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16.羅刹変化──羅刹天愚

「──ッ、道満……! "御大様の遺産"を手に入れるという目的は果たせました……! 今、"呪札門"を開きます──鬼ヶ島を離れましょうッッ!!」


 広場の中央に君臨した、青光する河沙毒郎の巨体を見上げた晴明は息を呑むと、道着の胸元に手を差し入れて呪札の束を取り出しながら、道満の背中に向けて叫んだ。


「おいおいッ、そいつは冗談だよなぁ晴明ッ──!? こちとら血反吐はくまで、あの骨にいたぶられたのだぞッッ──!! この芦屋道満の虎の尾を、奴は踏みつけたのだッッ──!!」


 晴明を横目で見ながら吼えるように告げた道満。鬼の一本角を額の中央から突き伸ばしながら、完全に頭に血が昇っているその恐ろしい顔つきを見た晴明はその気迫に押されて"呪札門"を開こうとしていた手を止めた。


「──なんてことはない、たかが骨の集合体じゃねぇか……そんなもん、叩き壊せばいいだけだろうがよッッ──!!」


 そびえ立つ河沙毒郎の巨体を睨みつけながら気合の声を発した道満は、上半裸の筋肉に力を込めて赤い波動を放出すると、うねるように全身にまとわせる。


「──短時間だ──短時間でケリをつけるッッ──!! ──ブッ壊してやるッッ──!!」


 道満は一息に力を込めて駆け出すと、右足、左足と踏みしめていく石畳を次々と破壊しながら河沙毒郎の巨体に迫っていく。

 "青い波紋"で染まった河沙毒郎の胸奥には青く輝く橋姫が鎮座し、青い涙を流し、青い目を極光させた状態で急接近する道満の姿を見下ろした。


「──来いよッッ!! 骸骨野郎ッッ──!!」


 河沙毒郎の足元まで迫った道満が声を発すると、河沙毒郎は大樹のような右脚を高く持ち上げて道満を踏み潰さんと勢いよく踏み降ろした。


「──……ゴァァァ、アアアア……──」


 河沙毒郎の巨大な頭蓋骨の口内からおぞましい声が発せられながら道満目掛けて右足が踏みつけられると、地震のような衝撃と振動が広場全体に走った。

 踏みつけられて破壊された石畳から盛大に砂煙が巻き上がると、その煙に紛れた道満が河沙毒郎の右足を踏み台にして大跳躍をし、砂煙の中を突き抜けて河沙毒郎の眼前に姿を現す。


「──陰陽剛術ッッ!! ──飛天戟脚(ひてんげっか)ァァアアッッ──!!」


 全身に赤い波動をまとわせた状態の道満が雄叫びを張り上げると、河沙毒郎の左側頭部目掛けて右脚で渾身の蹴りを撃ち放った。

 バキャッ──と嫌な音を立てながら河沙毒郎の左側頭部に大きな亀裂が走ると、道満の赤い波動が足先から迸り、河沙毒郎の頭蓋骨を包んでいた"青い波紋"を引き裂くように貫いた。

 そして次の瞬間、バゴォォオオン──という凄まじい破裂音と共に河沙毒郎の左側頭部に大穴が穿たれる。


「──ヤリィィイイイッッ──!!」


 その光景を見やった道満は、宙空で拳を突き上げて歓喜の雄叫びを張り上げた。

 左側頭部に大穴が開いた河沙毒郎は大きくよろめくと、漆黒の鬼ノ城に倒れ込むように激突した。


「──俺の勝ちだァアッッ──!!」


 鬼ノ城の尖塔に着地した道満が、鬼ノ城に寄り掛かる河沙毒郎の巨体を見ながら満足気に勝ち鬨の声を発すると、河沙毒郎の胸奥に浮かぶ橋姫が不気味な笑みを浮かべた。


「──カカ様──姉様方──どうぞ、思う存分、"お呪い"くださいませ──ふふふ──ふははッッ──あははははは──」


 橋姫はそう告げて笑いながら事切れたように絶命すると、河沙毒郎の首飾り──その四つの頭蓋骨の眼孔が青く極光し始め、穿たれた左側頭部の大穴の奥底から"青い呪紋"の糸の束がブワァァアアッッ──と激流のようにあふれ出た。


「──……まずい……──」


 その光景を目にした道満は声に漏らすと、鬼ノ城の尖塔を駆け下りて、素早く広場に着地した。

 そして道満はすかさず河沙毒郎を見上げると、"青い呪紋"の糸で編まれた"呪毒"の大波が道満目掛けて押し寄せてくるのを目撃した。


「くッ……!? 死んでから発動する類の"呪い"かッッ……!! 晴明ッッ──!! "呪札門"を開けッッ──!!」


 道満は晴明に向けて走りながら声を発すると、その後を追いかけるように迫りくる"呪毒"の大波を見て全てを察知した晴明は、右手に呪札の束を掲げながら道満に頷いて返した。

 しかし次の瞬間、晴明の背後から緑光する網が飛来すると、手にしていた呪札の束を絡め取るようにして奪い取られてしまった。


「……なッ──!?」


 驚愕しながら声を漏らした晴明が後ろを振り向くと、奪い取った呪札の束を手に持つ渦魔鬼と、〈人砕〉を肩に担いだ断魔鬼とが並んで立っていた。


「──おい、ナメクジ男。あんたもう終わりだよ──」


 断魔鬼が不敵な笑みを浮かべながら晴明に告げた。


「──カカ様の"呪毒"が発動した……あれは掛けた相手を必ず呪い殺すの、必ずね──」


 渦魔鬼もまた奪い取った呪札の束を見せつけるように広げながら晴明に告げるのであった。

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