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第16話 策を張り巡らせろ

 依然、ドラゴンはオレを警戒して睨み、その横では源五郎丸が腕を組みながら余裕の笑みを浮かべている。

 そんなやつの顔を見るだけで、また怒りがこみ上げてくる。

 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 まずは結姫を安全なところへ避難させ、さらにドラゴンをなんとかする策を練らないとならない。


 やれやれ。

 こりゃ、帰ったら支部長にごねて報酬を上げてもらわんとな。


 そんな現実逃避をしているオレだが、ドラゴンがゆっくりと息を吸ったのは見逃さなかった。

 結姫もろとも、炎で焼き尽くす気だ。


「ターイム!」


 オレは両手でTの字を作って叫ぶ。

 何かの技かと思ったのか、ドラゴンが警戒して動きを止める。


「ちょい待ってくれ。話をさせてくれ」


 今度は両手を上げ、間抜けな声を出すことで敵意がないことを示す。

 そんなオレに対して、源五郎丸が顔をしかめた。


「ふざけるな。今更命乞いなんて認めるか」

「おい、お前には話してねーよ。黙ってな」

「正気か? お前らが生きるか死ぬかは俺様にかかっているんだぞ?」

「ちげーだろ、馬鹿が」

「なんだと?」

「今、主導権を握ってるのは、そっちの魔王であるドラゴンだ。虎の威を借る狐……いや、この場合は竜の威を借る雑魚野郎じゃねーよ」

「っ!?」


 図星を突かれたのがよほど気に障ったのか、源五郎丸は歯を剥き出しにして怒りを露わにする。


「すぐにこいつを殺せ!」


 やつがオレを指差し、ドラゴンに命令をする。

 だが、ドラゴンは動こうとしない。


「おい、聞こえなかったのか!? 早くやれ」

「子供を人質に取るような雑魚野郎の命令なんて聞けるかよ。なあ?」


 オレの言葉に、ドラゴンがピクリと反応する。


「貴様、なぜそのことを知ってる?」


 源五郎丸が驚きの声をあげるが、あえて無視をして、さらにドラゴンに向かって話しかける。


「本当は人質を見つけに来たんだ。人質を確保すれば、あんたはあいつの命令を聞く必要はなくなる。その後、やつを回収するつもりだったんだ」

「俺様を回収?」


 なぜそんなことをするのか、源五郎丸にはわからないだろう。

 困惑しているようだが、引き続きスルーする。


「だが、時間切れだ。オレたちは撤退する。もう、こいつには近づかない。だから見逃してくれ」

「見逃すわけないだろ! 消滅させてやる」


 源五郎丸ががなり立てるが、一切無視してドラゴンをジッと見据える。


「……」


 ドラゴンはふうと息を吐き、了承してくれたことを示すように一歩後ろに下がった。


「人質、見つけられなくてすまんかったな」


 オレはすぐに結姫を抱き抱えて、蹴破ったドアから部屋を出る。


「そいつを殺せば、娘は返してやる!」


 部屋の中から源五郎丸が叫んだ。


 ――よし、食いついた。


 オレは素早く物陰に結姫を隠す。

 すると三毛猫が走り寄ってきた。


「結姫を頼んだぜ」


 そう言うと猫は「にゃー」と返事をして結姫の傍に座り込んだ。


 とりあえず、結姫の安全は確保できた。

 あとはオレがやつらを口八百で煙に巻けるかどうかだ。

 成功確率はかなり低いが。


 そして、すぐに部屋の中へと戻る。


「騙されるな。こいつが約束なんて守るわけねーだろ」

「黙れ!」

「オレを殺して娘を返せば、今度はあんたに殺される。いくらこいつでもそのくらいはわかっているはずだ」

「……くっ」


 言葉に詰まる源五郎丸。

 さらにオレは畳みかけるように言葉を続ける。


「人質は文字通り、最後の切り札だ。たとえ死ぬときでさえも手放さないさ、こいつは」

「違う! お、俺様はもう一体、強力な魔物を使役している。魔王よりも強力なやつだ」

「嘘だな」

「ふん。悪いが本当だ。どうだ? ビビったか?」

