「──……この程度の妨害で……刃刃鬼一家の時代が……幕を閉じるわけがないでしょうにッッ……──!!」
未だ轟々と燃え上がる広場の中央にて、崩折れる刃刃鬼の巨体に寄り添った橋姫が両眼を青光させながら憎々しげに叫んだ。
怨嗟に顔を歪めた橋姫の全身にはびっしりと"青い呪紋"が浮かび上がっており、周囲を取り囲む豪炎からその身を護っていた。
「──……刃刃鬼様、これより、トト様を招喚いたします……──」
橋姫は刃刃鬼の耳元に告げると、刃刃鬼はかすかに顔を動かしながら牙の伸びる口を開いた。
「……やめろ……橋姫──それをすれば、お前は……」
「──構いませぬ。私は、"橋の姫"──刃刃鬼様が天下をお取りになるための"架け橋"となれれば、それでよいのです──」
橋姫は穏やかな声音でそう告げると、寄り添っていた刃刃鬼の巨体から両手を離して立ち上がり、赤々と燃える豪炎の中にひとり屹立しながら自身の左胸にグッ──と右手を押し込んだ。
「──刃刃鬼様──地獄の底より、"鬼の天下"を見届けておりますゆえ──渦魔鬼と断魔鬼のこと、何卒よろしくお願いいたします──」
激しく脈動する己の心臓を右手で強く握り締め、刃刃鬼に背を向けたまま笑みを浮かべて告げた橋姫。
「……橋、姫……ッ──」
その背中に向けて刃刃鬼が声を発すると、橋姫は青く光り輝く心臓を自らの左胸からズッ──と抜き取って、顔の前に掲げた。
「──骨女──清姫──川姫──山姫──妖怪大王・大太郎坊──偉大なる妖怪一族を裏切りし、私へのその恨み──その憎しみ──その嫌悪──今こそ、"呪毒"と化して──具現化めされよ──」
呪詛を吐くように橋姫が高らかに詠うと、右手に握りしめた青い心臓がドクッドクッ──と強く脈動し始め、震えながら光り輝いていく。
渦魔鬼と断魔鬼に歩み寄っていた晴明と道満は、そこでようやく広場の中央、轟々と燃え上がる炎の奥から青光が放たれていることに気づいた。
「……晴明……なんだ、あの青い光は……」
「……わかりません……備えましょう……」
足を止めた道満と晴明が謎の青光を注視しながら言葉を交わすと、身を寄せ合う渦魔鬼と断魔鬼はその見覚えのある青光に目を見張りながら息を呑んだ。
「……カカ様、やる気だ……」
渦魔鬼が口にした次の瞬間、橋姫が両眼から青い極光を迸らせながら声高らかに叫んだ。
「──おいでくださいませッッ──!! ──トト様ッッ──!!」
天に向かって叫んだ橋姫が青い心臓をグシャッ──と握り潰した瞬間、蜘蛛の巣状の"青い波紋"がバババババッ──と上空に向かって伸びるように張り巡らされていく。
「……"呪札門"ッ……!?」
その光景を見上げた道満が唸るように声を発した。事実、上空に伸びた楕円状の"青い波紋"は、まさに"呪札門"として機能しており、その円の内側に獄山でうずくまる大太郎坊の巨大な白骨体を映し出していたのである。
「──まずい──」
晴明が呟いた次の瞬間、大太郎坊の右腕の白骨が宙空に浮かび上がると、広場に立つ二人の陰陽師目掛けて高速で人差し指の骨が射出された。
「……なンッッ……!?」
「──フッ……!!」
轟音を立てながら迫りくる木の幹のような太すぎる人差し指の骨を見て驚愕の声を発した道満。一方、事前に身構えていてた晴明は一息発すると、天高く跳躍した。
「ぬんッッ──!? ──ぐふゥゥウウウッッ──!!」
回避が出遅れた道満は、人差し指の骨を腹と広げた両腕でドンッ──と受け止めると、両目をひん剥きながら激しい嗚咽を漏らした。
しかし、"呪札門"から放出される大太郎坊の白骨はそれだけに留まらず、大太郎坊の巨体を構成する白骨が次々と宙空に浮かび上がり、道満目掛けて降り注いだ。
「ぐホッッ──!? がハァッッ──!! ぬぅンッ──!?」
両足を石畳に踏ん張らせた道満は、うめき声を発しながら、真正面から白骨の雨を受け止めていく。しかし、その質量にドンドンと押されていき、遂には広場の城壁まで追い詰められた。
「──ガァァッッ──!! この骨ッッ──いったいいつ、終わるんだッッ──!!」
容赦なく城壁に体を打ち付けられてなお、止まることなく発射される白骨が飛来してはぶつかっていき、道満は"八天鬼人"の身でありながら、あまりの衝撃に幾度も気を失いかけた。
