『(優斗) 読書感想文の宿題、手伝ってくれ』
その後、
朝の段階で、あれだけ動揺してたし……予想はしていたけど。
まぁ……昔っから漫画ばっかり読んでたし。優斗が活字の本を読むイメージはない。
絵文字もスタンプもない、無機質な文字だけのやり取りだけど……優斗が切羽詰まっているのが伝わってきた。
『(あきの) わかりました。いいですよ』
……そんなメッセージを送ると、すぐに既読がついた。
『(優斗) 悪い。助かる』
『(優斗) じゃあ、放課後に秋乃の家で』
「……はぁ!?」
続くメッセージを見て、思わず声が出た。
な、なんであたしの家なのよ。図書室とかでいいじゃない。
『(あきの) 図書室では、だむですか』
できるだけ平静を装うも、思いっきり誤字っていた。
『(優斗) 図書室だと、色々質問できないだろ』
確かにそうだった。
じゃあ、教室に残って……いやいや。それこそ誰かに見られる危険性が大いにある。
それなら優斗の言う通り、家でやるのが一番だろう。
『(あきの) それでは、17時に家に来てください』
『(優斗) わかった』
考えに考えて、あたしはそんなメッセージを送る。
目的地が同じとはいえ、一緒に帰るわけにもいかないし。
そんなことをしようものなら、それこそ噂になってしまう。優斗はイケメンだし、女性の恨みは怖いのだ。
◇
……そして迎えた放課後。あたしはホームルームが終わると一目散に帰宅し、部屋の片付けを済ませる。
家にはお母さんがいて、事情を話すとニコニコ顔で了解してくれた。
「ふふふ、晩ごはんの用意をしておくから、ゆっくりしてもらってね」
「あー、はいはい。それまでに済ませるわねー」
笑顔を崩さないお母さんにそんな言葉を返した時、インターホンが鳴らされた。
「……よう」
出てみると、優斗がいつもと同じように気だるげな表情で立っていた。時間ぴったりだ。
「あんた、読書感想文くらい、ささっと済ませなさいよー」
「……忘れてたんだよ」
あたしの部屋に上がってもらい、ため息まじりにそう伝える。優斗はバツが悪そうに視線をそらした。
……二人っきりになると、こうして普通に話せる。
学校では人の目を気にしてしまい、話しかけることすらできないのに。本当に不思議だった。
「お前さ、昔っから作文とか得意だろ?」
「ま、まぁねー……あんた、どれくらい書いてるの?」
「原稿用紙、一枚くらいか……?」
優斗はそう言って、原稿用紙を差し出してくる。なんとか絞り出した……といった感じの文量だった。
ちなみに題材になっているのは、旧千円札の肖像だった人が書いた、猫を題材にした作品だ。
これならあたしも読んだことがあるし、問題なく手伝えそう。
「……てゆーか、高校生にもなってこの本を選んだの?」
「本とか、読み慣れてねーんだよ。悪いかよ」
思わずそう口にすると、優斗は拗ねたような顔で言う。
『これでも睡魔と戦いながら、頑張って読んだんだからな』
そんな心の声まで聞こえてくるし、本当に読書が苦手なのだろう。
「いいから見てくれよ」
「はいはい。それじゃ、拝読します」
あたしは言われるがまま、原稿用紙を受け取る。
それからテーブルに腰を落ち着けると、感想文に目を通す。
……そして半分ほど読んだところで、思わずため息が出た。
「……これ、文章がぶつ切りになってるわよ。それに、これじゃ感想じゃなくてあらすじ。この本を読んで、どんな感銘を受けて、今後の人生にどう活かすかまで書かなきゃ」
「そんなことまで考えんのか?」
「そーよ。あんたも座って」
立ち尽くしていた優斗に座るように言って、あたしはノートとシャーペンを取り出す。
「例えばね……」
『……近いって』
……はっ。
その時、優斗の心の声が聞こえて、我に返る。
気がつけば、あたしの肩は優斗のそれとしっかりとくっついている。
このテーブルは狭いし、指導に熱中するあまり、周りが見えなくなっていた。
慌てて離れるも、なんとも微妙な空気になってしまった。これはまずい。
「優斗にーちゃん、来てたのか!?」
……その時、春樹がノックもせずに部屋に入ってきた。
「こら春樹! 秋乃たちの勉強の邪魔しないの!」
その直後、お母さんの怒号が響き……春樹は部屋の外に連れ出されていった。
あたしは呆気にとられるも……そのおかげで室内の空気がいい意味で壊れた気がする。
「と、とにかく、これは全体的に書き直さないといけないわねー。気合い入れなさいよー」
「マジか……」
あたしの言葉を聞いて、優斗はがっくりうなだれる。
そんな彼を励まして、あたしは指導を再開したのだった。
◇
それから原稿用紙に向かうこと、数時間。すでに部屋の時計は19時近くを差していた。
……あれ? 読書感想文って、こんなに時間かかるもんだっけ?
それこそ、原稿用紙二枚分の読書感想文なんて、あたしなら1時間もかからずに終わるのに。
正直言って、誤算だった。
けれど、提出期限は明日だ。ここでやめるわけにはいかない。
『あー、あと少しなんだけどな。うまくまとまんねぇ』
こめかみに手を当てながら、優斗が心の中で叫ぶ。
あたしのアドバイスで、優斗の感想文は見違えるように良くなった。
けれど、最後の部分……この本を通じて、自分が何を学んだかという点だけは、優斗に頑張って書いてもらうしかなかった。
「なんかこう、言葉にできねぇんだよな」
『猫から見た人間の愚かさっていうか、建前と本音? あー、わかんねぇ』
優斗は思い悩むも、その心の声はあたしに丸聞こえだった。
「主人公の猫みたいに、物事から少し離れて、客観的に見ろってことじゃない?」
だからあたしは、優斗がうまく言葉にできない部分を補ってあげる。
「客観的って?」
「例えば友達とケンカした時、感情的に怒るんじゃなくて、一旦冷静になって考えてみるのよ。それこそ、人間同士のケンカを遠くから見守る猫みたいにさ」
「あー、そういうことか……」
「そうそう。建前と本音の部分も、本質を見抜くために必要なものだし。明治時代の作品だけど、その考え方は現代でも通用すると思うわよ」
「なるほどな……秋乃、お前すげぇな」
「へっ?」
唐突に褒められ、あたしはうろたえる。
「自分でも言葉にできないのに、秋乃はそれを的確に表現してくれるし。まるで俺の心が読めるみたいだ」
「あ、あはは……そんなわけないでしょー。ほら、忘れないうちにまとめちゃいなさいよ」
「ああ、そうだな」
一瞬どきりとしたものの、あたしは必死に取り繕ったのだった。