ドラゴンの攻撃を躱しながら策を考える――なんてことは土台無理だった。
というか、少しでも集中を切らせば、即直撃だ。
「なあ、ここはオレの方と組むってのはどう……おわあっ!」
オレの言葉を無視するためか、はたまたかき消すためか、ドラゴンは咆哮とともに炎を吐いた。
ただ、オレにできることは説得だけだ。
確率が低くても、これに賭けるしかない。
「この宮殿内にいることはわかってるんだ! そいつの言うことを信じるより、オレの方に乗ったほうが確率は高い」
「くっくっく。お前、さっき時間切れとか言ってただろ。探す時間なんてないんじゃないか?」
「ちっ!」
余裕を取り戻した源五郎丸が説得の邪魔をしてくる。
しかも、いやに的確なツッコミつきだ。
「確かにもう時間はない。だが、地下に行くくらいは残ってる」
「地下? くっくっく。何しに行くんだ? 自分から牢屋に入るのか?」
カマかけ失敗。
人質は地下にはいないってことか。
すでに地下は一通り確認したからな。
いないだろうとは思っていたが、やっぱりダメか。
ならどこだ?
……まさか、隠し部屋か?
「うぐっ!」
腹をハンマーで殴られたような衝撃が走った。
考えに意識を向けすぎたせいで、ドラゴンの尾の一撃をまともに食らったのだ。
「ぐはっ……!」
なす術なく吹き飛ばされ、床を転がる。
やばい。
あばらを3本ほど持っていかれたか。
……いや、それは嘘だ。
バトル漫画じゃあるまいし、そう簡単に折れるもんじゃない。
というか、折れてたら動けない。
「がはっ」
腹を攻撃された衝撃で息が詰まっていた。
なんとか空気を吸う。
けど、痛ぇ。
マジで折れたんじゃないかってくらいの激痛だ。
息が詰まる。なんとか吸い込もうとするが、うまくいかない。
苦しい。
せめて息を整える時間を――
与えてもらえるはずもなかった。
間髪入れず、ドラゴンが巨大なテーブルを投げてきた。
足に力が入らない。
「ちぃ!」
躱すのは無理だ。
せめて顔だけでも守ろうと、腕を交差させる。
だが、踏ん張りがきかず、衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされた。
仰向けに倒れ込む。
寝てしまうと一気に疲労と眠気が襲ってくる。
詰み……だな。
立ち上がる気力すら湧かない。
そもそも立ち上がったところで策がない。
ただ死を引き延ばすだけだ。
オレにしてはよくやった。
なんのスキルも持たない、無能者のオレがここまでやってこれたのが奇跡だ。
……せめて元の世界で死にたかったな。
こんな異世界で力尽きるなんて思いもしなかった。
あいつも――同じことを思ったかもしれない。
ごめん。
お前を見つけることができなかった。
もし、あの世っていうのがあるなら――そこで謝るよ。
オレはゆっくりと目を閉じた。
「けいちゅけ少年。スキルがないことをマイナスだと思っていないか?」
「何言ってるんすか、支部長。あるに越したことはないでしょ」
機関で働くことになってから数週間。
オレは特訓という名のイジメ、いや拷問を受け続けていた。
星全体が洞窟になっているという変わった世界。
そこでオレはサイクロプス相手に戦闘をしていた。
……いや、戦闘というより、ひたすらサイクロプスの攻撃を避けるだけだった。
そんなオレを少し離れた場所で、腕組をしながら眺めているほとり支部長。
「生き物というのは持っているものに依存する。鳥の羽、魚のヒレ、人間の手」
「そりゃ、当たり前でしょ……わわっ!」
「依存するということはそれに頼るということだよ」
「……スキルがあれば、スキルに頼っちまうってことっすか?」
「ふむ。物分かりがいいな、けいちゅけ少年は」
「……恵介っす」
「だから、けいちゅけって言ってるんだが」
「……」
「とにかく、スキル持ちは、自分が持つスキルをどう生かすかを考える」
「でしょうね」
「逆にそのスキルが通じなかったとき、すぐに諦めてしまう」
「……」
