「おお──！！　体の奥底からみなぎるこの活力……！！　これこそが御大様が作り出した"八天鬼人"の力……！！」

「御大様が私たちに飲ませようとしなかった理由がわかりますね……ふふっ、恐れたのでしょう──弟子が強力な力を持つことをね」

　"八天鬼人"と化した道満と晴明が己の体に迸る"鬼の力"に感嘆しながら声を上げていると、天海が怖ず怖ずと口を開いた。

「……それでは、続いて〈黄金の錫杖〉を取りに……？」

「うむ……どこにあり、誰が持っているかの目星はついておる」

　道満はそう言って返すと歩き出し、役小角の赤い部屋を出ていく。

　晴明と天海もその後を追って行くと、階段の前で待っていた忠勝を引き連れて鬼ノ城を出て、広場へと戻った。

「晴明、呪札門を頼む」

「ええ」

　道満に促された晴明が懐に手を差し入れようとした時、広場から城外へと通じる巨大な鬼門の下に立つ朱肌の大鬼と三人の女の姿を視界に捉えた。

「……誰ぞ……？」

　その姿を見やった天海が眉根を寄せながら声を漏らすと、朱肌の大鬼、荒羅刃刃鬼が広場全体を揺るがす地響きのような凄まじい咆哮を張り上げた。

「──こンのッッ──！！　──盗人めがァァアアアッッ──！！」

「ッ──！？　──陰陽呪術・黒札剣雨（こくさつけんう）ッッ──！！」

　刃刃鬼が唸り声を発しながら猛然と走り出すのと、晴明が懐から取り出した黒い呪札の束を宙空に放り投げ、陰陽術を詠唱するのは同時だった。

　宙空にバラまかれた黒い呪札の群れがねじまがりながら鋭い漆黒の刃に姿を転じると、晴明がパンッ──と両手を叩き鳴らして"鬼"の文字が浮かぶ黄色い両目を緑光させた。

「──オンッ、マカラカッ──！！」

　掛け声と共に漆黒の刃の群れが迫りくる刃刃鬼の巨体に雨のように降り注ぐと、刃刃鬼は頭を下げて体を丸めた。

「──グルラァァアアアッッ──！！」

　刃刃鬼が雄叫びを上げると、ジャキジャキジャキッ──と音を立てながら真紅の刃が両肩と首の後ろ、そして背中を覆う剣山のように無数に生え伸びた。

　その剣山に向けて、呪札の刃が次々とぶつかっていくが、刃と刃同士がぶつかり合って相殺されていく。

「……なるほど」

　止まらずに迫ってくる刃刃鬼の巨体を見ながら晴明は感心したように声を上げると、膝をかがめた後、一息に天高く大跳躍した。

「──お、お、鬼だッッ……！！　鬼ヶ島にはまだ鬼がいたではないかッッ……！！　話が違うぞ、道満殿ッッ……！！」

　刃刃鬼を指さした天海が絶叫しながら隣の道満に向けて言うと、道満は苦笑しながら口を開いた。

「ふっ──天海殿、下がっていてくだされ……我ら陰陽師が今まで何百の鬼を封じてきたことか──ぬンッッ──！！」

　道満は羽織っていた陰陽道の赤い道着をはだけて鍛え上げられた上半身を露わにすると、気合いを込めて、ただでさえ筋骨の発達している体を更に肥大化させた。

「"力の道満"、"技の晴明"──御大様は我らのことをそうお呼びくださった──なぜ、そう呼んだのか。今より御照覧にいれましょうぞ……！！」

　"絶羅の八天鬼薬"を服用したことによって、刃刃鬼のように肌が朱く染まっている道満は持ち上げた右足をドスン──と落とすと広場の石畳に亀裂を走らせた。

「──陰陽剛術・力天嵐武（りきてんらんぶ）ゥゥウッッ──！！」

　道満は全身から赤い波動を唸らせて飛ばすと、一息に跳躍して宙空を舞う晴明の下を駆け抜けた。

「──グアァオオォォオッッ──！！」

「……ヌゥッ──！？」

　猛獣の咆哮を耳にした刃刃鬼が咄嗟に頭を上げて前方を見やると、赤虎の形をした波動をまとった道満と目を合わせて思わず唸り声を漏らす。

「──陰陽剛術・虎天絶呀（こてんぜつが）ァァアアッッ──！！」

「──グルルルラァァアアアッッ──！！」

