王冠をかぶった男の肖像が並ぶ部屋。
おそらくは歴代の国王たちなんだろう。
そんな肖像画を見上げる、六十代の白髭をたくわえた小柄な男が一人。
どこかで見た顔。
そうだ。
最初に源五郎丸と戦ったとき、部屋にいた男。
今はかぶっていないが、あの時は王冠をかぶっていた。
つまりこの国の、現国王だ。
「父さん……。やはり私が間違っていたよ。安易に異世界の人間に頼るべきではなかった」
誰もいない部屋の中で、国王は懺悔の言葉をつぶやく。
「このままではあの男に食いつぶされる。この国の民もろとも……」
今は魔王が消え去り、人々は浮かれている。
脅威が去ったおかげで、経済が動き、活発化した状態だ。
だけどそれは一時的なものだろう。
いつかは好景気も終わる。
そうなったとき、源五郎丸は自粛するだろうか?
いや、するわけがない。
国王を脅し、国民から搾り取るだろう。
それを国王はわかっている。
オレなんかよりもずっと。
「そんなお困りなあなたに、正義の使者が助けにきましたよん」
「だ、誰だ!」
「言ったろ? 正義の使者だって」
「……なんだ。勇者殿に歯向かった、愚か者か」
「あらら。覚えてたか」
この国で絶対的な力と権力を持っている人間に挑んだ、愚か者。
忘れろという方が無理か。
「私に何の用だ? というより、こんなところにいていいのか?」
「愚か者を心配してくれるんだ? 優しいねぇ」
「嫌いじゃないのさ。愚かで無謀な人間は」
「オレも好きだぜ。お人よしの馬鹿なおっさんは」
ふっ、と笑みを浮かべる国王。
それには侮蔑や呆れの色はなく、純粋に面白いと思っているような笑みだった。
「改めて聞くが、なんの用だ?」
「あんたとビジネスをしようかと思ってね」
「逃走資金か。いいだろう。貸してやる。返済は出世払いでいい」
「はは。ありがたい話だが、欲しいのか金じゃない」
「では何が望みだ?」
「情報」
一瞬にして国王の表情が曇る。
警戒心が一気に最大レベルになったようだ。
「オレは源五郎丸を捕まえたい」
「……」
「で、あんたは源五郎丸が邪魔だ。利害が一致している。取引相手としては悪くないと思うぜ?」
「私は既に見知らぬ人間に騙されている。また騙されろというのか?」
「今のあんたの負け分は致命的なレベルだ。今更負け分が少し増えた程度で大した問題じゃない」
「ふっ。わははははははは」
国王が豪快に笑う。
心底楽しそうに。
この国王は街の人からも好かれている。
それはきっと、裏表がない人柄に惹かれてなんだろう。
だが、今回はその性格が裏目に出た。
真っすぐな性格を源五郎丸に付け込まれた。
「いいだろう。何が知りたい?」
「あんたの娘。……今、どこにいる?」
「……ん? 娘と話がしたいのか? 二階にいるはずだ。呼んでくるか?」
あれえええええええ!?
オレたちの仮説が間違っていた?
嘘だろ?
てっきりオレは、国王が「な、なぜ娘が捕まっていることを知っている!?」と返すと思ってたのに。
うわっ!
すげー格好わりぃ。
なんか身の程知らずのナンパ野郎みたいになっちまった。
あー、もう格好つけるのはやめよう。
「えっと、確認したいんだけど、あんたの娘、魔王に攫われたとかされたことない?」
「それはない。魔王が倒されるまで、ほとんど城からも出てないはずだ」
これ、もう魔王と姫が恋に落ちたとかいう線はないな。
というか、そもそも会ったこともなさそうな口ぶりだ。
「ちなみになんだが、孫はいる? 女の子の?」
「娘はまだ結婚していないんだ。外に出さなかったのが災いしたのかもしれん。……あ、そうだ。娘を貰ってくれないか?」
「……見知らぬ人間に大切な娘を雑に差し出すなよ」
完全に違うやつじゃん。
人間と魔王の禁断の恋とか、そんなんじゃないな、こりゃ。
「あんたは、源五郎丸が魔王を使役していることは知ってるのか?」
「もちろんだ。勇者殿自身が自慢げに話していたからな」
「……」
なんでデメリットしかないのに教えるかなぁ。
承認欲求強すぎだろ。
地球だったら、SNSで炎上するタイプだな。
「あいつが魔王から人質をとっていることは?」
「いや、それはないな」
さすがにそこまでは話さないか。
……あれ?
