その翌日。
石田先生によると、最終的な提出率は六割ほどらしい。半分は超えたものの、なかなかに少なかった。
先生も全員提出は期待していなかったらしく、感想文を書くため、真剣に本を読んだことに意義がある……なんて締めくくっていた。
そして、今日も授業が進み……昼休みになる。
「ねーねー、今度の休み、どこ行くー?」
「んー、映画とかどう?」
「いいねぇ。何か新作やってたっけ」
いつものように購買でパンを買って教室に戻ると、どこからともなくそんな会話が聞こえた。
明日から春の大型連休に突入するし、皆、遊ぶ計画を立てるのに大忙しのようだ。
今年は一週間近く休みが続くということで、教室にいる誰もが浮足立っている気がした。
……まぁ、あたしには関係のない話だけど。
「ねぇねぇ、
陰キャで友達も少ないあたしは、毎年この時期は黄金の読書週間と銘打って、どっぷり本の世界に浸るのだ。
すでに読みたい本はリストアップしているし、帰りに本屋に寄って帰ろう。
「おーい、秋乃ちゃんってばー」
「……へっ?」
そんなことを考えながらチョコチップメロンパンをかじっていると、いつの間にか目の前にみっちゃんが立っていた。
「どこか遠い目をしてるけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫。それで、どうしたの?」
「明日からの大型連休、秋乃ちゃんって予定ある?」
「一応、本の世界に旅立つ予定だけど」
「そっか、予定ないんだね」
正直に答えるも、みっちゃんの中では読書は用事に入らないらしい。笑顔でスルーされた。
「四日の日曜日、一緒に水族館行かない?」
キラッキラの笑顔を見せながら、みっちゃんはあたしにスマホを向けてくる。
そこには今月頭に隣町にオープンした水族館のウェブサイトが表示されていた。
「水族館?」
「そう! 無数の魚が泳ぐ水槽は見ているだけで癒されるし、イルカやペンギンのショーもあるの! 常日頃から学校生活に疲れているわたしたちにはうってつけ!」
巨大な水槽や、可愛らしい動物たちが載った画面をスクロールさせながらみっちゃんは続ける。
あたしは別に学校生活に疲れてはいないのだけど。もしかして、みっちゃんは疲れてるの?
「まぁ……みっちゃんが行きたいんなら、一緒に行くけど」
「ありがとう! それでさ、この水族館、カップル割ってのがあるんだけど」
「はぁ、カップル割」
みっちゃんの言葉の意図がわからず、あたしは首をかしげる。
彼女が見せてくれたページによると、カップルで来場した場合、入場料金が半額になるらしい。
まぁ、あたしには無縁そうだ。
みっちゃんと二人では、さすがにカップル割も使えなさそうだし。
「
「んあ?」
そんなことを考えていると、みっちゃんが隣の席の優斗に話しかける。
完全に虚を突かれた優斗は、妙な返事をしていた。頬杖をついたまま、半分眠っていたらしい。
「ああ……空いてるが、どした?」
「秋乃ちゃんとカップルになってくれない?」
「は?」
優斗は怪訝そうな顔であたしを見る。
「ちょ、ちょっとみっちゃん、話をはしょりすぎ」
「ごめんごめん。実はこの日、秋乃ちゃんと水族館に行こうって話になったんだけど……」
てへへと笑ったあと、みっちゃんは改めて事の顛末を優斗に話して聞かせた。
「なんだ、そういうことかよ……数合わせでいいんなら、付き合うぞ」
安心したような残念なような、なんとも微妙な口調で優斗は言う。
『いきなりカップルとか言われるから、夢の続きかと思ったぜ』
……続いて、そんな優斗の心の声が聞こえた。
そのまま聞き流しそうになるも、それって優斗は夢の中であたしと付き合ってたってこと? なんて夢見てるのよ!
「うしうし、これで秋乃ちゃんは半額だね。せっかく行くなら、おトクに楽しまないと」
「ねぇ、その水族館、俺も行っていい?」
みっちゃんが満足げな顔をしたその時、優斗とは反対の席から声がした。
見ると、
「日本の水族館は世界有数だし、興味はあるんだよね」
どうやらあたしたちの話を聞いていたらしく、興味津々といった様子だ。
「え、わたしはいいけど……二人はどう?」
その時、みっちゃんが珍しく視線を泳がせながら言った。
「俺は構わないぞ。秋乃は?」
「あ、あたしは……お任せします」
あたしが他の二人に丸投げしたことで、多数決が成立。聖君の参加が決まった。
「じゃ、じゃあ、これで全員半額だねぇ。よきかな、よきかな」
みっちゃんはいつもの調子で言うも、どこか違和感があった。
「……それこそ聖は他の女子に誘われてねーの?」
その時、優斗が気だるげに聖君に問いかける。
「んー、今のところはないかなぁ」
聖君はあっけらかんと言う。
二人はクラスの二大イケメンと呼ばれているし……もっぱら転校してきたばかりの聖君に対しては、抜け駆けしてはいけない……という、ある種の不文律のようなものがクラスの女子の間で取り決められているような気がした。
まぁ、今回の場合、聖君の希望だし……とやかく言われることはないと思うけど。
……なんとも言えない視線が、クラスのあちこちから向けられている気がするし。
◇
そんなこんなで連休中の予定も決まり、放課後となる。
黄金の読書週間はなくなってしまったけど、やっぱり本は買っておきたい。
というわけで、あたしは学校を出ると、そのままバスに乗って駅前の大型書店へと向かった。
「おお、この作家さんの新作、もう出てたんだ。これは読んでおかないと……いや、でもこれを買うと予算オーバーに……ハードカバー本、高いって……!」
気がつくと、あたしは独り言を言いながら新刊コーナーの前を右往左往していた。
あたしは本を前にすると謎にテンションが上がるのだ。こんな姿、クラスメイトの誰にも見せられない。
「うう、ハードカバーは文庫本になるまで待つか……」
しばらく考えて、あたしは泣く泣く本を棚に戻す。それから平積みされた別の本に手を伸ばしたところで……同じタイミングで手を伸ばしてきた誰かと、手が重なってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
相手とほぼ同時に謝って、同じように手を引っ込める。
反射的に相手の顔を見ると、そこにはメガネをかけた、ショートヘアの大人しそうな少女が立っていた。
「す、すみませんっ」
もう一度謝って、その場から一歩下がる。目の前の少女も全く同じ動きをした。
「ど、どうぞどうぞ」
続いてそう言うも、彼女もまったく同じセリフを口にする。
「ぷっ……」
お互いにしばし固まったあと、少女は吹き出すように笑う。
「ご、ごめんなさい。お姉さんったら、私と同じ動きをするんだもの」
あたしが困惑する中、少女はお腹を抱えて笑っていた。
セーラー服を着ているところからして、中学生らしい。
「お姉さん、お先にどうぞ」
「あー、うー、ありがとうございます……」
もう一度言われて、ペコペコと何度も頭を下げてから、目当ての本を手にする。
人見知りの
それからセーラー服の少女はあたしと同じ本を手に取ると、一礼してレジへと向かっていった。
……大人しそうな子だけど、あたしのように陰キャというわけではなさそうだ。
ちなみに、あの子も選んだこの本は、一応恋愛ものなのだけど……ミステリー色が強く、まるで昼ドラのようなドロドロ展開がある作品なのだ。
中学生でこの本を選ぶなんて、かなり変わってる……なんて考えた直後、高校生で同じ本を手にしている自分も同類ということに気づき、なんともいえない気分になった。