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第14話 王様も大変なんだな

 王冠をかぶった男の肖像が並ぶ部屋。

 おそらくは歴代の国王たちなんだろう。

 そんな肖像画を見上げる、六十代の白髭をたくわえた小柄な男が一人。


 どこかで見た顔。


 そうだ。

 最初に源五郎丸と戦ったとき、部屋にいた男。


 今はかぶっていないが、あの時は王冠をかぶっていた。

 つまりこの国の、現国王だ。


「父さん……。やはり私が間違っていたよ。安易に異世界の人間に頼るべきではなかった」


 誰もいない部屋の中で、国王は懺悔の言葉をつぶやく。


「このままではあの男に食いつぶされる。この国の民もろとも……」


 今は魔王が消え去り、人々は浮かれている。

 脅威が去ったおかげで、経済が動き、活発化した状態だ。

 だけどそれは一時的なものだろう。


 いつかは好景気も終わる。


 そうなったとき、源五郎丸は自粛するだろうか?

 いや、するわけがない。

 国王を脅し、国民から搾り取るだろう。


 それを国王はわかっている。

 オレなんかよりもずっと。


「そんなお困りなあなたに、正義の使者が助けにきましたよん」

「だ、誰だ!」

「言ったろ? 正義の使者だって」

「……なんだ。勇者殿に歯向かった、愚か者か」

「あらら。覚えてたか」


 この国で絶対的な力と権力を持っている人間に挑んだ、愚か者。

 忘れろという方が無理か。


「私に何の用だ? というより、こんなところにいていいのか?」

「愚か者を心配してくれるんだ? 優しいねぇ」

「嫌いじゃないのさ。愚かで無謀な人間は」

「オレも好きだぜ。お人よしの馬鹿なおっさんは」


 ふっ、と笑みを浮かべる国王。

 それには侮蔑や呆れの色はなく、純粋に面白いと思っているような笑みだった。


「改めて聞くが、なんの用だ?」

「あんたとビジネスをしようかと思ってね」

「逃走資金か。いいだろう。貸してやる。返済は出世払いでいい」

「はは。ありがたい話だが、欲しいのか金じゃない」

「では何が望みだ?」

「情報」


 一瞬にして国王の表情が曇る。

 警戒心が一気に最大レベルになったようだ。


「オレは源五郎丸を捕まえたい」

「……」

「で、あんたは源五郎丸が邪魔だ。利害が一致している。取引相手としては悪くないと思うぜ?」

「私は既に見知らぬ人間に騙されている。また騙されろというのか?」

「今のあんたの負け分は致命的なレベルだ。今更負け分が少し増えた程度で大した問題じゃない」

「ふっ。わははははははは」


 国王が豪快に笑う。

 心底楽しそうに。


 この国王は街の人からも好かれている。

 それはきっと、裏表がない人柄に惹かれてなんだろう。


 だが、今回はその性格が裏目に出た。

 真っすぐな性格を源五郎丸に付け込まれた。


「いいだろう。何が知りたい?」

「あんたの娘。……今、どこにいる?」

「……ん? 娘と話がしたいのか? 二階にいるはずだ。呼んでくるか?」


 あれえええええええ!?

 オレたちの仮説が間違っていた?


 嘘だろ?

 てっきりオレは、国王が「な、なぜ娘が捕まっていることを知っている!?」と返すと思ってたのに。


 うわっ!

 すげー格好わりぃ。

 なんか身の程知らずのナンパ野郎みたいになっちまった。


 あー、もう格好つけるのはやめよう。


「えっと、確認したいんだけど、あんたの娘、魔王に攫われたとかされたことない?」

「それはない。魔王が倒されるまで、ほとんど城からも出てないはずだ」


 これ、もう魔王と姫が恋に落ちたとかいう線はないな。

 というか、そもそも会ったこともなさそうな口ぶりだ。


「ちなみになんだが、孫はいる? 女の子の?」

「娘はまだ結婚していないんだ。外に出さなかったのが災いしたのかもしれん。……あ、そうだ。娘を貰ってくれないか?」

「……見知らぬ人間に大切な娘を雑に差し出すなよ」


 完全に違うやつじゃん。

 人間と魔王の禁断の恋とか、そんなんじゃないな、こりゃ。


「あんたは、源五郎丸が魔王を使役していることは知ってるのか?」

「もちろんだ。勇者殿自身が自慢げに話していたからな」

「……」


 なんでデメリットしかないのに教えるかなぁ。

 承認欲求強すぎだろ。

 地球だったら、SNSで炎上するタイプだな。


「あいつが魔王から人質をとっていることは?」

「いや、それはないな」


 さすがにそこまでは話さないか。


 ……あれ?

