Vクリエイトには追い風が吹いていた。
七色みどりが成し遂げた1日でチャンネル登録者数3万達成という偉業はネットニュースに取り上げられ、会社の知名度に大きな貢献を見せていた。
みどりだけではなく、所属VTuberほぼ全員のチャンネル登録者数も急上昇している。
七色みどり目当てでチャンネル登録したリスナーが会社全体に興味を示し始めたのだ。
この波に乗らない手はないと考えた朝霧絵里奈は温めていた一つのコラボ企画を行うことを決意する。
七色みどり含むVクリエイト新規メンバー5人による配信コラボ。
その名も『3期生ラジオ』である。
七色みどり達はVクリエイト3期生という位置づけにあった。
3期生の紹介と同期の絆を深める為に設けられた企画。
本当は全員の収益化が決まってから行う予定だった企画だが、七色みどりが注目されている今行うのがベストと絵里奈は判断した。
「と、いうわけで急遽3期生のコラボ配信が始まったというわけだ」
「配信開始される前に言って欲しかった!」
朝霧絵里奈にいきなり呼び出しをされ、収録室に通された5人の男女。
みどり、ささえ、レイン、そして面接の時に少しだけ話をした男性と初顔合わせの女性。
男性は七色みどりのキャラを描いてくれた金森景虎先生だろう。
Vクリエイト3期生は今初めて集結し、自己紹介もまだなまま絵里奈が勝手に配信を開始したのだ。
狭い部屋に詰めて座る。壁には大画面が用意されており、朝霧絵里奈含む6人のVTuberが映し出されていた。
『アポ無し配信かよww』
『せめて告知してくれうぃ』
「悪い悪い。今からSNSで宣伝しよう」
「「「今からかい!!」」」
あまりにも行き当たりばったりな絵里奈プロデューサーに翠斗達のツッコミが重なった。
「私は隅っこで宣伝活動やっているから、みどり君、キミが司会進行してくれ」
「投げやりな上、無茶ぶり!?」
「まぁ、キミならできるだろ。頼んだぞ」
言いながら、カタカタとキーボードを叩き始める絵里奈。
翠斗は一つため息を吐きながら頼まれた司会を遂行することを決意した。
「えー、そういうわけでトップから司会を任された七色みどりです。VTuber歴はまだ浅く新参者ですがよろしくお願い致します」
パチパチパチと場のVTuber達が拍手で盛り上げてくれる。
「んと。初めて会う人も多いからこの流れで自己紹介と行きましょうか。じゃあまずレインさんから」
翠斗の対面に座るレインに視線を投げ、自己紹介を促す。
レインはコホンっと一つ咳払いを入れながら、いつものように綺麗な声で話し始める。
「小説家志望の物書き系VTuber天の川レインです。昔、自身の作品が音声化されたことがございます。その時に声を付けてくださった夏樹翠様が初恋の人でございます。どうぞよろしくお願い致します」
パチパチパチと拍手が鳴り響く。
『さらっと愛の告白していたんだがw』
『略奪愛かな?』
『突然の流れ弾がみどりニキを襲う』
「大丈夫。ささえちゃんからみどり様を奪ったりはしませんわ」
「レインさん……」
「でもささえちゃんが彼を飽きたら私が代わりに翠様を抱いて差し上げますので安心してくださいね」
「飽きないよ!! レインお姉ちゃんさらっと何いってんの!? って、こら! みどり! そこで赤くならないの!」
「ご、ごめん。ちょっとビックリしちゃって……」
『どうしてこいつら配信でラブコメしているの?』
『↑何度も見たなこのコメント』
『↑むしろラブコメを見に来ている俺』
「こ、こほん! 話を戻します。レインさんは真面目に小説家を目指している野心家です。配信でも自身の小説の朗読もされております。興味の出た方はぜひレインさんのチャンネル登録をお願い致します」
無理やり話題を切り替えてレインを紹介し配信のチャンネル登録を促す翠斗。
するとレインの紹介に隣に座っていた景虎先生が興味を示し始めた。
「天の川さんの作品ってすでにメディア化されているんですね。音声化なんてすごいです! 尊敬します! 今度、作品を拝見させてもらいますね!」
目を輝かせて尊敬のまなざしを向ける景虎先生にレインはジトッとした視線を返した。
「なんで僕睨まれているの!?」
「——『天の川レイン』」
「えっ?」
「この名前に聞き覚えはありませんの?」
「え、えと………………はじめまして」
「むぅぅぅぅっ!!」
「なんで叩きだしたの!?」
