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第14話『お見舞い』


『(あきの) みっちゃん、体調どう?』


 その日の昼休み。あたしはみっちゃんにそんなメッセージを送ってみた。


 返信する余裕もないのか、はたまた寝ているのか、すぐには既読にならない。


「……星宮ほしみやさん。学校でスマホは使用禁止よ」


「あっ」


 突然声をかけられて顔を上げると、目の前にクラス委員長の桜小路さくらこうじさんが立っていた。


 うう……まずいところを見られた。


「す、すみません。深山さんのことが心配で……」


 あたしは慌ててスマホをしまう。


 相変わらず、彼女に声をかけられただけで緊張してしまう。


「……まあいいわ。その深山みやまさんについてのことだから」


 桜小路さんはどこか呆れ顔で言って、封筒を差し出してきた。


「これ、今日の配布物。星宮さんが深山みやまさんのところに持っていってあげて。あなたたち、仲いいでしょ」


「あっ、はい。わかりました」


「確かに渡したから。よろしくね」


 思わず両手で封筒を受け取ると、桜小路さんは無感情に言って、自分の席へと戻っていった。


『……またなんか言われてんのか?』


 受け取った封筒をひらひらと動かしていると、状況をよく知らない優斗ゆうとからそんな心の声が聞こえた。


 桜小路さんはクラス委員長だし、石田先生から持っていくように頼まれたのだろう。


 うまく押し付けられた感じだけど、あたしもみっちゃんのところにお見舞いに行く予定だったし、ついでに渡してあげよう。


『(あきの) 渡すプリントあるから、放課後にお見舞いに行くね』


 あたしはそう考えつつ、みっちゃんに新たなメッセージを送ったのだった。


 ◇


 やがて放課後になり、あたしはみっちゃんの家へと向かう。


 学校近くのコンビニでお見舞いのプリンを買い、そこから川沿いの土手を通って住宅地へとやってくる。


 その一角に、二階建ての大きな家があった。


 門のところの『深山』という表札を確認して、あたしはインターホンを押す。


『……はい。ケホッ』


 ややあって、どこかきつそうなみっちゃんの声が聞こえた。


「あの、あたし……」


『あ、秋乃あきのちゃん? 今開けるね』


 インターホン越しの声が、若干弾んだ気がした。


 それからみっちゃんが出てくるも、その体は半分以上扉に隠れていた。


「ごめん。ちょうどお母さんもパートに行ってて。風邪、うつしちゃ悪いから、ここからで……ケホッケホッ」


 みっちゃんは苦しそうに咳をする。少しだけ見えた彼女はパジャマの上に上着を羽織り、マスクをしていた。


 ずいぶんきつそうだし、渡すものだけ渡したら、さっさとお暇することにしよう。


「これ、今日配られたプリント。あと、原稿用紙とプリン」


「え?」


 そう言いながら、持っていた袋を手渡すと……みっちゃんは不思議そうな顔をした。


「あ、プリンはあたしからのお見舞いの品」


「ありがとうー。それで、この原稿用紙は何?」


「現国の宿題。来週の火曜日までに、読書感想文書いてこいって」


「……石田先生に来週の火曜日まで休むって言っといて」


「言わないから」


「えー」


 つい呆れ顔で言うと、みっちゃんはあからさまに不満そうな顔をした。


「じゃあ秋乃ちゃん、病床に伏すわたしの代わりに感想文書いて。得意だよね?」


「得意だけど、ダメだってば」


 あたしは苦笑する。そういえば、みっちゃんも本を読むタイプじゃない。


「ほら、あんまり喋ってると、具合悪くなるわよ。プリン食べて、早く休みなさい」


 みっちゃんはまだ何か言いたげだったけど、あたしは会話を強引に終わらせる。


「そうだねー。プリン食べて、元気出すよ。秋乃ちゃん、ありがとね」


 みっちゃんはしおらしく言って、手を振る。


 あたしも手を振り返していると、静かに扉が閉められた。


 ……明日には元気になっているといいけど。


 ◇


 用事を済ませたあたしは、来た道をゆっくりと戻る。


 景色を眺めながら歩いていると、川沿いの土手まで戻ってきた。


 その河川敷にはグラウンドが整備され、中学生くらいの集団がサッカーに興じている。


「おい! こっちにパス出せよ!」


「よーし、いっくぜー!」


「……あれ、春樹はるき?」


 聞き覚えのある声がして目を凝らすと、その集団の中に弟の春樹がいた。


 思えば、ここは弟の通う中学校の近くだ。普段通らない道だから、すっかり忘れていた。


 たまには弟が頑張っている姿を見てやってもいいかな……なんて考えながら、あたしはグラウンドへと近づいていく。どうやら紅白戦をしているらしい。


「よっし、そこだ……げ!?」


 ボールを持った春樹はディフェンダー役の子を抜き去りにかかるも、逆にボールを奪われてしまった。


 相手チームはそのままカウンター攻撃を仕掛け、見事にゴールを奪っていた。


「おい春樹ー、何やってんだよ!」


 失点直後、背中に『谷口』と書かれたゼッケンをつけた男の子が、春樹に詰め寄っていた。


 あの子が以前電話をくれた子かしら。


「ご、ごめん! 点取って汚名挽回するから!」


 それ言うなら、名誉挽回でしょー。悪い状態に戻してどーすんのよ。


「へー、秋乃ちゃん、サッカー興味あるんだ」


「ひぃっ!?」


 そんなことを考えていた矢先、突然声をかけられ、あたしは飛び上がる。


「あ、ごめんごめん。見知った姿を見つけたから、つい声をかけちゃって」


 思わず振り返ると、そこにはひじり君がいた。


「え、あの、聖君、どうしてここに……?」


「ここ、俺の散歩コース。まさか秋乃ちゃんに会えるとは思わなかったけど」


 言われてみれば、聖君はジャージ姿だった。元の顔がいいからか、えらく様になっている気がした。


『これは運命かなっ』


 白い歯を見せながら、清々しいまでの笑顔を見せてくる。たぶん違うと思うけど。


「それで、サッカー好きなの? 読書家のイメージしかないけど」


「あっ、いえ。弟が、サッカーやってて」


「ああ、あの子かぁ」


 あたしがグラウンドを指し示すと、『星宮』と書かれたゼッケンを見つけた聖君は納得顔をした。


「んあっ、やべっ!?」


 その時、春樹の声が響き渡る。


 反射的に視線を向けると、春樹の放ったシュートがゴールボストに跳ね返っていた。


 そのボールは放物線を描きながら、あたしに向かって飛んできた。



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