　道満から放たれた両拳に赤虎の牙が重なり合うと、刃刃鬼もまた両拳を鬼の咆哮と共に撃ち放って両者の両拳が広場の中央で壮絶に激突した。

　圧倒的質量同士のぶつかり合いに伴う、猛烈な爆発音──それと同時に広場の中央に巨大なくぼみが生じると、その衝撃波が広場全体を荒れ狂うように広がった。

「ひぃぃッッ──！！」

　その光景を目にして悲鳴を発した天海は、本多忠勝の背後に回り込むと衝撃波の盾として使った。

　緑色をした陰陽道の道着を風にはためかせながら、いまだ軽やかに上空を飛んでいる晴明が眼下で広がる衝撃波の一端をその身に受けると、笑みをこぼしながら口を開いた。

「──ふふっ、道満……さっそく"鬼の力"を使いこなしているのですか、さすがですね」

　そして衝撃波が消え、広場に舞っていた砂埃が収まると、道満と刃刃鬼が抉り取られたように大きく陥没した広場の中央で互いの両拳を重ね合わせたまま停止していた。

「ッ……トト様っ……！？」

　広場を静寂が包み込む中、鬼門の下で断魔鬼が刃刃鬼を見ながら心配そうな表情で声を漏らすと、道満はニヤリと不敵な笑みを浮かべて両拳を刃刃鬼から離した。

　次の瞬間、刃刃鬼は口から黒い血をゴバァッ──と吐き出し、黄色い両目をグルンと上に向けて両拳を突き出したままの体制で横向きに倒れ込んだ。

「トト様ぁぁああッッ──！！」

「刃刃鬼様ぁぁああッッ──！！」

　その光景を見た断魔鬼と橋姫が目を見開きながら絶叫すると、広場の中央へ駆け出した。

「──近づいちゃ駄目ッッ！！　断魔鬼ッッ──！！　カカ様ッッ──！！」

　それに向けて叫んだのは渦魔鬼だった。渦魔鬼は上空で滞空している晴明が何やら両手で印を結びながら怪しい動きをしていることに気づいていたのだった。

「……ほう、聡い者もいるようですね──ですが、遅い」

　冷たい笑みを浮かべた晴明は言うと印を結んだ両手を顔の前に掲げ、地面に倒れ込む刃刃鬼とそれに駆け寄る断魔鬼、橋姫に向けて、叫ぶように詠唱した。

「──陰陽呪術・黒札滅砲（こくさつめっぽう）ッッ──！！　──オンッッ！！　マカラカァッッ──！！」

　晴明の緑色の"鬼"の文字が浮かんだ黄色い目が緑色に極光すると、刃刃鬼の体に弾かれて辺りに散らばっていた呪札の群れが激しい緑光を放って次々と爆発を引き起こした。

「──トト様ッッ──！！」

「──刃刃鬼様ァッ──！！」

　倒れたまま動かない刃刃鬼の巨体に叫びながら抱きついた断魔鬼と橋姫の二人は、次々と炸裂しながら爆発していく呪札の爆炎の中にその姿を消していった。

「かはは。鬼風情が……我ら陰陽師に勝てると思うたのが間違いよ」

　道満はその光景を見ながら吐き捨てるように言うと、その隣にスチャッ──と晴明が着地した。

「私たちも鬼ですよ、道満」

「かはは、そうであったな──"滅羅の力"はどうだ、晴明？」

「中々にいいですよ。あなたも、既に"絶羅の力"使いこなしているようですね」

　晴明が道満の朱い筋肉が張った体を見ながら言うと、道満は力こぶを作りながら口を開いた。

「使わなければ力負けしていた──あの赤鬼、相当な強さだったぞ」

「あいつらが何者かわかりますか、道満……？」

　炎上する広場の中央を見やった晴明が道着に付いた砂埃を手で払いながら道満に尋ねた。

「いや、わからん……ただ、この強さからして、"八天鬼"の中の一匹──おそらくは、その"息子"であろう」

「だとしたら驚きです。まさか、巌鬼以外にも鬼退治の生き残りがいたとは……では、他の女たちは、その妻と娘たち、と云ったところでしょうか……」

「だろうな──」

　道満は燃え上がる広場の中央を見ながら告げると、後ろを振り返った。

　そこには、傀儡となった本多忠勝といまだその背後に身を隠す天海、そしてそびえ立つ鬼ノ城の姿があった。