ポカポカと彼の胸を叩きまくるレインさん。
ああ。そうか。
景虎先生はレインさんの音声化作品に絵をつけてくれた人。
だけど景虎先生はそのことをすっかり忘れているらしく、それがレインさんの琴線を揺らしたというわけだ。
「ま、まぁまぁ、レインさんその辺で。じゃ、じゃあ次は景虎先生、自己紹介お願いします」
「あ、はい! いてて。えと、描いてみた系VTuber金森景虎って言います。イラストレーターとして活躍しております。僕、イラストと同じくらいVTuberが好きで、VTuberのガワを創作することに興味を持ったのでVクリエイトに応募しました。よろしくお願い致します」
景虎先生は現役のイラストレーターだ。
人気絵師である彼がどうしてVTuberをやっているのか不思議だったが謎が解けた感じがする。
「長所はデジタル絵が得意なことかな。短所はちょっと人見知りで緊張しいな所ですね」
あはは、と笑う景虎先生に穏やかな空気が流れだす。
その空気をレインさんが一断する。
「景虎さん? 『忘れっぽい』っていう短所を言い忘れておりますわよ?」
「なんでこの人さっきから怒っているの!?」
満面の笑みで景虎先生の脇腹を抓りながら補足するレインさんに終始タジタジな景虎先生だった。
「ささやきささえです。みどりさんと同じくVTuber声優を目指しています。私だけ代表作みたいなものはありませんがこれから全力で頑張っていきます!」
『かわわわ』
『みどりニキの彼女、清楚な感じで可愛いな』
『性格良さそう』
「配信ではR15+以上のASMR配信を主にやっておりますので、興味があったら来てみてね! 結構エッチだぞ~!」
『……清楚?』
『一瞬で第一印象をひっくり返すのやめてくれませんかねぇ?』
『初見さんよ、この子予想以上にえげつないテキストを平然と読み上げるからガチでビビるぞ』
『みどりニキとはどこまでいったの?』
「んとね。えへへ。みどりさんとは先日最後までいかせていただきました」
「そこまで暴露しなくてもいいよ!?」
「処女じゃなくなったけど応援してくれると嬉しいな」
「一旦黙って! ささえさん!!」
『この子のキャラ一気に理解したわw』
『おもろww 推そww』
『みどりニキやるやん』
『ヤった』
「ちなみにささえちゃんは今とっても怒っています」
「急になに!?」
「……恋人なのに一番遠い席に座られされていることは……まぁいいよ? みどりさんの隣に別の女の子が座っていることも……よくないけどまぁいいよ? でも——」
「…………」
そう。
翠斗の隣にはささえとは別の女の子が座っており——
その少女がずっと翠斗の腕に自分の腕を絡ませていることにささえはご立腹だった。
「ののののの ののの」
「はい?」
「ののののの ののの」
「「「????」」」
唯一初対面のこの女性、いや少女というべきか。
めちゃくちゃ小柄で子供みたいな容姿の女の子は翠斗の隣からべったりと離れずコアラみたいにずっと腕に引っ付いていた。
おまけに『の』しかしゃべらない少女に一同はただ困惑してしまっていた。
困り果てた様子に気づいた絵里奈が補足を入れてくれる。
「ああ。彼女は『ののののの ののの』さん。音楽家を目指しているVTuberだ。主に『演奏してみた』を配信で行っている。生まれてから『の』以外の言葉をしゃべったことのないというちょっと特殊なキャラ設定だが、仲良くしてやってくれ」
「ここにきてとんでもないキャラが出てきたな!?」
「ののっ!」
右手を差し出してくるのののさん。
「ああ、握手か。えと、よろしく、のののさん」
「「「よ、よろしくおねがいします」」」
「のの~♪」
嬉しそうな顔で再び翠斗の腕に絡みつくののの。
「あ、あの~、ののの……さん? それ、一応私の彼氏なんだ。だからその、抱き着くのは辞めてくれないかな~?」
「……ののっ」
怖がらせないように視線を合わせながら優しく諭すささえさんだったが、のののさんは翠斗から離れるどころか更に強く抱きしめて引き寄せた。
膨らみかけの柔らかな感触が伝わり、翠斗の顔は一瞬紅に染まる。
その一瞬の表情変化を見逃さなかったささえのコメカミに一筋が浮かぶ。
「伸びるぱーんち!!」
「うぐはっ!?」
不意にささえのパンチが伸びてきて翠斗の鼻をぐねりと押しつぶす。
「のの!?」
「のの!? じゃない! どうしてみどりさんから引っ付いて離れないの!?」
