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第15話『まさかの展開』


「ひっ……!」


 あたしは思わず目をつぶるも……ボールの衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。


 おそるおそる目を開けると、あたしの前に立ってリフティングをする、ひじり君の姿があった。


 ……どうやら、あたしに向かってきたボールを受け止めて、うまく勢いを殺してくれたらしい。


「あ、ありがとう、ございます……」


「いいよいいよ。うまく受け止められてよかった」


 そのままボールを足元に収めて、聖君は笑う。


 勉強だけじゃなく、運動までできるのね……。


「すみません! って、ねーちゃん!?」


 その直後、弟の春樹はるきがグラウンドから走ってきて、あたしの顔を見るなり叫ぶ。


「あ、あんたねぇ……もう少しで顔面直撃するところだったわよ!」


 思わず声を荒らげたあと、隣に聖君がいることを思い出して口を覆う。


『おおっ……秋乃ちゃん、あんな大きな声出すんだ』


 直後、聖君のそんな心の声が聞こえた。


 うぐっ……これは絶対誤解された。恥ずかしい……!


「惜しいシュートだったね。前傾姿勢でボールの下を蹴るように意識すると、ふかさなくなるよ」


「え……? あ、ありがとうございます!」


 笑顔で春樹にボールを渡しながら、聖君はそんなアドバイスを口にしていた。


 弟はもう一度頭を下げると、そのまま練習へと戻っていった。


「えっと、サッカー、やってたんですか?」


「アメリカのハイスクールで、少しだけね。向こうの部活って季節によってやるものが違うから、バスケもやってたけど」


 あたしが尋ねると、聖君はひょうひょうとした態度で言って、グラウンドに視線を移す。


 彼は背も高いし、バスケもうまいのだろう。


 体育の授業は男女別だから、実際にやってるところを見たことはないけれど。


「というか、ずっと気になってたんだけどさー」


「な、なんでしょうか」


 そうかと思えば、思い出したようにこちらを振り向いた。ふいを突かれて、あたしはたじろぐ。


「クラスメイトなんだし、敬語じゃなくてもいいよ?」


「そ、それはそうですが」


 そう言われたものの、あたしは口調を変えない。


 それこそあたしが敬語以外で話せるのは、家族以外ではみっちゃんと優斗ゆうとくらいだ。人見知りのさがのようなものだし、変えろと言われてすぐに変えられるものじゃない。


『俺にも弟くんにみたいに接していいからっ』


 ……するかぁっ!


 その後、聞こえてきた聖君の心の声に、あたしも心の中でツッコミを返したのだった。


「はー、終わったー」


 そうこうしていると、練習を終えたらしい春樹があたしたちのほうにやってきた。


「春樹、お、お疲れさまでした」


「ねーちゃん、なんかぎこちないぜ?」


「き、気のせいでしょ」


 ついさっき、聖君に素の自分を見られてしまったからか、妙に話し方を意識してしまう。


「ところでにーちゃん! ねーちゃんの友達か!?」


 その時、春樹が聖君に駆け寄る。心なしか、その瞳が輝いている気がした。


「そう。クラスメイトだよ。聖 和真ひじり かずまっていうんだ」


「和真にーちゃん! さっきのリフティング、めちゃくちゃうまかったけど、サッカーやったことあるのか!?」


「アメリカの学校で少しだけね」


「アメリカ!? すげーじゃん!」


 弟は持ち前の人懐っこさで、聖君とどんどん距離を詰めていく。


 この流れは……嫌な予感しかしない。


「よかったら今度の日曜日、オレにサッカー教えてくれよ!」


 ……ほら来た。


「秋乃ちゃん、弟くんはああ言ってるけど、構わないのかな……?」


 聖君は苦笑しつつ、あたしを見てくる。


「まぁ……大丈夫なんじゃ、ないでしょうか……」


 視線を泳がせながら、あたしはそう答えることしかできなかった。


 ◇


 それから数日後の日曜日。朝10時ぴったりに、あたしと春樹は河川敷のグラウンドへとやってきた。


「秋乃ちゃん、春樹くん、今日はよろしくっ」


 先に来ていた聖君は、清々しいまでの笑顔をあたしたちに向けてくる。


「和真にーちゃん、よろしく!」


「よ、よろしくお願いします……」


 春樹と二人で挨拶をするも、あたしはぎこちない笑みを浮かべてしまう。


 先週も優斗とサッカー練習をしたけど、彼はなんだかんだで幼馴染だし、すぐに以前の感覚で話すことができた。


 けれど聖君は……ぶっちゃけ知り合ったばかり。あたしは銅像のように固まっていた。


「これ、差し入れ。今日は暑くなるって予報だし、水分補給は大事だよね」


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 笑顔を崩さぬままに差し出されたスポーツドリンクを受け取るも、あたしは萎縮してしまう。


 ……うっかりしていた。本来なら、こっちが用意しなきゃいけないのに。


『うーん、緊張してるなぁ』


 そんなあたしを見てか、聖君はそんな心の声を漏らす。


 ……自分でもわかってるわよ。でも、どうしようもないの。


「じゃあ、早速始める? ボール、先に借りてきた」


 聖君は言いながら、グラウンドの奥の倉庫を指差す。


 このグラウンド、土日は無料開放されていて、管理人さんに言えば道具も自由に使えるらしい。


 見れば、グラウンドのいたるところでキャッチボールやサッカー、テニスに興じる人の姿がある。


 インドア派のあたしはまったく知らなかったけど、こんな場所があるのね。


 ……その後、無人のサッカーゴールの前で、二人はシュート練習を始める。


 あたしは少し離れた場所に設置されたベンチに座り、その二人の様子を眺めていた。


 どうやら部活でやっていたのは本当のようで、聖君はかなりサッカーがうまかった。


 それこそ、優斗といい勝負かもしれない。


 それだけでなく、聖君は教えるのも上手だった。


 最初はふかしまくっていた春樹のシュートが、段々と枠に収まるようになっている。


「うーん、ここまで来たらキーパーつけて、本格的にシュート練習したいよなー」


 春樹も自信がついてきたのか、そんなことを口にしていた。


 また皆と練習した時にやってもらいなさいな。


「……そうだ! ねーちゃん、キーパーの素質あるんだぜ!」


「え、本当かい?」


 その時、春樹が嬉々として言った。聖君も驚きの表情を見せる。


「本当だよ! この前も、オレのシュートを見事に止めたんだから! 管理人さんに言って、キーパーグローブ借りてくる!」


 そう言いながら、春樹は駆け出していった。


 確かに一度、春樹のシュートを防いだこともあるけど……あれは偶然みたいなものだし。いきなりキーパーなんて、できるわけないでしょ!?


 というか、いくら中学生とは言え、男子のシュートが飛んできたら間違いなく痛い。グローブだけじゃなく、ついでにフルフェイスのヘルメットも借りてきてほしいくらいだ。


「……秋乃ちゃん、なんなら俺がキーパーやろうか?」


「あー、いえ、あたしがやります」


 少し考えて、あたしはそう口にする。


 聖君はクラスの人気者だし、なによりイケメンだ。


 もし、そんな彼の顔に弟のシュートが当たってアザでもできたら……考えただけで肝が冷える。


 ここはあたしがやる以外の選択肢はない。


 一応、汚れてもいいような格好はしてきたし。なんとかなると思う。


 キーパーグローブを手に戻ってくる春樹を見ながら、あたしは覚悟を決めたのだった。



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