇ秋乃ちゃん、ちょっとだけ覗いていい?」


 瞳を輝かせるみっちゃんの指差す先には、数多の猫グッスを扱う小さな露天があった。


「目的が違うでしょー。あとにしなさい」


「うぅ……掘り出し猫……じゃない、掘り出し物があるかもしれないのに……」


 あたしがジト目で言うと、みっちゃんは名残惜しそうな視線を露天へ向けた。


 みっちゃんが猫好きなのは知ってるけど、今あのお店に足を運んでしまえば、確実にお昼を過ぎてしまう。それはさすがにダメだと思うし。


「帰りまでに、何か残ってますように……」


「服選びをさっさと終えれば、きっと残ってるわよー。だから……はっ」


 猫神様か何かに祈りを捧げるみっちゃんを慰めながら歩いていると、あたしは無数に並んだテントの一角に『古本市開催中』ののぼりを見つけてしまった。


「ねぇ、みっちゃん、あのお店……」


「目的が違うよー。あとにしてー」


「ああいう場所には掘り出し物が……あああ……」


 さっきとは逆のやり取りをしながら、あたしはみっちゃんに引きずられていったのだった。


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