「どうもみどりくんのことを気に入ってしまったらしいな。彼女は人の持つ空気に人一倍敏感なんだ。きっと彼の持つ空気に安心感を憶えたのだろうな」
「のの~~♪」
「みどりさんの空気感に安心するのはすっごく同意できるけど、駄目なの~! これはささえのなの~!」
「ののっっ!? ののの~!」
のののとささえのぐるぐるパンチ喧嘩が始まった。
その様子を景虎が楽しそうに眺めていた。
「まあまあ。ささやきさんにのののさん。落ち着いて」
「景虎さんは何を落ち着いているのです? 落ち着く暇があるのでしたら大切なことを思い出す努力でもされたらいかがです?」
「まだ怒っていらっしゃる!? なんなの!? この人!」
ささえとののの。
レインと景虎。
各々がギスギスし始めてしまい、一人孤立している翠斗は一つ大きなため息を付いた。
だけど不思議と嫌な感じはしなかった。
心の中でこっそりと思う。
このメンバーとなら上手くやっていけそうな気がする。
格差もなく、確執もなく、各々が切磋琢磨し、互いを高め合う。
そんな理想的な関係をこのメンバーなら築けるような気がする。
春夏秋冬時代には決して得られなかったワクワク感が翠斗の心の中に広がっていた。
「みんな、これからも仲良く頑張っていこうな」
「だったら隣の女の子を何とかしてよ!」
「ののっ!」
「僕の隣の人も何とかしてくださいよ~!」
「……絶対に思いださせてあげますわ。覚悟してくださいね。ふふふふ」
……うん。きっと上手くやっていける……はず。
果てしない不安はあるけれど、きっとここから面白おかしいVTuber人生が始まると思う。
VTuber七色みどりとその仲間達の戦いは始まったばかりなのだ。
* * *
「……うお!? 壁に穴が空いてる!?」
家賃が安いからきっと何かあるだろうと思っていたけれど、まさかこんな事故物件だとは思わなかった。
あの不動産屋め。すぐにクレームを入れて——
「——は、初めまして。本日から配信活動を行っていくVTuberの『月宮リンネ』です。駆け出しですがVクリエイトに入ることを目標に頑張っていこうと思うので、皆様どうか応援よろしくお願いします!」
壁穴の向こうから声が聞こえる。
どうやら隣人が配信活動を行っているみたいだった。
「うぅ……コメントが一個もつかない……誰も私のことなんて見てくれないんだ……」
全国に配信者は何万といると聞く。
その中から自分を見つけてもらうことはきっと困難なのだろう。
「で、でも、頑張らなくちゃ! 誰も見ていないかもしれないけど……私、歌が得意なんです! だから歌います!!」
彼女が選んだのは流行りのバラード曲。
澄んだソプラノボイスが壁穴を通じて僕の耳によく届く。
僕はつい目を閉じて彼女の歌声に聞き入ってしまった。
「ど、どうでしたでしょうか? よ、よかったら、感想のコメントとかもらえると嬉しいです」
しかし、コメントは一つもつかない。
それは誰も彼女の配信を見ていないことを意味していた。
「うぅ……」
泣きそうな彼女。
こんなにも心に響く歌声を持っているのに誰も聞いていないなんて悲しすぎる。
だから僕は——
隣人『とってもお上手ですね! プロかと思いました! もっとあなたの素敵な歌声を聞かせてください!』
気が付けば僕はスマホを起動し、『月宮リンネ』さんの配信にコメントを残していた。
それを目にした瞬間、彼女の瞳に綺麗な粒が浮かぶ。
「は、初コメントありがとうございます! えと……隣人さん! と、とっても嬉しいです! 誰も聞いてくれてないと思って、わ、私……」
隣人『キャラも声も可愛いですね。チャンネル登録させてもらいました!』
「う、うわぁぁぁぁん! う、嬉しい! 嬉しいよぉぉぉぉ! わ、私、今日は貴方の為だけに歌います! どうか最後まで聞いていってください! ぜ、絶対退室しちゃダメですからね!」
初めてのリスナーを逃すまいと必死に引き留める様子が可愛くて、僕はつい噴出してしまった。
その音が耳に入ったのか彼女は不意にクルッと首だけ動かし、僕と目があった。
隣室に人が居ると思っていなかったらしく、彼女は口をあんぐりと開けていた。
それが僕とVTuber月宮リンネとの出会い。
そしておかしな共同生活の始まりでもあった。
【壁に穴の開いている部屋で隣人の美少女VTuberが今日も配信をしています】
——完——