急いで宮殿へと向かう。
完全に夜になっているが、宮殿への道は明るく走るのに影響はない。
今更だがこの世界には電球のように光る玉がある。
その玉が道の端にある街路灯のようなものに設置してあるのだ。
そのおかげで、元の世界と変わらないくらい夜でも明るい。
さっき王様と話していた部屋の中にもあったので、何不自由なく話していられた。
この世界には魔法がないみたいだし、かといって科学が発達しているわけでもなさそうだ。
なので、きっと特殊な鉱石か何かなんだろう。
特に興味はないので、調べようとは思わないが。
夜も明るいせいか、まだ道には割と人が歩いている。
これならそこまで急ぐ必要はなかったかもしれない。
とはいえ、そんなことを考えても意味がない。
今はとにかく宮殿に急ぐだけだ。
宮殿の前に到着すると、ちょうど猫を入れた籠を持った兵士が扉を開けて中へ入っていった。
いくらまだ道を歩いている人がいるとはいえ、時間的な感覚で言うと夜の9時くらい。
脅威のない平時でこの時間まで兵士を働かせるなんて、なかなかブラックだ。
猫を集めているのは源五郎丸だと、王様は言っていた。
あいつがやることなら納得できる。
他人の苦労なんて屁にも思ってなさそうだ。
「はあ……。嫌になるな。なんで俺たちがこんなことをしなくっちゃならないんだ?」
「勇者殿の我が侭は今に始まったことじゃないだろ」
宮殿内に忍び込み、結姫を探していると廊下の向こう側から兵士たちの声がする。
やはり兵士たちもこの時間まで働かされていることに不満のようで愚痴を吐いている。
「それにしても猫なんて集めてどうするんだろうな?」
「さあ。勇者殿の考えなんて、一般人がわかるわけないさ。それよりも聞いたか? 猫一匹の買取価格が俺たちの半月分の給料なんだってよ」
「マジかよ。仕事がなけりゃ、俺も探しに行くのにな」
「無理無理。もう街中じゃ見ないって話だぞ。だから街の外の森で探してるらしい」
「え? でも、街の中の猫って話だろ」
「んなの、わかんねーって。街の中の猫なのか、外の猫かなんて」
「確かになー。猫を持ってきた人全員に払ってるもんな」
そんな会話をしている兵士たちを、壁の陰に隠れてやり過ごす。
兵士たちに見つからないように隠れながら結姫を探すって、結構めんどいな。
こんなことなら、待ち合わせ場所でも決めておけばよかった。
というか、決めてないのにどうやって合流する気だったんだよ、と自分に突っ込みを入れたくなる。
……きっと疲れてるんだろう。
オレも結姫も。
けどまあ、この宮殿内にいるとわかっているだけマシか。
なんてことを考えていると、足元に何かがすり寄った感触がする。
「にゃー」
見下ろすと、そこにはあの三毛猫がいた。
オレの足にすりすりと頭をこすり付けている。
「やべぇな」
思わずつぶやいてしまった。
結姫は猫が好きで、当然売ろうとしていなかった。
そして、宮殿に向かう時もこの猫を連れて行っている。
その猫がここにいるということは『逃がした』ということだ。
猫を探している源五郎丸から。
つまり結姫は源五郎丸と遭遇している可能性が高い。
いや、最悪――。
ネガティブな想像を、頭を振ってかき消す。
そして猫を持ち上げて、問いかける。
「なあ、結姫がどこにいるか知らないか?」
我ながら間抜けだと思う。
猫に聞くなんて。
だが、今はそれこそ猫の手も借りたい。
「にゃー」
まるでオレの問いに返事をするように猫が鳴いた。
オレが猫を降ろすと、すたすたと廊下を歩き始める。
「案内してくれるのか?」
あの猫は結姫に懐いていた。
それならもしかすると……。
半信半疑になりながらも猫を追う。
