「それじゃ、部活があるから、オレはもう行くわ!」
と言って、久々知大成は、教室を去って行った。
あとには、オレとリッカだけが残っている。
すると、クラス委員との交際を
「一週間ぶりかな? また、二人きりになっちゃったね」
と言って、ニコリと微笑んで言葉を続けた。
「色んなことがあったけど……なにか、言いたいことは無い、立花クン? それとも、こう呼んだ方が良いのかな、ムネリン?」
リッカ……いや、リッちゃんは、フフフ……と笑みを浮かべているが、前日に彼女のことをようやく思い出したオレは、すぐに言葉を発することができないでいた。
そもそも、目の前の相手のことをどう呼ぼうか、と迷っていると、彼女は澄ました表情で、
「まるで、『こういう時どんな顔すればいいのかわからないの』って、表情をしているわね?」
と、告げてくる。
その一言で、ハッとして自分のほおの辺りに触れたあと、さらに、表情を固くしてしまったオレのようすを見ながら軽くため息をついた彼女は、
「なにも言えないなら、こっちから話しをさせてもらうけど……カラオケの時から、ホント、余計なところで出しゃばってきて……私の計画をどこまで邪魔すれば気が済むの?」
と、肩をすくめて問いかけてくる。
「えっ? カラオケの時からって、どういうことだよ?」
疑問に感じたことをオウム返しに問い返すと、リッカは表情を変えないままで応じる。
「あのとき、カラオケボックスに行って、大成クンと葉月の三人で話し合おうと思ってたんだよね。 葉月に、『このままでイイの?』って確認して、あのコの意志を確認しようと考えてたのに……いきなり、アニソンばかり歌い出す空気の読めない男子がいて、計画が台無し……」
ハリウッド映画の俳優のように大げさに手を広げて肩をすくめるクラスメートに、オレは反論する。
「いや、だってアレは急に上坂部がオレを誘ってきたからで……」
「クラスのモブキャラやってるなら、適当な言い訳を用意して断れば良かったじゃない? それとも、クラスの中心人物の前で、アニソンを披露する自己顕示欲が芽生えたとかなの? 学園祭のバンド活動で美声を披露するっていう、ぼっちの妄想じゃないんだから……」
目の前の女子は、シレッと酷いことを言うが、この口の悪さは、小さい頃からあまり変わっていないようだ。
オレが、反論できずに、苦虫を噛み潰したような表情でいると、リッカは、こちらをチラリと見たあとに、視線を外して、
「まあ、それは、あなたに声をかけた葉月の行動を止められなかった私たちも悪かったかも知れないけど……」
と、少しばかりのフォローをしてくれたと思ったのだが……。
彼女は、続けてオレの目を見据えたかと思うと、冷静な口調で淡々と問い詰めてくる。
「でも、その後の行動はナニ? 勝手に、四葉ちゃんに相談を始めるわ、葉月に余計な入れ知恵をするわ……そのせいで、葉月はクラスの子たちから変な勘ぐりまでされ始めるし……こっちの計画をとことん邪魔して、立花クン、私に恨みでもあるの?」
その落ち着き払いながら、要所を外さない言葉は、オレの心に対する痛恨の一撃となった。
カラオケの一件については、巻き込まれたもらい事故だと主張もできるが、その後の自分の行動を振り返ったると、ぐうの音も出ない彼女の指摘に、オレは、ただただ、うなだれるしかない。
「その点については、弁解の余地は無いと思ってる……申し訳ない……」
心の底から自分の行動のうかつさを反省し、肩を落とすと、リッカは、さらに追い打ちをかけてきた。
「それに、昨日のあの杜撰な計画……一歩間違えば、葉月が傷ついたり、大成クンが、大変なことになるかも知れなかったんだよ? もし、そうなっていたら、立花クン、あなたはどう責任を取るつもりだったの?」
彼女の一言に、オレは、今度こそ言葉を失ったオレは、意気消沈し、
「考えが浅はかだった……面目ない……」
と、答えを返すのが精一杯だった。
ただ、そんなオレの姿になにか感じるところがあったのか、クラスメートは、ふたたび、小さくため息をついてから語りかけてきた。
「最初の計画どおりなら、大成クンに殴り掛かられるのは、あなた自身だったんでしょう? 自分を犠牲にしようなんて考えなくてイイから……そういうことは、慣れている人間に任せておけばいいのよ」
リッカは、キッパリとした口調で、そんなことを言う。
だけど――――――。
その一言だけには、どうしても、反論しておきたかった。
「いや、それは、違うだろ!? 限られた人間だけが痛みを背負うなんて間違ってる!」
その言葉は、幼いあの日に、自分が悪者になることで、オレとクラスの園児たちとの仲を取り持とうとしてくれた少女に対する言葉でもあった。
「自分だけで背負おうとしないでくれよ! オレにも
それは、幼いあの日に、
(強くなって、いつか、リッちゃんみたいに、誰かを笑顔に出来るようになるから!)
と、約束を交わした自分自身を奮い立たせる言葉でもあった。
オレの言葉は、彼女にどんな風に届いたのだろう―――――?
心の奥底にあった気持ちを吐露すると、目の前のクラスメートが、大きく目を見開き、そのあと、穏やかな表情で、少しだけ口角を崩すのがわかった。