「……"呪札門"から骨を撃ち出す──ですか……このような妖術は、初めて目にしました……妖術の世界というのも、中々に奥が深いようですね……」
広場を取り囲む黒い城壁の上に着地した晴明は、巨大な白骨の大群に滅多打ちにされ窮地に陥っている相方・道満の姿を見下ろして呟くと、太い骨を吐き出し続ける"呪札門"の向こう側を見た。
「まだ"骨の在庫"はありそうですし……道満……! 大丈夫ですか……! 耐えられそうですか……!?」
「──ぐ、ぐッッ──晴明、何をしているッッ──!! これは見世物ではないぞッッ──!! さっさと、あの忌々しい"呪札門"を破壊せいッッ──!!」
「……あ──! ……なるほど──」
頭上から発せられた晴明の呼びかけに道満が怒号で答えて返すと、"その考えはなかった"とばかりに晴明はポンと両手を叩いて声を漏らした。
「……確かに、あれを潰せば骨は止まります……道満もたまには、知恵が回るのですね……」
冷たい笑みを浮かべながら告げた晴明は、緑色の道着の懐から呪札の束をスッ──と取り出すと、右手に持ったそれに印を結んだ左手で呪力を注ぎ込んだ。
「──オンッ──マカラカッ──陰陽十術・爆札団轟(ばくさつだんご)──」
瞳に浮かぶ"鬼"の文字を緑光させながら詠唱した晴明。その呪言を聞き届けた呪札の束は淡い紫光を放つと、互いに融け合って握り拳大の"黒玉"へと姿を転じた。
「……あまり、体を動かすのは好きではありませんが……」
手にした"黒玉"を眺め見てそう呟いた晴明は、次いで道満に向かって白骨を放出し続ける"呪札門"を"鬼の目"で睨みつけた。
「……道満、今助けますからね──この借りは、大きいですよッッ──!!」
不敵な笑みを浮かべた晴明は言いながら、"黒玉"を握った両腕を大きく後ろに引き下げつつ、一歩前に左足を踏み出した瞬間、ビュンッ──と勢いよく右腕をしならせながら振り下ろした。
晴明の手によって城壁の上から投擲された"黒玉"は、壁面と白骨の間に押し潰されている道満の頭上を飛び越えると、上空に開かれた"呪札門"に向かって弧を描きながら飛んでいった。
「ッ……!? 姉やん、あれ見てッ──あれ、"爆弾"だッッ──!!」
"呪札門"に近づく謎の黒い物体に気づいて声を上げたのは断魔鬼であった。
「──"爆弾"って……──カカ様の邪魔をしようってわけ……許さない──!!」
"黒玉"を睨みつけて声を発した渦魔鬼は、断魔鬼に告げる。
「──断魔鬼、〈人砕〉を"爆弾"に向けて放り投げてッッ!!」
「えっ──待って姉やん……! 投げてもあんなちっちゃいのに当たりっこないよッッ──!!」
「私が"当てる"からッッ──!! 早くッッ──!!」
「──ッ!?」
断魔鬼は渦魔鬼の言葉に困惑しつつも、信頼する姉の言葉に従って石畳に突き刺さっている大ナタ〈人砕〉を両手で引っこ抜くと、その場で一回転して勢いをつけてから、頭上を飛ぶ"黒玉"目掛けてブォン──と〈人砕〉を放り投げた。
渦魔鬼は飛んでいく〈人砕〉を見上げながら両手で素早く印を結ぶと共に光網勝童子のマントラを詠唱した。
「──オン──ソバロギ──バッタ──バッタ──ソワカ──ハァァアアッッ!!」
そして、両手に緑光する妖力の網を練り出すと、掛け声を発しながら妖力の網を飛ばして〈人砕〉の分厚い刃にまとわせた。
緑光する網をまとった〈人砕〉は"黒玉"と同じ高さまで飛び上がると、渦魔鬼はパンと両手を叩き鳴らして叫んだ。
「──展開ッッ──!!」
その瞬間、刃がまとっていた緑光する網がガバァァッッ──と大きく広がって"黒玉"を捕食するように網の中に捕らえる。
「──収縮ッッ──!!」
次いで渦魔鬼は、重ねた両手をひねるようにしてギュッと握り込むと、網が一気に収縮すると同時に〈人砕〉の刃が振り下ろされて、"黒玉"を一刀両断にする。
次の瞬間、カッ──と激しく紫光した"黒玉"は大気を揺るがす大爆発を引き起こして、広場の上空で巨大な火球を作り出した。
「ッ……や、やった……!! 姉やん、やったッッ──やっぱ、あたいの姉やんは天才だッッ──!!」
「……ふぅ……」
火球の明かりに照らされた断魔鬼が歓喜の声を上げながら渦魔鬼に抱きつくと、渦魔鬼は成功したことに胸を撫で下ろしながら安堵のため息をついた。