もしかして人質をとっているところから間違いだったりする?
「魔王の人質になりそうなのって、何か思い当たらないか?」
「魔王の人質……。ううむ」
髭をこすりながら考える国王。
わかるわけないよな。
あー、くそ。
これで振り出しだ。
けど、仮説が間違いだったってわかっただけでもマシか?
「娘……じゃないか?」
国王が絞り出すように言った。
「娘? もしいるなら十分人質になりそうだし、辻褄は合うな。けど、本当にいるのか?」
「それは間違いない。一時期、国中で、そのゴシップで盛り上がったからな」
この世界でもやっぱり人間って奴はゴシップが好きらしい。
「あ、でも待ってくれ。魔物側は人質の件を知らなかったんだ。魔王の娘がいなくなってるなら、人質に取られていると予想ができると思う」
「どうやって魔物から話を聞いたのかは置いておくとして、それは説明できる」
「どういうことだ?」
「魔王の娘は不倫してできた子だ」
うわー。
この世界の人間よりもドロドロしてるー。
するんだ?
魔物でも不倫って。
「だから仮に知っていたとしても、あえて話さなかったとも考えられる」
「……うまくいけば、不倫の子も消せるかもしれないからか」
「そうだ」
やだ、最低。
人でなし。
……魔物だから人間じゃないんだけども。
まあ、確かに娘という線は十分可能性がある――か?
「……ん? いや、ちょっと待った。それはないな」
「なぜだ?」
「源五郎丸は人質をとってから、魔王を使役している」
「ふむ」
「つまり城に行くときには人質をとってないとならない。いくらなんでも現地調達するとは思えない」
源五郎丸のことだ。
下手な博打は打たないはずだ。
「それも説明できる。なぜなら娘は魔王の城で暮らしていなかったからな」
「……あー。なるほど。不倫相手の家か」
「うむ」
確かに不倫してできた子供を、城の中に堂々と置くわけないか。
こういうのは大概、権力者が好き勝手やってるイメージだけどな。
この世界では、案外人間よりも魔物側の方が民主制に近いのかも。
「その、不倫相手の家ってどこかわかったりする?」
「……聞いたことはある。だが、聞くことに意味はないのではないか?」
「え? ……あ、そっか」
源五郎丸は既に人質をとっている。
ということは、既に不倫相手の家に突撃して娘を誘拐しているはず。
なので、不倫相手の家に行ったところでもぬけの殻だ。
なんか、今日は頭の切れが悪いな。
……よし。
疲れているからってことにしておこう。
「人質は源五郎丸がいる宮殿内にいるはずなんだけど、何か知らない?」
「いや。さっきも言ったが、人質の件は何も知らないのだ。すまないな」
そうだった。
さっきも聞いたんだった。
「ただそれにしてはおかしいな。いくらなんでも、あの宮殿内に魔物がいれば私に報告が入っているはずだ」
国王の言う通り、宮殿には源五郎丸を世話する人間が少なからずいるはず。
たとえ、魔王の娘の世話を源五郎丸がやっていたとしても、誰かは気付くだろう。
もう何が何だかわからなくなってきたな。
いったん、結姫と合流した方が良さそうだ。
「そういえば、城の前で猫を集めてたけど、あれって何のためなんだ?」
「さあ。私も勇者殿に言われて御触れを出しただけだからな。何の意図があってそう言ったのかは知らないのだ」
「源五郎丸が? じゃあ、あの猫は……」
「宮殿に運ばれているだろうな」
ヤバい。
既に結姫の顔はあっちにバレている。
ないとは思うが、源五郎丸と鉢合わせしている可能性もゼロじゃない。
「色々、情報ありがとな。オレ、いくわ」
「……くれぐれも無理はするんじゃないぞ」
オレは後ろ手を振って、部屋を出る。
そして、足早に宮殿へと向かった。