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第17話 逆転の一手

 ドラゴンの攻撃を躱しながら策を考える――なんてことは土台無理だった。

 というか、少しでも集中を切らせば、即直撃だ。


「なあ、ここはオレの方と組むってのはどう……おわあっ!」


 オレの言葉を無視するためか、はたまたかき消すためか、ドラゴンは咆哮とともに炎を吐いた。

 ただ、オレにできることは説得だけだ。

 確率が低くても、これに賭けるしかない。


「この宮殿内にいることはわかってるんだ! そいつの言うことを信じるより、オレの方に乗ったほうが確率は高い」

「くっくっく。お前、さっき時間切れとか言ってただろ。探す時間なんてないんじゃないか?」

「ちっ!」


 余裕を取り戻した源五郎丸が説得の邪魔をしてくる。

 しかも、いやに的確なツッコミつきだ。


「確かにもう時間はない。だが、地下に行くくらいは残ってる」

「地下? くっくっく。何しに行くんだ? 自分から牢屋に入るのか?」


 カマかけ失敗。

 人質は地下にはいないってことか。

 すでに地下は一通り確認したからな。

 いないだろうとは思っていたが、やっぱりダメか。


 ならどこだ?

 ……まさか、隠し部屋か?


「うぐっ!」


 腹をハンマーで殴られたような衝撃が走った。

 考えに意識を向けすぎたせいで、ドラゴンの尾の一撃をまともに食らったのだ。


「ぐはっ……!」


 なす術なく吹き飛ばされ、床を転がる。


 やばい。

 あばらを3本ほど持っていかれたか。


 ……いや、それは嘘だ。

 バトル漫画じゃあるまいし、そう簡単に折れるもんじゃない。

 というか、折れてたら動けない。


「がはっ」


 腹を攻撃された衝撃で息が詰まっていた。

 なんとか空気を吸う。


 けど、痛ぇ。

 マジで折れたんじゃないかってくらいの激痛だ。


 息が詰まる。なんとか吸い込もうとするが、うまくいかない。


 苦しい。


 せめて息を整える時間を――


 与えてもらえるはずもなかった。


 間髪入れず、ドラゴンが巨大なテーブルを投げてきた。

 足に力が入らない。


「ちぃ!」


 躱すのは無理だ。

 せめて顔だけでも守ろうと、腕を交差させる。

 だが、踏ん張りがきかず、衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされた。


 仰向けに倒れ込む。

 寝てしまうと一気に疲労と眠気が襲ってくる。


 詰み……だな。


 立ち上がる気力すら湧かない。

 そもそも立ち上がったところで策がない。

 ただ死を引き延ばすだけだ。


 オレにしてはよくやった。

 なんのスキルも持たない、無能者のオレがここまでやってこれたのが奇跡だ。


 ……せめて元の世界で死にたかったな。

 こんな異世界で力尽きるなんて思いもしなかった。


 あいつも――同じことを思ったかもしれない。


 ごめん。

 お前を見つけることができなかった。


 もし、あの世っていうのがあるなら――そこで謝るよ。


 オレはゆっくりと目を閉じた。



「けいちゅけ少年。スキルがないことをマイナスだと思っていないか?」

「何言ってるんすか、支部長。あるに越したことはないでしょ」


 機関で働くことになってから数週間。

 オレは特訓という名のイジメ、いや拷問を受け続けていた。


 星全体が洞窟になっているという変わった世界。

 そこでオレはサイクロプス相手に戦闘をしていた。


 ……いや、戦闘というより、ひたすらサイクロプスの攻撃を避けるだけだった。


 そんなオレを少し離れた場所で、腕組をしながら眺めているほとり支部長。


「生き物というのは持っているものに依存する。鳥の羽、魚のヒレ、人間の手」

「そりゃ、当たり前でしょ……わわっ!」

「依存するということはそれに頼るということだよ」

「……スキルがあれば、スキルに頼っちまうってことっすか?」

「ふむ。物分かりがいいな、けいちゅけ少年は」

「……恵介っす」

「だから、けいちゅけって言ってるんだが」

「……」

「とにかく、スキル持ちは、自分が持つスキルをどう生かすかを考える」

「でしょうね」

「逆にそのスキルが通じなかったとき、すぐに諦めてしまう」

「……」

「だが、けいちゅけ少年。君は最初からスキルを持たない。だからこそ戦いの幅が広くなる。なんでも使え。常識に囚われるな。常に考え続けるんだ。諦めるのは――」



