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第4章~オレの幼なじみがこんなに素直なわけがない~第5話

「ムネリン、やるじゃん。白いケモノみたいに優しくなったね」


 彼女は、そう言って、ニコリと微笑んだ

 その笑顔が、あまりにまぶしくて、リッちゃんの表情をチラリと見たぼくは、また、顔を伏せてしまう。


 この日は、初日ということで、ケンタくんとエリちゃんが、白いケモノと黒いケモノを演じる前半のパートだけで、練習は終了となった。


 劇の練習が終わったあとは、お遊戯室で自由に遊ぶ時間になったので、ぼくは、リッちゃんに、さっきのことを聞いてみた。


「ねぇ、リッちゃん! さっき、僕が白いケモノみたいになったって言ってたけど、どういうこと?」


「どういうこと? って、そのままの意味だけど? ムネリン、優しいな、って思っただけ。昨日は、ケンタたちにロッカーに閉じ込められたのに……」


「それは、そうだけど……ぼくも、白いケモノの役になったし、同じ役の子が悲しそうにしてるのは、かわいそうだなって思ったから……」


 ぼくが、そう返答すると、リッちゃんは、興味深そうに「ふ〜ん」と、つぶやいて、こんなことをたずねてきた。


「ムネリンは、発表会の劇で、どうして、白いケモノの役をやろうと思ったの?」


 いや、それは、リッちゃんがぼくのことを先生に薦めたからじゃないか……と、言おうとしたけど、自分の心の中にも、たしかに、白いケモノを演じたい、という気持ちがあったことを思い出して、こう答えた。


「ぼくは、白いケモノみたいに、他の人の気持ちを考えて、みんなと仲良くなれたらいいな、って思ったんだ。だから、この役をしてみたいって思った」


 ぼくの答えに、穏やかな表情を見せたリッちゃんは、「そっか……ムネリンらしいね」と言ったあと、「私もね、黒いケモノの役をしてみたいって思った理由があるんだ」と打ち明けた。


 そして、


「ムネリンは、理由を聞きたい?」


と言って、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 その表情につられるように、


「う、うん! リッちゃんが黒いケモノの役をしたいと思った理由を聞きたい!」


と、力強く答えると、彼女は、「そっか……」と、小さくうなずいたあと、「誰にも言わないでね?」と付け加えた。


 ぼくが、「わかった」と、大きくうなずくと、リッちゃんは、手にしていていた積み木のオモチャに目を落としながら答える。


「私もね、ムネリンと同じ。『泣き虫なケモノのおはなし』の黒いケモノみたいに、誰かの役に立ちたいなって思ったの。自分がツラくても、そうすれば、誰かが笑顔になってくれるかな、って思ったから……」


 珍しく、はにかむような表情で語る彼女の言葉に、


「そうなんだ! リッちゃんは、スゴイね!」


と、感心しながらも、そのときのぼくは、なぜ、彼女が自己犠牲をも厭わない、そんな感情を抱いているのか、理解しようとすることすらなかった。


 そして、リッちゃんは、


「別に、スゴくないけどね……私のせいでケンカばかりしてる人たちも居るし……」


と、寂しそうにつぶやいたあと、


「そうだ! ムネリンが、みんなと仲良くなりたいなら、私が協力してあげる!」


と言って、急になにかを思いついたように、表情を一変させた。


「どうしたの、リッちゃん?」


 彼女の表情の変化を不思議に思ってたずねると、リッちゃんは、ニコリと笑ってこう答えた。


「明日から、劇の練習がうまくいかないときがあったら、ムネリンは、今日みたいに、『みんな、がんばってるんだから』って言って、助けてあげて?」


「うん、それくらいなら……」


「それに他の子が、酷いことを言ったら、『そんなこと言っちゃダメだよ?』って注意してね」


「わかった! がんばってみる!」


 ぼくが、そう答えると、彼女はおだやかにうなずいて、


「がんばってね、優しいケモノさん」


と、付け加えた。


 そして、翌日も、発表会の劇の練習は続く――――――。


 ・


 ・


 ・


 白いケモノが悲しみに暮れていた頃、一人のお客がやってきました。

 お客と言っても、人間ではありません。


 白いケモノの友だちの黒くて毛むくじゃらのケモノでした。


「ど、どうしたの? ず、ずいぶんと暴れて……シ、シロ……君らしく……ないじゃない?」


 白いケモノは、荒れ放題の自分の庭を恥ずかしく思ったものの、どうして、自分が腹を立てたのかを黒いケモノに話しました。


「な、な、なんだい? それならば、僕にいい考えがあるぞ」


「い、い、いい考えって、なんだいクロ君」


 白いケモノがたずねると、黒いケモノはこう答えました。


「ぼ、僕が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ――――――」


 ・


 ・


 ・


 黒いケモノを演じるエリちゃんは、そこまでセリフを言ったあと、舞台の中央で固まってしまった。

 セリフがまったく出てこないのだろう、ということは、幼いぼくたちにも、すぐに伝わる。


 中浜先生は、前の日と同じく、ため息をついて、口を開こうとしたんだけど、その瞬間、声を上げる園児がいた。


「他の人に注意するなら、自分もちゃんとしてくださ〜い!」


 その声の主が誰なのか、振り返るまでもなく、ぼくにはわかっていた。

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