「ひっ……!」
あたしは思わず目をつぶるも……ボールの衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。
おそるおそる目を開けると、あたしの前に立ってリフティングをする、
……どうやら、あたしに向かってきたボールを受け止めて、うまく勢いを殺してくれたらしい。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いいよいいよ。うまく受け止められてよかった」
そのままボールを足元に収めて、聖君は笑う。
勉強だけじゃなく、運動までできるのね……。
「すみません! って、ねーちゃん!?」
その直後、弟の
「あ、あんたねぇ……もう少しで顔面直撃するところだったわよ!」
思わず声を荒らげたあと、隣に聖君がいることを思い出して口を覆う。
『おおっ……秋乃ちゃん、あんな大きな声出すんだ』
直後、聖君のそんな心の声が聞こえた。
うぐっ……これは絶対誤解された。恥ずかしい……!
「惜しいシュートだったね。前傾姿勢でボールの下を蹴るように意識すると、ふかさなくなるよ」
「え……? あ、ありがとうございます!」
笑顔で春樹にボールを渡しながら、聖君はそんなアドバイスを口にしていた。
弟はもう一度頭を下げると、そのまま練習へと戻っていった。
「えっと、サッカー、やってたんですか?」
「アメリカのハイスクールで、少しだけね。向こうの部活って季節によってやるものが違うから、バスケもやってたけど」
あたしが尋ねると、聖君はひょうひょうとした態度で言って、グラウンドに視線を移す。
彼は背も高いし、バスケもうまいのだろう。
体育の授業は男女別だから、実際にやってるところを見たことはないけれど。
「というか、ずっと気になってたんだけどさー」
「な、なんでしょうか」
そうかと思えば、思い出したようにこちらを振り向いた。ふいを突かれて、あたしはたじろぐ。
「クラスメイトなんだし、敬語じゃなくてもいいよ?」
「そ、それはそうですが」
そう言われたものの、あたしは口調を変えない。
それこそあたしが敬語以外で話せるのは、家族以外ではみっちゃんと
『俺にも弟くんにみたいに接していいからっ』
……するかぁっ!
その後、聞こえてきた聖君の心の声に、あたしも心の中でツッコミを返したのだった。
「はー、終わったー」
そうこうしていると、練習を終えたらしい春樹があたしたちのほうにやってきた。
「春樹、お、お疲れさまでした」
「ねーちゃん、なんかぎこちないぜ?」
「き、気のせいでしょ」
ついさっき、聖君に素の自分を見られてしまったからか、妙に話し方を意識してしまう。
「ところでにーちゃん! ねーちゃんの友達か!?」
その時、春樹が聖君に駆け寄る。心なしか、その瞳が輝いている気がした。
「そう。クラスメイトだよ。
「和真にーちゃん! さっきのリフティング、めちゃくちゃうまかったけど、サッカーやったことあるのか!?」
「アメリカの学校で少しだけね」
「アメリカ!? すげーじゃん!」
弟は持ち前の人懐っこさで、聖君とどんどん距離を詰めていく。
この流れは……嫌な予感しかしない。
「よかったら今度の日曜日、オレにサッカー教えてくれよ!」
……ほら来た。
「秋乃ちゃん、弟くんはああ言ってるけど、構わないのかな……?」
聖君は苦笑しつつ、あたしを見てくる。
「まぁ……大丈夫なんじゃ、ないでしょうか……」
視線を泳がせながら、あたしはそう答えることしかできなかった。
◇
それから数日後の日曜日。朝10時ぴったりに、あたしと春樹は河川敷のグラウンドへとやってきた。
「秋乃ちゃん、春樹くん、今日はよろしくっ」
先に来ていた聖君は、清々しいまでの笑顔をあたしたちに向けてくる。
「和真にーちゃん、よろしく!」
「よ、よろしくお願いします……」
春樹と二人で挨拶をするも、あたしはぎこちない笑みを浮かべてしまう。
先週も優斗とサッカー練習をしたけど、彼はなんだかんだで幼馴染だし、すぐに以前の感覚で話すことができた。
けれど聖君は……ぶっちゃけ知り合ったばかり。あたしは銅像のように固まっていた。
「これ、差し入れ。今日は暑くなるって予報だし、水分補給は大事だよね」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
笑顔を崩さぬままに差し出されたスポーツドリンクを受け取るも、あたしは萎縮してしまう。
……うっかりしていた。本来なら、こっちが用意しなきゃいけないのに。
『うーん、緊張してるなぁ』
そんなあたしを見てか、聖君はそんな心の声を漏らす。
……自分でもわかってるわよ。でも、どうしようもないの。
「じゃあ、早速始める? ボール、先に借りてきた」
聖君は言いながら、グラウンドの奥の倉庫を指差す。
このグラウンド、土日は無料開放されていて、管理人さんに言えば道具も自由に使えるらしい。
見れば、グラウンドのいたるところでキャッチボールやサッカー、テニスに興じる人の姿がある。
インドア派のあたしはまったく知らなかったけど、こんな場所があるのね。
……その後、無人のサッカーゴールの前で、二人はシュート練習を始める。
あたしは少し離れた場所に設置されたベンチに座り、その二人の様子を眺めていた。
どうやら部活でやっていたのは本当のようで、聖君はかなりサッカーがうまかった。
それこそ、優斗といい勝負かもしれない。
それだけでなく、聖君は教えるのも上手だった。
最初はふかしまくっていた春樹のシュートが、段々と枠に収まるようになっている。
「うーん、ここまで来たらキーパーつけて、本格的にシュート練習したいよなー」
春樹も自信がついてきたのか、そんなことを口にしていた。
また皆と練習した時にやってもらいなさいな。
「……そうだ! ねーちゃん、キーパーの素質あるんだぜ!」
「え、本当かい?」
その時、春樹が嬉々として言った。聖君も驚きの表情を見せる。
「本当だよ! この前も、オレのシュートを見事に止めたんだから! 管理人さんに言って、キーパーグローブ借りてくる!」
そう言いながら、春樹は駆け出していった。
確かに一度、春樹のシュートを防いだこともあるけど……あれは偶然みたいなものだし。いきなりキーパーなんて、できるわけないでしょ!?
というか、いくら中学生とは言え、男子のシュートが飛んできたら間違いなく痛い。グローブだけじゃなく、ついでにフルフェイスのヘルメットも借りてきてほしいくらいだ。
「……秋乃ちゃん、なんなら俺がキーパーやろうか?」
「あー、いえ、あたしがやります」
少し考えて、あたしはそう口にする。
聖君はクラスの人気者だし、なによりイケメンだ。
もし、そんな彼の顔に弟のシュートが当たってアザでもできたら……考えただけで肝が冷える。
ここはあたしがやる以外の選択肢はない。
一応、汚れてもいいような格好はしてきたし。なんとかなると思う。
キーパーグローブを手に戻ってくる春樹を見ながら、あたしは覚悟を決めたのだった。