それから15分ほどで、
「……うん。いいんじゃない?」
最後まで読み終えたあたしは、満足顔で頷く。
これならどこに出しても恥ずかしくない、立派な読書感想文だ。
「秋乃のおかげだ。ありがとな」
「別にいいわよー」
疲れ切った顔の優斗に、あたしはそう言葉を返す。
気がつけば、胸のどこかで感じていた緊張感はいつしか消え去っていた。
何度かの交流を通じて、高校生になって見た目は変わっても、中身は幼馴染の優斗のままだとわかったからかもしれない。
「すっかり遅くなっちゃったわねー。お母さんが晩ごはん用意してくれてるはずだから、食べて……おわっ」
そう言いながら立ち上がった時、立ち眩みがした。
「
その瞬間、倒れかけたあたしを、優斗が力強く支えてくれた。
あたしも思わず、彼の体に抱きつく。
「あ、ありがと。最近、寝不足だったから……」
あたしは苦笑しながら、優斗の顔を見上げた。
「……あらまぁ」
その時、部屋の入口からお母さんの声がした。
あたしは壊れかけのロボットのように、首から上だけを扉に向ける。
わずかに開けられた扉から、お母さんの笑顔が見えていた。
そしてその手には、おにぎりやおかずが載ったおぼんがある。
「ごめんなさいねぇ。ノックしたのに、気づかなかったみたいで。夕飯、ここにおいておくから、ごゆっくり」
お母さんは続けてそう言い、手早くおぼんを室内に差し入れる。
「お、お母さん、これは違うから!」
「うんうん。わかってるから大丈夫よ。お邪魔してごめんなさい」
矢継ぎ早に言って、お母さんは去っていく。
その去り際、春樹に持って行かせなくてよかったわ……なんて声が聞こえた気がした。
絶対わかってない。というか、誤解している。
「あー、えっと……」
再び静粛が訪れるも、それと同時になんともいえない空気に包まれる。
「お、おばさんがせっかくメシ用意してくれたんだし、食べるか」
「う、うん」
その空気を壊すように優斗が言い、あたしたちはどちらからともなく離れる。
それからテーブルにおぼんを運んできて、食事をとる。
「おばさんの唐揚げ、うまいよな」
「う、うん……そーねー」
「俺のおにぎり、梅が入ってたぞ。秋乃のは?」
優斗は明らかに口数が増えていて、気を使ってくれているのがわかる。
一方のあたしは、どこか上の空だった。
なんか胸がドキドキしているし、食べ物の味もわからない。
これは間違いなく、さっき優斗に抱きついてしまったことが原因だ。
……優斗は気にしてないみたいだし、あたしも落ち着かないと。
『とっさに支えちまったけど、秋乃、怒ってんのかな』
反応の薄いあたしを見てか、優斗からそんな心の声が飛んでくる。
べ、別に怒ってないけど。恥ずかしかっただけで。
『わかんねぇ……やっぱ、
続いて聞こえた心の声に、あたしは思うところがあった。
少し悩んで、あたしは話を切り出した。
「この間の日曜日、用事があるって言ったけど……どこかでかけてたの?」
「んあ? 天文部の手伝い。機材の片付けだよ」
唐揚げを口に運びながら、優斗は言う。
「ああ……屋上に色々出してたってやつ? でもあれって、かなり前の話じゃなかった?」
「星の動きを観測するとかで、一週間くらい機材出しっぱなしだったんだ。毎晩交代で記録作業してたらしい」
「あ、そういうこと……」
言われてみれば、星が見えるのは夜だ。
天文部……のんびり星を眺める部活かと思いきや、けっこう大変なのかもしれない。
「で、片付けを終えて帰ってたら、重たそうな荷物を運ぶ委員長を見かけて、手伝ったってわけ」
すると優斗は、まるであたしの聞きたいことがわかっていたかのようにそう口にした。
「お前が後ろにいるの、気づいてたけどさ。状況が状況だけに、声かけられなかった」
「……気づいてたんだ」
「あれだけ見られてたらな。話すのに夢中になってて、桜小路は気づいてないみたいだったけどよ」
優斗は苦笑する。
う……そんなつもりはなかったんだけど。
今になって思えば、あの日の優斗は制服姿だった。
桜小路さんは思いっきり私服だったし、本当に偶然出会ったっぽい。
「なぁんだぁ。桜小路さんとデートってわけじゃなかったのね」
「は?」
あたしは安堵感のあまり、思わず口を滑らせてしまった。
再び訪れる沈黙。
「デ、デートとかじゃねーから」
ややあって、明らかに動揺した優斗の声が聞こえた。
「ど、どうだかー。桜小路さんと話せて、優斗も嬉しかったんじゃないの?」
思わずそんな言葉を返すと、彼は黙り込んだ。
『やっぱ、他人からはそう見えるのか? 俺、秋乃一筋なんだけど』
ややあって、そんな心の声が漏れ聞こえた。
「んぐっ!? けほけほ……!」
まさかの不意打ちに、おにぎりが変なところに入りかけた。慌ててお茶を飲む。
「おいおい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。急いで食べすぎたのよ」
そう平静を装うも、あたしの心は穏やかでなかった。
しっかりと気を張っておかないと、また倒れてしまいそうだ。
……その後、優斗を門のところまで見送る。
「ありがとうな。おかげで助かった」
「ううん。帰り道、暗いから気をつけてね」
「ああ、じゃあ、また学校でな」
最後にそう言って、優斗は去っていった。
いつしか彼と自然と会話ができている自分に、内心驚いていた。
「さすが幼馴染補正……? 話せるもんねぇ」
「……それで、二人はどこまでいったの?」
「うひゃあ!?」
思わず呟いた時、背後からお母さんの声が聞こえ、あたしは飛び退く。
「ど、どこにもいってないから!」
「そんなわけないでしょー。お母さんにだけ、正直に話してみなさい。誰にも言わないから」
あたしはそう弁解するも、お母さんは笑顔を崩さず。ますます距離を詰めてくる。
「だから、何もなかったってばーー!」
その直後、あたしの絶叫が夜の住宅地にこだましたのだった。