そんな姉妹の姿を城壁の上から見下ろしながら震える声を漏らしたのは晴明であった。
「──冗談、ですよね……あの小娘……妖鬼でありながら、マントラを唱えた……神聖なるマントラを……」
マントラは人間にのみ詠唱が許された神仏の奇跡──そのような晴明の認識を渦魔鬼は才能によって大きく突き崩していた。
紫色の唇を歪めて悔しそうに歯噛みした晴明は、"黒玉"で破壊するはずだった"呪札門"を見やった。
嶽山の空洞内から射出される大太郎坊の白骨は止まる所か時間の経過と共に加速しており、うず高く積まれていく白骨の山の中から、いよいようめき声すら発さなくなった道満の命の危機を晴明は強く感じ取った。
「──私だけでは"大空華"を咲かせられません……今死なれては困るんですよ、道満──」
千年にわたって付き添った相方に対して、愛憎半ばな面持ちで告げた晴明は、黒い下駄で城壁を蹴り上げて跳躍し、両手で素早く印を結びながら白骨の山に向けて飛び降りていった。
「──オン──シュリマリ──ママリ──マリ──シュシュリ──ソワカ──」
晴明は両目を緑光させながら烏枢沙摩明王のマントラを唱えると、パンと力強く両手を叩き鳴らして、呪力に対して遥かに少ない法力を体内から振り絞って、第一級の法術を発動した。
マントラを聞き届けた白骨の山がズズズ──と一斉に広場の中央に向けて動くと、晴明は開かれた石畳の上に着地しながら、白骨の山に合掌した両手を向けて、ズズズ──と更に押し出していく。
「……最初から、これをやれ……」
壁面に体を埋め込まれて身動きの取れなくなっていた道満が晴明の背中を見やりながら吐き捨てるように言うと、晴明は横目で道満の顔を見ながら口を開いた。
「──私、呪術一筋なんで……法術は滅法苦手なんですよ、知ってるでしょ……それより早く、そこから出てくれませんかね──」
生命力とも密接な繋がりのある法力を急速に体内から消耗していった晴明は、額から汗を流しながら道満に告げると、道満は鼻で笑ったあとに両腕と両脚を壁面から力づくで抜き取って、石畳の上に体を倒れ込ませた。
そして両手をつきながら脚に力を込め、立ち上がろうとした道満は、ゴボッ──と音を立てながら石畳に向けて盛大に黒い血を吐き出した。
「──ぐッ──ぐぶッ……ごほッッ──!!」
「──ちょっと……! せっかく助けに来たのに、そのまま死ぬだなんて……そんな質の悪い冗談は、やめてくださいよね……!」
押し出している白骨の山で、"呪札門"から飛来する白骨を防いでいる晴明が、吐血した道満の苦悶の顔を横目で見やりながら告げると、道満は黒く汚れた口元を右腕でグイッ──と雑に拭ってから、ふらつく両脚で立ち上がった。
「──はぁ……はぁ……クソったれ……不意を突かれたとはいえ……この道摩法師が、骨なんぞに……殺されかけるとはな──」
道満は全身に走る激痛に顔を歪ませながらそう言うと、朱い"鬼"の文字が光る目に怒りの炎を宿した。
そして、深く息を吸ってから両手を叩き合わせてパンと鳴らすと、軍荼利明王のマントラを詠唱した。
「──オン──アミリテイ──ウン──ハッタ──」
役小角仕込みの法術が発動すると、道満の体の内外に作られた大小の怪我を瞬く間に治癒していった。
晴明とは反対に呪術が不得意で法術が得意な道満は、持ち前の法力の豊富さを活かして立て続けに大威徳明王のマントラを詠唱した。
「──オン──シュチリ──キャラロハ──ウン──ケン──ソワカ──」
これもまた役小角の得意とした法術であり、疲労を軽減させつつ筋力を増強させる、肉弾戦を主とした道満にとってはなくてはならない法術であった。
「……もういいですかね……そろそろ、法力が尽きそうなんですが」
「──ああ、いいぜ……しかし、助けに来てくれるとは思わなかったな。"呪札門"開いて一人で逃げ出すかと思ったぜ……」
道満は言いながら青ざめた顔の晴明の横を通り過ぎると、晴明が押さえつけている白骨の山の前に仁王立ちして石畳を両足でダンッ──と力強く踏みしめた。
「……そんなわけないでしょ、私たち……千年の付き合いじゃないですか……」
「──だよな……真に持つべきものは──……"千年の友"よォォオオッッ──!!」