「……まったく……一家総出で鬼ヶ島に里帰りってわけか……かはは、一足早くやってきて正解だったな。でなければ、今頃こいつらに"八天鬼薬"を──」

「──ウルラァァァアアッッ──！！」

　道満の耳に届いた女の叫び声、道満が咄嗟に振り返ると、全身を"青い呪紋"に護られた橙色の肌をした妖鬼の娘が大ナタを振るって豪炎の中から迫りくる様を目撃した。

「──しぶといですね……！！」

「──晴明、手を出すなッッ──！！　こいつは俺がやるッッ──！！」

　隣に立つ晴明が声を上げると、道満は宣言するようにそう告げて、開いた両足に力を込めて踏ん張り、両手に気力を込めて赤い波動をまとわせた。

「──陰陽剛術・地天絶掌（ちてんぜっしょう）ッッ──！！」

　己の肉体を強化する陰陽術を用いた道満は、振り下ろされた大ナタ〈人砕〉の一撃を赤く輝く両手で掴み取って受け止めた。

　全身の重みすら使って〈人砕〉に乗り掛かった断魔鬼は、その分厚い刃を受け止める道満を黄色い鬼の目で睨みつけながら叫んだ。

「──飲みやがったなッ……！！　あたいらが飲むはずだった"八天鬼薬"ッッ……！！　よくも飲みやがったなッッ──！！」

「──かははッッ！！　やはりか……！！　貴様らの目的も"御大様の遺産"ッッ……！！」

　道満は朱い"鬼"の文字が浮かんだ黄色い目を見開きながら愉快そうに笑って言うと、断魔鬼は悔しそうに歯噛みしながらわめいた。

「──返せッッ……！！　あたいらの"八天鬼薬"ッッ──返せよォッッ──！！」

「──かはは、"鬼の世界"にはこのような言葉はないのかな──？　"早いもの勝ち"という言葉はッッ──！！」

　道満は雄叫びを張り上げると、両手に力を込めて、断魔鬼の体ごと〈人砕〉を放り投げて飛ばした。

　断魔鬼の体は宙空を舞うと、広場の石畳に激しく叩きつけられる。

「うがッ──！！　グッ……！　──ッ……！？」

　うめいた断魔鬼は、続けて上空から〈人砕〉が落下してくるの見るや否や横に転がってかわした。

　かわした断魔鬼の顔の真横にの石畳に〈人砕〉の刃がザンッ──と突き刺さると、それを見た道満は舌打ちをした。

「──断魔鬼……！！」

　地に伏した断魔鬼の名を呼びながら姉の渦魔鬼が駆け寄ってくると、その上体を抱き起こす。

「ダメだ、姉やん……あたい、あいつに勝てない……"八天鬼の力"、あたいと姉やんが手に入れるはずだったのに……！」

　断魔鬼は渦魔鬼の腕の中で悔しそうに言うと、その光景を見ていた晴明と道満が顔を見合わせながら言葉を交わした。

「……どうします、道満──？」

「殺すべきだろ、どう考えても」

「──同意します」

　二人の陰陽師は短い会話で結論を出すと、妖鬼の姉妹に向けて一歩一歩と近づいていった。

「──来るなッッ──！！」

　近づいてくる陰陽師に向けて叫んだ渦魔鬼が左手を突き出し、妖力で作られた緑光する突風を道満と晴明に向けて撃ち放つと、冷たい笑みを浮かべた晴明がパン──と軽く両手を鳴り合わせて、難なく突風を霧散させた。

「うーん、確かに──私たちが"八天鬼人"でなければ、あなた方は互角の戦いが出来たのかもしれませんね……しかし、私たちは"八天鬼人"──既に、勝負はついているということです」

「かはは──如何にも」

　晴明の言葉に道満が笑って返すと、渦魔鬼は右手に抱えた断魔鬼の体を引きずるように後ろに下げた。

「──運命のいたずら。神の思し召し。私たちの方が一足早く鬼ヶ島を訪れた──恨むなら、"鬼の子"として生まれて来たことを恨むのですね──」

「──次は"人の子"として生まれて来れるといいな」

　広場の片隅で抱き合いながら怯える妖鬼の姉妹に向けて、それぞれ緑と朱の"鬼"の文字を両眼に光り輝かせた二人の陰陽師が嗜虐的な笑みを浮かべながら迫っていくのであった。