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第39話 交渉はこうやるもんだ


「儂は国王なんだが!?」

「お? 起きたか」


 ベッドに寝かせている国王を覗き込む。

 逃げられてもすぐ捕まえられるだろうが、念のため手足をロープで縛ってある。


「ぬぬ? 動けん! ロープを解け!」

「そういわれて解く奴はいねーだろ」

「き、金貨1枚でどうだ?」

「それはもういい」


 相変わらず緊迫感がまるでない。


「こんなのが国王?」


 結姫が冷たい目で国王を見下ろす。


「……そう言いたい気持ちはわかる」


 実際、オレもそう思ったし。


「そういえば……ここはどこだ?」


 仰向けのまま、国王はキョロキョロと辺りを見回している。

 建物の中だとはわかっているようだが、見慣れない場所に戸惑っているらしい。


「これが人間の王、か」


 今度はボスの鬼が国王を見下ろす。


「うぎゃあ! あ、亜人!」


 そう。

 ここは鬼の住処だ。

 城からここまで運ぶのは、地味に大変だった。


 ダンジョンの中くらいで起きるかと思ったが、ずーっと寝たままだったからな。

 仕方なく、オレがここまで運んだわけだ。


「お久しぶりです、王様」


 ボスの鬼の陰から乃々華が顔を出す。


「うおっ! ゆ、勇者! なぜ生きている?」


 ……やっぱり殺されたと思っていたか。

 いや、殺されるように仕向けていたと言った方が正しいか。

 本当にクソ野郎だな。


「ま、まさか、儂に復讐する気か? 違う! あれは大臣が……」

「……」

「悪かった! 金貨4枚で見逃してくれ!」


 この状況で金貨4枚か。

 どこまでも危機感のないヤツだ。


「違います。私はあなたたちを恨んでいるわけではありません」

「……マジかよ。人間ができてんな」

「恵介くんとは違うみたい」

「え、今オレをディスる必要ある?」


 オレのつぶやきを罵倒で返してくる結姫。


「じゃ、じゃあ、何が目的なんだ?」

「宝物庫にある、薬を分けてほしいのです」

「薬だと?」


 そう。

 今の状態では、宝物庫の扉を自力で開けるのはほぼ不可能。

 だったら、自分たちで開けなければいい。

 つまり――国王に開けさせればいい。


 だから国王を誘拐したのだ。


「断る! 宝物庫の物は金になる! 渡すわけないだろう!」


 こいつならそういうだろうとは思ってた。

 にしてもすげーな。

 この状況で、まだそんなことが言えるとは。


「絶対に渡さんからな!」


 こういうときは体に教えてやるのが一番だ。


 ただし。

 オレや結姫はこの世界の人間を傷つけるわけにはいかない。

 スキルを使わなくても、生死に関わるような傷を与えれば、本部に感知される。


 つまり――手は出せない。

 誘拐はしても、拷問は不可。


 ――オレたちは、な。


「薬を渡すと言わせればいいんだな?」


 ボスの鬼が拳をゴキゴキと鳴らす。


 そう。

 オレたちが手を出せないなら、『この世界の住人』に出して貰えばいい。


「個人的な恨みはねーが、覚悟しろよ」


 部屋に国王の悲鳴が響き渡った。


「わかった! なんでも言うことをきく!」


 早かった。

 ボスの鬼が国王に手を伸ばした瞬間に、全面降伏したのだ。


 ……あの顔で迫られたら、かなり恐怖なのはわかるが。

 それにしてももう少し頑張れよ。

 お前、国王だろ。


「何をさせるんだ?」

「とりあえず、情報収集だな。って、そういえばあんた名前は?」

「……メイシスだが?」


 さすがにいつまでもボスの鬼っていうのも言いにくい。

 まさか、ここまで長い付き合いになるとは思わなかったな。


「メイシス、紙と書くものってあるか?」

「ああ。少し待っててくれ」


 メイシスが部屋を出て行く。

 小さいことだが、命令して誰かに持ってこさせるのではなく自分で行くのは好感が持てる。

 目の前の国王とは正反対だ。


「なあ、国王さんよぉ。宝物庫のドアを開ける方法を教えな」

「金貨10枚だ……いだだだ!」


 思わずイラっとしてアイアンクローをしてしまう。


 ある意味、お前スゲーよ。

 この状況で金取ろうなんてな。


 にしても、金貨10枚って……。

 自分の命を助けてほしいときは金貨1枚だった。

 そうなると、お前の命より宝物庫を開ける情報の方が10倍価値があるってことになるぞ。


 ……間違ってないな。


「潰していい」


 隣にいる結姫がつぶやく。

 結姫も国王にイラっとしたみたいだ。


「オッケー」

「悪かった! 言う! 言うから!」

「……変な手間をかけさせんな」


 顔から手を放すと、国王は納得いかないというような表情をする。


「宝物庫の扉を保護しているのは大臣のスキルだ」

「なるほど。大臣の許可がないと宝物庫には入れないというわけか」

「そうだ。儂が頼んでも入れてくれん」


 ……それはそれでどうなんだ?

 お前、国王なんだよな?

 まさか、イジメられてるのか?

 城の警備も薄かったし、なにより国王の部屋の前に見張りの兵士がいなかった。

 普通は交代制で近衛兵がいるはずなんだけどな。


「どうする?」


 呆れた顔で結姫が聞いて来る。


 こいつの冗談だと思いたいが、マジだったらマズイ。

 できれば王の勅命ということで一筆書いてもらって、混乱の隙に開けてもらおうと思ったんだけどな。

 これならまだ多少は穏便に済ませられるが、国王を誘拐した時点で既に全然穏便じゃない。


「どうせなら、大悪党になるか。この世界に長居はしないんだからな」

「簡単でいいと思う」


 結姫にもオレが何をやろうとしているのかは伝わったようだ。


 そのときドアが開いて、紙とペンのようなものを持ったメイシスが入ってきた。


「持ってきたぞ。これでいいか?」

「サンキュー。あと、鎖と鍵もお願いしていいか?」

「?」


 メイシスと国王がキョトンとした顔をしたのだった。

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