「だが、けいちゅけ少年。君は最初からスキルを持たない。だからこそ戦いの幅が広くなる。なんでも使え。常識に囚われるな。常に考え続けるんだ。諦めるのは――」
――死んでからでも遅くない。
目を開くと、眼前にドラゴンの爪が迫っていた。
「うおっと!」
転がることでドラゴンの爪を避ける。
オレが寝ていた場所に、爪が突き刺さった。
「あぶねえ」
「ふん。足掻いたところで少し死ぬのが延びるだけだ」
ニヤニヤとほくそ笑む源五郎丸。
本当ならすぐにでも殴りたいが、それはもう少し後の我慢だ。
なんでも使う。
……そうだ。
オレにはとっておきの切り札があったじゃねーか。
すっかり忘れてたぜ。
オレの切り札。
それは――。
「うおおおお!」
立ち上がり、踵を返してダッシュする。
「逃げる気か!? おい、追え!」
ばーか。
そんなわけないだろ。
オレは部屋を飛び出し、物陰に寝かせていた結姫のもとへ向かう。
そして結姫の懐に手を突っ込む。
……別に死ぬ前にセクハラしたかったというわけじゃない。
マジで。
本当に。
「あった」
オレは結姫が持っていた小袋を取り出し、再びドラゴンのもとへと戻る。
「逃げたり戻ってきたり、なんなんだ貴様は!?」
「もう逃げねーよ」
オレは小袋をドラゴンへと投げつけた。
支部長が結姫に持たせたという切り札。
きっとこの状況を打破するもののはずだ。
ドラゴンは飛んでくる小袋を尾で叩き落とす。
その際に、中に入っていた粉が舞い散った。
「……」
オレ、源五郎丸、そしてドラゴン。
三者が沈黙し、空中を舞う粉を見つめる。
数秒後。
――何も起こらなかった。
「あっはっは! なんだそれは? 目隠しのつもりか?」
「くそ! 支部長を信じたオレがバカだった」
とにかくまた逃げるしかねえ。
再び、部屋の外へ走ろうとした時だった。
「うぃーーっ」
ドラゴンの体から力が抜け、くにゃりと折れ曲がって床に転がった。
「え?」
何が起こったのかわからない。
チラリと源五郎丸を見てみるが、やつも同様に怪訝な顔をしている。
「ふにゃー」
今度は仰向けになり、ゴロゴロと転がり始めるドラゴン。
……まさか、酔ってるのか?
床に落ちた小袋を拾い上げて中を確認する。
「マタタビだ」
何の変哲もないマタタビ。
確かに、この程度のものなら異世界に持ち込める。
そんなマタタビでドラゴンが酔っ払った。
まるで猫のように。
――猫?
オレの頭の中でピースがドンドンはまっていく。
源五郎丸の性格上、人質は目の届く場所、つまりは宮殿内にいる。
それなのに、誰一人その姿を見た者がいない。
なぜか?
それは『魔物だと気付かなかった』からだ。
てっきりオレは人間並みに大きいと思い込んでいた。
でも、もっと小さかったら?
そして源五郎丸は突如、街中の『猫』を買い取り始めた。
しかも高額で。
さらに夜中までその受付をさせている。
それはつまり――『急いで』いたから。
人質が『逃げた』のだから、相当焦っただろう。
「にゃー」
マタタビの匂いに誘われたのか、結姫のそばにいた三毛猫が部屋へ入ってきた。
「……あっ」
源五郎丸が目を見開く。
そう。
魔王であるドラゴンの人質であり娘とは――猫だったのだ。
「……」
部屋に入ってきた三毛猫を呆然と見ている源五郎丸。
あまりのことに言葉を失っている。
やはりか。
オレは源五郎丸の反応を見て確信し、三毛猫を確保するために走る。
「し、しまった!」
源五郎丸も慌てて走り出すが、そもそも身体能力はオレの方が上だ。
それに走り出すのもオレの方が早かったから、難なく三毛猫の確保に成功する。
「そいつを寄越せ!」
走る勢いでそのままオレに殴りかかってくる源五郎丸。
その拳を躱してカウンターを入れる。
「ぐはっ!」
ようやくやつの顔面に一発入れれた。
思わず力を込め過ぎたせいで予想以上に吹っ飛んでしまった。
「くそ……」
ガクリと気絶する。
しまった。
あと1、2発入れれたかったのに。
もう少し手加減すればよかった。
とはいえ、何とか任務完了だ。
一息つくと、ドッと疲れが噴き出してきたので、思わず座り込んでしまった。