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第16話『優斗の用事』

「ぜーはー、ぜーはー」


「ねーちゃん、大丈夫か?」


「あんたねぇ、少しは手加減しなさいよー!」


「だって、手加減したら練習にならねーじゃん!」


 その後、弟の春樹はるきに言われるがままキーパー役をやるも……インドア派で陰キャメガネ女子のあたしに、中学生とはいえバリバリ現役のサッカー部のシュートを止めるなんて芸当ができるはずもなく。


 15分ほどのシュート練習に付き合っただけで、あたしは泥だらけになってしまっていた。


「あいたたた……これ、明日は絶対筋肉痛だわ」


 圧倒的な体力のなさを痛感しつつベンチへ戻ると、春樹とひじり君はパス練習を始めた。


 それを横目に見たあと、ベンチ脇に置いていたスポーツドリンクに手を伸ばすも……中身は空っぽだった。


 ……せっかくだし、新しい飲み物でも買ってこよう。


 あたしはそう決めて立ち上がり、周囲を見渡す。


 こういう場所に必ず設置していそうな自動販売機は、見当たらなかった。


「うーん、ちょっと遠いけど、コンビニまで買いに行ってこようかしら」


 熱心に練習をする二人にその旨を伝えて、あたしはグラウンドを離れる。


 そのまま土手沿いを歩き、最寄りのコンビニへと足を運ぶ。


 そこで数本のスポーツドリンクを買い込んで、再びグラウンドへ向かう。


 ……その道中のこと。


「……え?」


 住宅地の中を歩いていると、前方に見知った二人がいた。


 一人は優斗ゆうとだ。大きな荷物を手にして、いつものように気だるげな顔で歩いている。


 その隣を歩いているのは……クラス委員長の桜小路さくらこうじさんだった。


 な、なんであの二人が一緒にいるの?


 あたしは思わず近くの電柱の陰に隠れる。


 距離が離れているので会話の内容は聞き取れないけれど、桜小路さんはあたしが見たこともないような楽しげな顔で、しきりに優斗に話しかけている。


 あれって、どう見てもデートよね?


 まさか、優斗の言ってた週末の用事って……。


 ……いやいや。優斗はただの幼馴染だし、彼が誰とデートしようが、あたしには関係ない。


 関係ないはずだけど……この胸のモヤモヤは何。


 あたしはなんとも言えない気持ちになり、二人の姿が見えなくなるまで、その場から動けなかった。


 ◇


 ……そんなことがあった翌日。朝のホームルーム前の教室で、あたしはあくびを噛み殺していた。


 運動して疲れていたはずなのに、昨日目撃した光景が脳裏に焼き付いて、あまり眠れなかった。頭が重い。


「……あふ」


『秋乃、眠そうだな』


『秋乃ちゃん、眠そうだねー』


 何度目かわからないあくびをすると、左右の席から同じような心の声が飛んでくる。


 聖君はともかく、優斗は責任の一端を担ってるんだからねー。


 そんなことを思うも、優斗に直接昨日の経緯を尋ねる勇気はない。


 それとなくメッセージを送ってみようかとも考えたけど、自然な文面が思いつかずに諦めたのだ。


 かといって、桜小路さんに直接話を聞くわけにもいかないし。


 こっそりと桜小路さんに視線を向けると、彼女と目が合ってしまった。あたしは慌てて顔を伏せる。


「えー、日直ー、号令ー」


 その矢先、担任の石田先生がやってきて、朝のホームルームが始まる。


 あたしは安堵しつつ、顔を上げたのだった。


「……先日、皆にお願いした読書感想文だが、明日が締め切りだ。現在の提出率は三割ほどといったところだが、進捗状況はどうだ?」


 そのホームルームも終わりに差し掛かった頃、石田先生が教室を見渡しながらそう口にした。


「先生! 読書感想文なんて高度なもん、俺には無理っすわ!」


「あたしもー!」


 直後、複数の生徒たちからそんな声が飛ぶ。


 予想通りというか、読書感想文は苦手な人が大半らしい。あたしはとっくに提出しちゃったけど。


『うーん、皆大変そうだなぁ』


 わずかな優越感に浸っていると、左の席から聖君の心の声が聞こえた。


 彼も本好きのようだし、余裕たっぷりの口調からして、すでに提出してしまっているのだろう。


『くそっ……やべぇ。すっかり忘れてた』


 そんなことを考えていると、右の席から優斗の心の声が聞こえた。


 思わず視線を向けるも、彼はいつもと変わらない様子で頬杖をついている。


『やべぇ……! やべぇ、やべぇ……!』


 それでも、優斗の内心は穏やかではなかった。


 いやもう、めちゃくちゃ焦っている。よく表情に出ないわよね。


「とにかく、あともう一日ある。どんな傑作を見せてもらえるか、今から楽しみだな」


『あと一日しかねーよ!』


 意味深な顔で言う石田先生に、優斗が心の中でツッコミを入れていた。


 彼、どうするのかしら。


 ◇


 ……そんなこんなで迎えた昼休み。あたしは学校の中庭で、みっちゃんと一緒に購買のパンを食べていた。


「春の新作、かしわ餅パン……パンの中にかしわ餅を入れる斬新なアイデアは評価するけど、かしわの葉っぱまで一緒に入れ込まなくても……食べにくいったらありゃしないよ」


 パンを分解して葉っぱを取り除きながら、みっちゃんが泣きそうな顔をしていた。


「その点、秋乃ちゃんのさくら餅パンは葉っぱが入ってても食べやすそうだね」


「そーねー。パンと餅の同時攻撃で、口の中パッサパサだけど」


 言いながら、あたしはペットボトルのお茶を口にする。


 さくら餅には緑茶だろうと思ったけど、パンとは微妙に合わなくてもどかしい。


「……うん?」


 その時、スマホからメッセージの受信音がした。


「……誰かしら」


 普段メッセージをやり取りするみっちゃんは目の前にいるし、日中に家族から連絡が来ることはまずない。

だとすれば、迷惑系のメッセージかな……。


『(優斗) 秋乃、今日の放課後空いてるか』


 そんなことを考えながらスマホを開くと、そこには優斗からのメッセージが来ていた。


「へっ……?」


「えっ、どうしたの?」


 あたしが素っ頓狂な声を出して固まっていると……みっちゃんが不思議そうな顔でスマホを覗き込んでくる。


「うわ、月城つきしろくんからのお誘い!?」


「ちょっ……みっちゃん、声が大きいっ……!」


「ご、ごめん」


 みっちゃんの口を慌ててふさぎながら、あたしは周囲を見渡す。


 昼休みの中庭は昼食をとる生徒たちで溢れかえっているし、誰に聞かれているかもわからなかった。


 あたしは深呼吸をしたあと、『空いています。どうしましたか』と返事のメッセージを送った。


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