『(あきの) みっちゃん、体調どう?』
その日の昼休み。あたしはみっちゃんにそんなメッセージを送ってみた。
返信する余裕もないのか、はたまた寝ているのか、すぐには既読にならない。
「……
「あっ」
突然声をかけられて顔を上げると、目の前にクラス委員長の
うう……まずいところを見られた。
「す、すみません。深山さんのことが心配で……」
あたしは慌ててスマホをしまう。
相変わらず、彼女に声をかけられただけで緊張してしまう。
「……まあいいわ。その
桜小路さんはどこか呆れ顔で言って、封筒を差し出してきた。
「これ、今日の配布物。星宮さんが
「あっ、はい。わかりました」
「確かに渡したから。よろしくね」
思わず両手で封筒を受け取ると、桜小路さんは無感情に言って、自分の席へと戻っていった。
『……またなんか言われてんのか?』
受け取った封筒をひらひらと動かしていると、状況をよく知らない
桜小路さんはクラス委員長だし、石田先生から持っていくように頼まれたのだろう。
うまく押し付けられた感じだけど、あたしもみっちゃんのところにお見舞いに行く予定だったし、ついでに渡してあげよう。
『(あきの) 渡すプリントあるから、放課後にお見舞いに行くね』
あたしはそう考えつつ、みっちゃんに新たなメッセージを送ったのだった。
◇
やがて放課後になり、あたしはみっちゃんの家へと向かう。
学校近くのコンビニでお見舞いのプリンを買い、そこから川沿いの土手を通って住宅地へとやってくる。
その一角に、二階建ての大きな家があった。
門のところの『深山』という表札を確認して、あたしはインターホンを押す。
『……はい。ケホッ』
ややあって、どこかきつそうなみっちゃんの声が聞こえた。
「あの、あたし……」
『あ、
インターホン越しの声が、若干弾んだ気がした。
それからみっちゃんが出てくるも、その体は半分以上扉に隠れていた。
「ごめん。ちょうどお母さんもパートに行ってて。風邪、うつしちゃ悪いから、ここからで……ケホッケホッ」
みっちゃんは苦しそうに咳をする。少しだけ見えた彼女はパジャマの上に上着を羽織り、マスクをしていた。
ずいぶんきつそうだし、渡すものだけ渡したら、さっさとお暇することにしよう。
「これ、今日配られたプリント。あと、原稿用紙とプリン」
「え?」
そう言いながら、持っていた袋を手渡すと……みっちゃんは不思議そうな顔をした。
「あ、プリンはあたしからのお見舞いの品」
「ありがとうー。それで、この原稿用紙は何?」
「現国の宿題。来週の火曜日までに、読書感想文書いてこいって」
「……石田先生に来週の火曜日まで休むって言っといて」
「言わないから」
「えー」
つい呆れ顔で言うと、みっちゃんはあからさまに不満そうな顔をした。
「じゃあ秋乃ちゃん、病床に伏すわたしの代わりに感想文書いて。得意だよね?」
「得意だけど、ダメだってば」
あたしは苦笑する。そういえば、みっちゃんも本を読むタイプじゃない。
「ほら、あんまり喋ってると、具合悪くなるわよ。プリン食べて、早く休みなさい」
みっちゃんはまだ何か言いたげだったけど、あたしは会話を強引に終わらせる。
「そうだねー。プリン食べて、元気出すよ。秋乃ちゃん、ありがとね」
みっちゃんはしおらしく言って、手を振る。
あたしも手を振り返していると、静かに扉が閉められた。
……明日には元気になっているといいけど。
◇
用事を済ませたあたしは、来た道をゆっくりと戻る。
景色を眺めながら歩いていると、川沿いの土手まで戻ってきた。
その河川敷にはグラウンドが整備され、中学生くらいの集団がサッカーに興じている。
「おい! こっちにパス出せよ!」
「よーし、いっくぜー!」
「……あれ、
聞き覚えのある声がして目を凝らすと、その集団の中に弟の春樹がいた。
思えば、ここは弟の通う中学校の近くだ。普段通らない道だから、すっかり忘れていた。
たまには弟が頑張っている姿を見てやってもいいかな……なんて考えながら、あたしはグラウンドへと近づいていく。どうやら紅白戦をしているらしい。
「よっし、そこだ……げ!?」
ボールを持った春樹はディフェンダー役の子を抜き去りにかかるも、逆にボールを奪われてしまった。
相手チームはそのままカウンター攻撃を仕掛け、見事にゴールを奪っていた。
「おい春樹ー、何やってんだよ!」
失点直後、背中に『谷口』と書かれたゼッケンをつけた男の子が、春樹に詰め寄っていた。
あの子が以前電話をくれた子かしら。
「ご、ごめん! 点取って汚名挽回するから!」
それ言うなら、名誉挽回でしょー。悪い状態に戻してどーすんのよ。
「へー、秋乃ちゃん、サッカー興味あるんだ」
「ひぃっ!?」
そんなことを考えていた矢先、突然声をかけられ、あたしは飛び上がる。
「あ、ごめんごめん。見知った姿を見つけたから、つい声をかけちゃって」
思わず振り返ると、そこには
「え、あの、聖君、どうしてここに……?」
「ここ、俺の散歩コース。まさか秋乃ちゃんに会えるとは思わなかったけど」
言われてみれば、聖君はジャージ姿だった。元の顔がいいからか、えらく様になっている気がした。
『これは運命かなっ』
白い歯を見せながら、清々しいまでの笑顔を見せてくる。たぶん違うと思うけど。
「それで、サッカー好きなの? 読書家のイメージしかないけど」
「あっ、いえ。弟が、サッカーやってて」
「ああ、あの子かぁ」
あたしがグラウンドを指し示すと、『星宮』と書かれたゼッケンを見つけた聖君は納得顔をした。
「んあっ、やべっ!?」
その時、春樹の声が響き渡る。
反射的に視線を向けると、春樹の放ったシュートがゴールボストに跳ね返っていた。
そのボールは放物線を描きながら、あたしに向かって飛んできた。