「ムネリン、やるじゃん。白いケモノみたいに優しくなったね」
彼女は、そう言って、ニコリと微笑んだ
その笑顔が、あまりにまぶしくて、リッちゃんの表情をチラリと見たぼくは、また、顔を伏せてしまう。
この日は、初日ということで、ケンタくんとエリちゃんが、白いケモノと黒いケモノを演じる前半のパートだけで、練習は終了となった。
劇の練習が終わったあとは、お遊戯室で自由に遊ぶ時間になったので、ぼくは、リッちゃんに、さっきのことを聞いてみた。
「ねぇ、リッちゃん! さっき、僕が白いケモノみたいになったって言ってたけど、どういうこと?」
「どういうこと? って、そのままの意味だけど? ムネリン、優しいな、って思っただけ。昨日は、ケンタたちにロッカーに閉じ込められたのに……」
「それは、そうだけど……ぼくも、白いケモノの役になったし、同じ役の子が悲しそうにしてるのは、かわいそうだなって思ったから……」
ぼくが、そう返答すると、リッちゃんは、興味深そうに「ふ〜ん」と、つぶやいて、こんなことをたずねてきた。
「ムネリンは、発表会の劇で、どうして、白いケモノの役をやろうと思ったの?」
いや、それは、リッちゃんがぼくのことを先生に薦めたからじゃないか……と、言おうとしたけど、自分の心の中にも、たしかに、白いケモノを演じたい、という気持ちがあったことを思い出して、こう答えた。
「ぼくは、白いケモノみたいに、他の人の気持ちを考えて、みんなと仲良くなれたらいいな、って思ったんだ。だから、この役をしてみたいって思った」
ぼくの答えに、穏やかな表情を見せたリッちゃんは、「そっか……ムネリンらしいね」と言ったあと、「私もね、黒いケモノの役をしてみたいって思った理由があるんだ」と打ち明けた。
そして、
「ムネリンは、理由を聞きたい?」
と言って、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
その表情につられるように、
「う、うん! リッちゃんが黒いケモノの役をしたいと思った理由を聞きたい!」
と、力強く答えると、彼女は、「そっか……」と、小さくうなずいたあと、「誰にも言わないでね?」と付け加えた。
ぼくが、「わかった」と、大きくうなずくと、リッちゃんは、手にしていていた積み木のオモチャに目を落としながら答える。
「私もね、ムネリンと同じ。『泣き虫なケモノのおはなし』の黒いケモノみたいに、誰かの役に立ちたいなって思ったの。自分がツラくても、そうすれば、誰かが笑顔になってくれるかな、って思ったから……」
珍しく、はにかむような表情で語る彼女の言葉に、
「そうなんだ! リッちゃんは、スゴイね!」
と、感心しながらも、そのときのぼくは、なぜ、彼女が自己犠牲をも厭わない、そんな感情を抱いているのか、理解しようとすることすらなかった。
そして、リッちゃんは、
「別に、スゴくないけどね……私のせいでケンカばかりしてる人たちも居るし……」
と、寂しそうにつぶやいたあと、
「そうだ! ムネリンが、みんなと仲良くなりたいなら、私が協力してあげる!」
と言って、急になにかを思いついたように、表情を一変させた。
「どうしたの、リッちゃん?」
彼女の表情の変化を不思議に思ってたずねると、リッちゃんは、ニコリと笑ってこう答えた。
「明日から、劇の練習がうまくいかないときがあったら、ムネリンは、今日みたいに、『みんな、がんばってるんだから』って言って、助けてあげて?」
「うん、それくらいなら……」
「それに他の子が、酷いことを言ったら、『そんなこと言っちゃダメだよ?』って注意してね」
「わかった! がんばってみる!」
ぼくが、そう答えると、彼女はおだやかにうなずいて、
「がんばってね、優しいケモノさん」
と、付け加えた。
そして、翌日も、発表会の劇の練習は続く――――――。
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白いケモノが悲しみに暮れていた頃、一人のお客がやってきました。
お客と言っても、人間ではありません。
白いケモノの友だちの黒くて毛むくじゃらのケモノでした。
「ど、どうしたの? ず、ずいぶんと暴れて……シ、シロ……君らしく……ないじゃない?」
白いケモノは、荒れ放題の自分の庭を恥ずかしく思ったものの、どうして、自分が腹を立てたのかを黒いケモノに話しました。
「な、な、なんだい? それならば、僕にいい考えがあるぞ」
「い、い、いい考えって、なんだいクロ君」
白いケモノがたずねると、黒いケモノはこう答えました。
「ぼ、僕が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ――――――」
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黒いケモノを演じるエリちゃんは、そこまでセリフを言ったあと、舞台の中央で固まってしまった。
セリフがまったく出てこないのだろう、ということは、幼いぼくたちにも、すぐに伝わる。
中浜先生は、前の日と同じく、ため息をついて、口を開こうとしたんだけど、その瞬間、声を上げる園児がいた。
「他の人に注意するなら、自分もちゃんとしてくださ〜い!」
その声の主が誰なのか、振り返るまでもなく、ぼくにはわかっていた。