廊下の真ん中を歩く猫。
その猫の2メートルほど後ろを歩くオレ。
そして猫は丁字になった廊下を右に曲がっていく。
オレも右に曲がろうとしたときだった。
前の方から人の気配を感じ、物陰に隠れる。
だが猫の方は隠れる気はまったくなく、スタスタと廊下を歩いていく。
「お、おい!」
猫を回収しようか迷ったことで判断が遅れた。
「むっ! なんだ貴様!」
「げっ! 見つかった!」
オレはすぐさまダッシュし、兵士の後ろに回り込んで手で口を塞ぐ。
「むぐぐっ!」
「すまん。ちょーっと寝ててもらうぜ」
腕で兵士の首を絞めて気絶させ、見つからないように物陰に隠す。
そして再び猫の後を追う。
それから3分ほど歩く。
突然、宮殿全体が揺れるような振動が走った。
「絶賛バトル中かよ」
戦っているということは最悪な状況は回避されていることになる。
とはいえ、依然、危機的状況なのは変わらない。
オレは猫を抱き抱えて音がした方向へ走る。
もちろん、宮殿の中にいる兵士たちも集まってくる気配がする。
「おい! なんだ!? 誰か状況を説明しろ!」
「晩餐の間からだ! 勇者殿がいる」
くそ。
兵士たちが集まってきて包囲なんてされたら厄介だ。
なんとか結姫を回収して、一時撤退しないとな。
なんて思っていると、さらに兵士たちの声が廊下に響き渡った。
「部屋には近づくな。巻き添えを食らうぞ」
「しかし」
「勇者殿の命令だから、問題ない!」
「わ、わかりました」
人が集まってくる気配が弱くなる。
よし。
それはこっちにも好都合だ。
部屋の前に到着し、猫を降ろす。
「お前はここにいろ」
そしてドアを蹴破り、部屋の中へと入る。
案の定、部屋の中では源五郎丸と結姫が戦っていた。
というより、戦っているのは結姫と魔王のドラゴンだ。
「はっ!」
結姫はドラゴンの方へ右手を掲げ、無数の風の刃を繰り出す。
しかしそれらは全てドラゴンが口から吐く炎によってかき消されてしまう。
結姫の強さは折り紙付きだ。
今まで数々の転生した勇者たちと渡り合ってきた。
魔王にだって引けは取らないはずだ。
だが、今回は相性が悪い。
それに部屋という閉鎖された場所。
そしてコンディション。
全てが結姫に不利な状況だ。
それでも結姫はそれを言い訳にはしないだろうが。
「待たせたな、結姫」
確かに一対一で戦えば不利だ。
だが、オレと連携すれば勝ち筋が見えてくるかもしれない。
人質を見つけるという作戦が失敗した今、戦って勝つしか方法はなくなった。
ここでやるしかない。
「……恵介くん」
オレを見た瞬間、わずかに、本当に刹那だ。
結姫の気が緩んだ。
その隙をドラゴンは見逃さなかった。
尻尾で近くにあった椅子を弾いて飛ばす。
「っ!」
一瞬の気の緩みのせいで結姫の反応が遅れた。
それでも飛んできた椅子を躱そうと頭を下げるが、避けきれずにこめかみに直撃する。
「結姫!」
倒れる結姫を抱き抱える。
スーッと結姫のこめかみから血が流れ、ポタリと床に落ちた。
視界が歪んで見える。
激しい怒りがオレを包む。
ぶっ殺す!
視線をドラゴンに移そうとしたとき、結姫が弱弱しく、オレの襟を掴んだ。
「に……げ……」
気を失う結姫。
オレは思い切り歯を食いしばる。
口の端から流れる血を拭い、大きく息を吐く。
馬鹿かオレは。
頭に血が登った状態で勝てる相手じゃないだろ。
オレが負けるイコール全滅だ。
一度、深呼吸をすると頭の中がクリアになっていく。
改めてドラゴンと源五郎丸、そして部屋の中を見渡す。
ドラゴンとの再戦。
源五郎丸とは三度目の戦闘だ。
しかも状況は今まで最悪。
「さてと」
オレはこの状況下で必死に策を練り始めるのだった。