 もしかして人質をとっているところから間違いだったりする?


「魔王の人質になりそうなのって、何か思い当たらないか?」

「魔王の人質……。ううむ」


 髭をこすりながら考える国王。


 わかるわけないよな。

 あー、くそ。

 これで振り出しだ。


 けど、仮説が間違いだったってわかっただけでもマシか?


「娘……じゃないか?」


 国王が絞り出すように言った。


「娘? もしいるなら十分人質になりそうだし、辻褄は合うな。けど、本当にいるのか?」

「それは間違いない。一時期、国中で、そのゴシップで盛り上がったからな」


 この世界でもやっぱり人間って奴はゴシップが好きらしい。


「あ、でも待ってくれ。魔物側は人質の件を知らなかったんだ。魔王の娘がいなくなってるなら、人質に取られていると予想ができると思う」

「どうやって魔物から話を聞いたのかは置いておくとして、それは説明できる」

「どういうことだ?」

「魔王の娘は不倫してできた子だ」


 うわー。

 この世界の人間よりもドロドロしてるー。


 するんだ?

 魔物でも不倫って。


「だから仮に知っていたとしても、あえて話さなかったとも考えられる」

「……うまくいけば、不倫の子も消せるかもしれないからか」

「そうだ」


 やだ、最低。

 人でなし。


 ……魔物だから人間じゃないんだけども。


 まあ、確かに娘という線は十分可能性がある――か?


「……ん? いや、ちょっと待った。それはないな」

「なぜだ?」

「源五郎丸は人質をとってから、魔王を使役している」

「ふむ」

「つまり城に行くときには人質をとってないとならない。いくらなんでも現地調達するとは思えない」


 源五郎丸のことだ。

 下手な博打は打たないはずだ。


「それも説明できる。なぜなら娘は魔王の城で暮らしていなかったからな」

「……あー。なるほど。不倫相手の家か」

「うむ」


 確かに不倫してできた子供を、城の中に堂々と置くわけないか。

 こういうのは大概、権力者が好き勝手やってるイメージだけどな。


 この世界では、案外人間よりも魔物側の方が民主制に近いのかも。


「その、不倫相手の家ってどこかわかったりする?」

「……聞いたことはある。だが、聞くことに意味はないのではないか?」

「え? ……あ、そっか」


 源五郎丸は既に人質をとっている。

 ということは、既に不倫相手の家に突撃して娘を誘拐しているはず。


 なので、不倫相手の家に行ったところでもぬけの殻だ。


 なんか、今日は頭の切れが悪いな。


 ……よし。

 疲れているからってことにしておこう。


「人質は源五郎丸がいる宮殿内にいるはずなんだけど、何か知らない?」

「いや。さっきも言ったが、人質の件は何も知らないのだ。すまないな」


 そうだった。

 さっきも聞いたんだった。


「ただそれにしてはおかしいな。いくらなんでも、あの宮殿内に魔物がいれば私に報告が入っているはずだ」


 国王の言う通り、宮殿には源五郎丸を世話する人間が少なからずいるはず。

 たとえ、魔王の娘の世話を源五郎丸がやっていたとしても、誰かは気付くだろう。


 もう何が何だかわからなくなってきたな。


 いったん、結姫と合流した方が良さそうだ。


「そういえば、城の前で猫を集めてたけど、あれって何のためなんだ?」

「さあ。私も勇者殿に言われて御触れを出しただけだからな。何の意図があってそう言ったのかは知らないのだ」

「源五郎丸が? じゃあ、あの猫は……」

「宮殿に運ばれているだろうな」


 ヤバい。

 既に結姫の顔はあっちにバレている。


 ないとは思うが、源五郎丸と鉢合わせしている可能性もゼロじゃない。


「色々、情報ありがとな。オレ、いくわ」

「……くれぐれも無理はするんじゃないぞ」


 オレは後ろ手を振って、部屋を出る。


 そして、足早に宮殿へと向かった。

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