「もう少しマシな嘘を付けよ。本当ならとっくに出してるだろ。魔王に頼らずにな」

「……く、くそ!」


 やつが悔しそうにその場で地団駄を踏む。


「人質はこの宮殿内にいる。しらみつぶしに探せば見つかるさ」

「なんでそのこと……あ、いや、違う! ここにはいない!」


 本当にわかりやすいやつだ。

 これで宮殿内にいるのは確定した。

 そもそもやつの性格上、目の届かない場所に監禁はしないだろうけど。


 ただ、そうなってくると最初に出た疑問が再浮上する。


 宮殿内に魔物を監禁して、誰も気付かないのか。

 魔王の娘ということで、そこまで大きくないことは予想できるが、それでも人一人分、もしくは子供くらいの大きさだろう。

 それを誰にも知られずに隠し通せるものだろうか。

 王様にさえ、そんな情報が入って来ていなかった。

 もしかすると金を握らせて黙らせているかもしれないが、裏切られるかもしれないリスクを、やつが背負えるとも思えない。


 それに一回目にやつに負けて監禁された際に、一応は地下室は確認した。

 オレ以外は捕まっていなかったことは確かだ。


 うーむ。

 あと少しで繋がりそうなんだがな。

 もうちょっとカマをかけてみるか――


「こいつを殺せば、娘は返してやる!」


 源五郎丸が叫ぶ。


 おいおい、オレが嘘だと論破したばかりだろ、それ。

 追い詰められて、血迷ったか?


「だからそれはできねーとさっき言った……」

「信じるしかないよな?」


 さっきまで焦っていた様子から一転、余裕の笑みを浮かべている。


「確かに返さないかもしれない。……が、返すかもしれない、だろ?」


 ……そうきたか。


「俺様に手を出さないというのなら、本当に返してもいいと思っている」

「……」


 ドラゴンがジッと源五郎丸を見ている。


「悪い話じゃないだろ? 貴様にとってこの人間は取るに足らない存在だ。そんな人間を殺すだけで娘が返ってくるかもしれない。それならたとえ分の悪い賭けでも乗らざるを得ないだろ。違うか?」


 ドラゴンは溜息のように息を大きく吐いた。


 やられた。

 どっちが正しいかという話を、ちゃぶ台返しされた。

 力づくで押し通されてしまった。


「……すまないな」


 ドラゴンがオレに対して謝罪の言葉を吐いた後、殺気を向けてくる。


「しゃーねーさ。オレだってそうする」


 オレも臨戦態勢に移る。


 賭けはオレの負け。

 元々勝率は低かったから、そこまでショックではない。

 ある意味、結姫は逃がせるから勝ちといえば勝ちだ。


 オレを殺した後、娘を返さなければ元々無いに等しかったやつとドラゴンの信頼は完全に断たれる。

 そんな状況でやつが結姫も殺せとドラゴンに言ったところで、その言葉は届かないだろう。

 そして本当に娘を返せば、ドラゴンが結姫を殺す理由も、やつの言うことを聞く理由もなくなる。

 どちらにしても結姫が殺されることはなくなったわけだ。


 ……あとはオレがドラゴンを攻略できるか、だな。


 結姫のことがあるから、もちろん逃げるという策はない。

 なんとか戦いながら作戦を考えないと。

 もちろん、オレだって死にたくはない。

 とりあえず、足掻くだけ足掻いてみる。

 諦めるのは死んでからで遅くない。


「それじゃ、行くぜ!」


 まずは足元に転がっていた椅子を蹴り飛ばす。

 狙いは源五郎丸。


「なっ!」


 油断していたやつは反応できず、動けない。

 しかし、やつに当たる寸前に、ドラゴンが尾で椅子を叩き落とした。


「うーん。やっぱダメか」

「くそ! さっさっとあいつを殺せ!」


 ドラゴンがオレに向けて炎を吐く。

 それを紙一重で避ける。

 次の瞬間、角から電撃が奔った。


「ちっ!」


 わずかに腕にかすり、チリチリと腕の肉を焦がす。


 こりゃ、相当しんどいな。


 オレはドラゴンの攻撃を避けつつも、頭の中で策を張り巡らせるのだった。

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