 ――死んでからでも遅くない。


 目を開くと、眼前にドラゴンの爪が迫っていた。


「うおっと!」


 転がることでドラゴンの爪を避ける。

 オレが寝ていた場所に、爪が突き刺さった。


「あぶねえ」

「ふん。足掻いたところで少し死ぬのが延びるだけだ」


 ニヤニヤとほくそ笑む源五郎丸。

 本当ならすぐにでも殴りたいが、それはもう少し後の我慢だ。


 なんでも使う。

 ……そうだ。

 オレにはとっておきの切り札があったじゃねーか。

 すっかり忘れてたぜ。


 オレの切り札。

 それは――。


「うおおおお!」


 立ち上がり、踵を返してダッシュする。


「逃げる気か!? おい、追え!」


 ばーか。

 そんなわけないだろ。


 オレは部屋を飛び出し、物陰に寝かせていた結姫のもとへ向かう。

 そして結姫の懐に手を突っ込む。


 ……別に死ぬ前にセクハラしたかったというわけじゃない。

 マジで。

 本当に。


「あった」


 オレは結姫が持っていた小袋を取り出し、再びドラゴンのもとへと戻る。


「逃げたり戻ってきたり、なんなんだ貴様は!?」

「もう逃げねーよ」


 オレは小袋をドラゴンへと投げつけた。

 支部長が結姫に持たせたという切り札。

 きっとこの状況を打破するもののはずだ。


 ドラゴンは飛んでくる小袋を尾で叩き落とす。

 その際に、中に入っていた粉が舞い散った。


「……」


 オレ、源五郎丸、そしてドラゴン。

 三者が沈黙し、空中を舞う粉を見つめる。


 数秒後。

 ――何も起こらなかった。


「あっはっは! なんだそれは? 目隠しのつもりか?」

「くそ! 支部長を信じたオレがバカだった」


 とにかくまた逃げるしかねえ。

 再び、部屋の外へ走ろうとした時だった。


「うぃーーっ」


 ドラゴンの体から力が抜け、くにゃりと折れ曲がって床に転がった。


「え?」


 何が起こったのかわからない。

 チラリと源五郎丸を見てみるが、やつも同様に怪訝な顔をしている。


「ふにゃー」


 今度は仰向けになり、ゴロゴロと転がり始めるドラゴン。


 ……まさか、酔ってるのか?


 床に落ちた小袋を拾い上げて中を確認する。


「マタタビだ」


 何の変哲もないマタタビ。

 確かに、この程度のものなら異世界に持ち込める。


 そんなマタタビでドラゴンが酔っ払った。

 まるで猫のように。


 ――猫?


 オレの頭の中でピースがドンドンはまっていく。


 源五郎丸の性格上、人質は目の届く場所、つまりは宮殿内にいる。

 それなのに、誰一人その姿を見た者がいない。

 なぜか?

 それは『魔物だと気付かなかった』からだ。


 てっきりオレは人間並みに大きいと思い込んでいた。

 でも、もっと小さかったら?


 そして源五郎丸は突如、街中の『猫』を買い取り始めた。

 しかも高額で。

 さらに夜中までその受付をさせている。


 それはつまり――『急いで』いたから。


 人質が『逃げた』のだから、相当焦っただろう。


「にゃー」


 マタタビの匂いに誘われたのか、結姫のそばにいた三毛猫が部屋へ入ってきた。


「……あっ」


 源五郎丸が目を見開く。


 そう。

 魔王であるドラゴンの人質であり娘とは――猫だったのだ。


「……」


 部屋に入ってきた三毛猫を呆然と見ている源五郎丸。

 あまりのことに言葉を失っている。


 やはりか。


 オレは源五郎丸の反応を見て確信し、三毛猫を確保するために走る。


「し、しまった!」


 源五郎丸も慌てて走り出すが、そもそも身体能力はオレの方が上だ。

 それに走り出すのもオレの方が早かったから、難なく三毛猫の確保に成功する。


「そいつを寄越せ!」


 走る勢いでそのままオレに殴りかかってくる源五郎丸。

 その拳を躱してカウンターを入れる。


「ぐはっ!」


 ようやくやつの顔面に一発入れれた。

 思わず力を込め過ぎたせいで予想以上に吹っ飛んでしまった。


「くそ……」


 ガクリと気絶する。


 しまった。

 あと1、2発入れれたかったのに。

 もう少し手加減すればよかった。


 とはいえ、何とか任務完了だ。


 一息つくと、ドッと疲れが噴き出してきたので、思わず座り込んでしまった。

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