上裸の肉体にモリモリと筋肉を膨らませた道満は、全身から赤い波動を放ちながら気合の声を張り上げると、眼前にそびえる白骨の山目掛けて渾身の正拳突きを撃ち放った。
赤い波動に包まれた道満の右拳は、今まで散々苦しめられた巨大な白骨の数々を猛烈な破壊力で粉砕しながら吹き飛ばすと、広場の中央、橋姫と刃刃鬼に向かって逆に飛来させた。
「──っっ──」
握り潰した青い心臓を掲げながら両目を青光させた橋姫が炎の壁を貫いて飛来する白骨を目にすると、上体を起こした刃刃鬼がはだかって橋姫の体を白骨から護った。
「──刃刃鬼様──」
「……思う存分に……やれ、橋姫……」
橋姫に向けて告げる刃刃鬼。橋姫は意を決したように頷くと、"呪札門"から嶽山の白骨巨体、その最後の一片──大太郎坊の頭蓋骨を射出した。
「──でっけぇ顔だなぁ、おい──!!」
道満は迫りくる巨大な頭蓋骨に向けて不敵な笑みを浮かべながら吼えると、石畳を素足で蹴りつけ、頭蓋骨に向けて猛然と駆け出すと、自ら迫っていった。
「──いったい何の骨だってんだよッッ!! ──こいつはよォオオッッ──!!」
雄叫びを発しながら跳躍した道満は、右脚に赤い波動を込めると大太郎坊の頭蓋骨目掛けて思いっきり蹴り上げた。
「──合體(がったい)──」
道満の足先が頭蓋骨に触れる寸前、橋姫が告げると、ブォン──と音を立てながら大太郎坊の頭蓋骨が上空に向かって青い軌道を描きながら飛翔する。
「ッ、なんだッ──!?」
渾身の蹴りを空振りした道満は石畳の上に着地すると、頭蓋骨以外にも、石畳の上に転がっていた白骨の数々が次々と宙空に浮かび上がっていく光景を目にして声を発した。
「……あれは」
晴明は、"呪札門"を作り出している蜘蛛の巣状の"青い波紋"──そこから青い糸のようなものが広場全体に伸びて、落ちている白骨に結びつけて、拾い上げていることに気づいた。
そして、宙空に浮かぶ頭蓋骨は楕円状の"青い波紋"の上まで引き寄せられるように移動すると、そこを頂点にして、まるで青い縫い糸で繋ぎ合わせられていくかのように白骨同士が次々と結合していく光景を見て息を呑んだ。
「──おいおいおい……なんか、おっぱじめやがったぞ──」
道満が後ずさりしながら晴明の前までやってくると、晴明はその背中に声を掛けた。
「道満……! 恐らくあれは、怨念傀儡(おんねんくぐつ)の一種です……! ですが、あれほど巨大な怨念傀儡は見たことがありません──!」
「怨念傀儡──怨念がこもった死体を操る呪術のことか……デカい骨を喚び出して何するかと思えば──」
晴明と道満は、次々と組み上がっていく巨大な白骨体を見上げながら驚愕しながら口にした。すると、巨体の中心に開かれている"呪札門"から四つの頭蓋骨が"青い波紋"をまといながら飛び出したのを二人は目撃した。
「──さぁ──トト様──私を受け入れてくださいまし──」
ほほ笑んだ橋姫が告げると"青い波紋"で包まれたその体が引き上げられるように上昇していき、開かれていた"呪札門"が閉じられていく。
そして、大太郎坊の白骨巨体の胸部まで上がった橋姫は、迎え入れるようにガバッ──と開かれた肋骨の間に吸い込まれると、橋姫の体がまとっていた"青い波紋"と白骨を拾い集めていた蜘蛛の巣状の"青い波紋"とが互いを絡め合い、繋がるようにしっかりと結びついた。
「──ああ──これが、トト様の中──ふふふ──」
橋姫はそう言って少女のような笑みをこぼすと、開かれていた肋骨がガタガタ──と閉じられて、橋姫は"肋骨の檻"の中に閉じ込められた。
「──カカ様──姉様方──今こそ、家族"一體(いったい)"とあいなりましょう──」
橋姫が白骨巨体の胸奥にてそう告げると、周囲を飛び回っていた骨女、清姫、川姫、山姫の頭蓋骨が鎖骨の辺りにまるで"首飾り"のように四つ並んで嵌め込まれ、ぽっかりと空いた眼孔と開かれた口奥から見る者を呪う青い輝きを禍々しく解き放った。
そして、家族が揃ったことに満足気な笑みを浮かべた橋姫は、青光する両目を細めながら告げた。
「──これにて、招喚妖術・河沙毒郎(がしゃどくろ)の完成、と致します──」
河沙毒郎──父・大太郎坊の巨大な白骨体と母と姉らの頭蓋骨で作り上げた呪われし青い怨念傀儡の名をそう呼ぶと、橋姫は満面の笑みを浮かべながら青い涙を流し始めるのであった。