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第17話『読書感想文 前編』

『(優斗) 読書感想文の宿題、手伝ってくれ』


 その後、優斗ゆうとから送られてきたメッセージには、そう書かれていた。


 朝の段階で、あれだけ動揺してたし……予想はしていたけど。


 まぁ……昔っから漫画ばっかり読んでたし。優斗が活字の本を読むイメージはない。


 絵文字もスタンプもない、無機質な文字だけのやり取りだけど……優斗が切羽詰まっているのが伝わってきた。


『(あきの)  わかりました。いいですよ』


 ……そんなメッセージを送ると、すぐに既読がついた。


『(優斗) 悪い。助かる』


『(優斗) じゃあ、放課後に秋乃の家で』


「……はぁ!?」


 続くメッセージを見て、思わず声が出た。


 な、なんであたしの家なのよ。図書室とかでいいじゃない。


『(あきの) 図書室では、だむですか』


 できるだけ平静を装うも、思いっきり誤字っていた。


『(優斗) 図書室だと、色々質問できないだろ』


 確かにそうだった。


 じゃあ、教室に残って……いやいや。それこそ誰かに見られる危険性が大いにある。


 それなら優斗の言う通り、家でやるのが一番だろう。


『(あきの) それでは、17時に家に来てください』


『(優斗) わかった』


 考えに考えて、あたしはそんなメッセージを送る。


 目的地が同じとはいえ、一緒に帰るわけにもいかないし。


 そんなことをしようものなら、それこそ噂になってしまう。優斗はイケメンだし、女性の恨みは怖いのだ。


 ◇


 ……そして迎えた放課後。あたしはホームルームが終わると一目散に帰宅し、部屋の片付けを済ませる。


 家にはお母さんがいて、事情を話すとニコニコ顔で了解してくれた。


「ふふふ、晩ごはんの用意をしておくから、ゆっくりしてもらってね」


「あー、はいはい。それまでに済ませるわねー」


 笑顔を崩さないお母さんにそんな言葉を返した時、インターホンが鳴らされた。


「……よう」


 出てみると、優斗がいつもと同じように気だるげな表情で立っていた。時間ぴったりだ。


「あんた、読書感想文くらい、ささっと済ませなさいよー」


「……忘れてたんだよ」


 あたしの部屋に上がってもらい、ため息まじりにそう伝える。優斗はバツが悪そうに視線をそらした。


 ……二人っきりになると、こうして普通に話せる。


 学校では人の目を気にしてしまい、話しかけることすらできないのに。本当に不思議だった。


「お前さ、昔っから作文とか得意だろ?」


「ま、まぁねー……あんた、どれくらい書いてるの?」


「原稿用紙、一枚くらいか……?」


 優斗はそう言って、原稿用紙を差し出してくる。なんとか絞り出した……といった感じの文量だった。


 ちなみに題材になっているのは、旧千円札の肖像だった人が書いた、猫を題材にした作品だ。


 これならあたしも読んだことがあるし、問題なく手伝えそう。


「……てゆーか、高校生にもなってこの本を選んだの?」


「本とか、読み慣れてねーんだよ。悪いかよ」


 思わずそう口にすると、優斗は拗ねたような顔で言う。


『これでも睡魔と戦いながら、頑張って読んだんだからな』


 そんな心の声まで聞こえてくるし、本当に読書が苦手なのだろう。


「いいから見てくれよ」


「はいはい。それじゃ、拝読します」


 あたしは言われるがまま、原稿用紙を受け取る。


 それからテーブルに腰を落ち着けると、感想文に目を通す。


 ……そして半分ほど読んだところで、思わずため息が出た。


「……これ、文章がぶつ切りになってるわよ。それに、これじゃ感想じゃなくてあらすじ。この本を読んで、どんな感銘を受けて、今後の人生にどう活かすかまで書かなきゃ」


「そんなことまで考えんのか?」


「そーよ。あんたも座って」


 立ち尽くしていた優斗に座るように言って、あたしはノートとシャーペンを取り出す。


「例えばね……」


『……近いって』


 ……はっ。


 その時、優斗の心の声が聞こえて、我に返る。


 気がつけば、あたしの肩は優斗のそれとしっかりとくっついている。


 このテーブルは狭いし、指導に熱中するあまり、周りが見えなくなっていた。


 慌てて離れるも、なんとも微妙な空気になってしまった。これはまずい。


「優斗にーちゃん、来てたのか!?」


 ……その時、春樹がノックもせずに部屋に入ってきた。


「こら春樹! 秋乃たちの勉強の邪魔しないの!」


 その直後、お母さんの怒号が響き……春樹は部屋の外に連れ出されていった。


 あたしは呆気にとられるも……そのおかげで室内の空気がいい意味で壊れた気がする。


「と、とにかく、これは全体的に書き直さないといけないわねー。気合い入れなさいよー」


「マジか……」


 あたしの言葉を聞いて、優斗はがっくりうなだれる。


 そんな彼を励まして、あたしは指導を再開したのだった。


 ◇


 それから原稿用紙に向かうこと、数時間。すでに部屋の時計は19時近くを差していた。


 ……あれ? 読書感想文って、こんなに時間かかるもんだっけ?


 それこそ、原稿用紙二枚分の読書感想文なんて、あたしなら1時間もかからずに終わるのに。


 正直言って、誤算だった。


 けれど、提出期限は明日だ。ここでやめるわけにはいかない。


『あー、あと少しなんだけどな。うまくまとまんねぇ』


 こめかみに手を当てながら、優斗が心の中で叫ぶ。


 あたしのアドバイスで、優斗の感想文は見違えるように良くなった。


 けれど、最後の部分……この本を通じて、自分が何を学んだかという点だけは、優斗に頑張って書いてもらうしかなかった。


「なんかこう、言葉にできねぇんだよな」


『猫から見た人間の愚かさっていうか、建前と本音? あー、わかんねぇ』


 優斗は思い悩むも、その心の声はあたしに丸聞こえだった。


「主人公の猫みたいに、物事から少し離れて、客観的に見ろってことじゃない?」


 だからあたしは、優斗がうまく言葉にできない部分を補ってあげる。


「客観的って?」


「例えば友達とケンカした時、感情的に怒るんじゃなくて、一旦冷静になって考えてみるのよ。それこそ、人間同士のケンカを遠くから見守る猫みたいにさ」


「あー、そういうことか……」


「そうそう。建前と本音の部分も、本質を見抜くために必要なものだし。明治時代の作品だけど、その考え方は現代でも通用すると思うわよ」


「なるほどな……秋乃、お前すげぇな」


「へっ?」


 唐突に褒められ、あたしはうろたえる。


「自分でも言葉にできないのに、秋乃はそれを的確に表現してくれるし。まるで俺の心が読めるみたいだ」


「あ、あはは……そんなわけないでしょー。ほら、忘れないうちにまとめちゃいなさいよ」


「ああ、そうだな」


 一瞬どきりとしたものの、あたしは必死に取り繕ったのだった。


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