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第59話 やっぱ、簡単にはいかねーか

「なるほど。君たちエージェントは異世界に2日間しかいられないのか」


 オレからタイムリミットのことを聞いたリチャードは口元に手を当てながら唸るような声でそう言った。


「だが、なぜ、それを私に話した?」


 隣の結姫からも「私もそう思う」というような目線が送られてくる。

 確かにタイムリミットのことを話したことに、こっちのメリットは何もない。

 というよりリチャードに2日間逃げ切ればいいと知られたことのデメリットの方が大きい。

 ……いや、デメリットしかないと言った方が正しいな。


「あんたが気に入った。それだけじゃ理由としては弱いか?」

「弱いわ」


 隣の結姫が小声で、即答というか突っ込んでくる。


 ……後ろから味方を刺さないでくれませんか、結姫さん。

 ここはオレとリチャードに友情が芽生えるシーンなんだぞ。

 今、リチャードが「十分だ」って台詞言うから、ちょっと待っててくれ。


「……」


 しかし、リチャードが怪訝な表情でオレを見ている。


 あれれ? おかしいなぁ?

 どうしてオレの純粋な心を信じてくれないの?


「付け加えて言うと、あんたが先に手札を晒した。だからオレも見せた。そうしないと対等な話し合いにならないだろ?」

「……」

「それにあんたの性格からして、不義理なことはしない。最初にオレの方から信頼を見せることで、あんたの裏切りを阻止したってわけさ」

「……後付け」


 またも小声で結姫から突っ込まれる。


 くそ、見破られたか。


 そうだよ! 後付けだよ!

 だって、しゃーないじゃん!

 もう喋っちゃったんだからさ!


 うう……。

 この調子だとリチャードにもバレバレか?


「そこまで言われてしまったら、信頼は裏切れないな」


 リチャードがニコリと笑った。


 セーフ!

 よかった。

 無事にリチャードとの友情のフラグを立てれたようだ。

 あぶねー、あぶねー。

 危うく、後で結姫に折檻されるところだったぜ。


「後で折檻する」

「ええー! なんで!? 一発殴ったんだからチャラでいいじゃん!」

「それはそれ、これはこれ」


 さっきから結姫の機嫌が悪いな。

 まあ、オレが心配かけたせいなんだろうけど。

 それは本当に反省してる。

 仕方ない。甘んじて折檻を受けるか。

 着物姿の結姫に踏まれるというものオツなものだし。


「風で八つ裂きだけど」

「酷い!」


 折檻を受けるんだから、少しくらいご褒美くれたっていいだろうが!


「ではそろそろ本題に入らせてもらいたい」

「本題?」

「ああ。交渉の開始だ」


 そうか。

 考えてみれば、お互い情報を提示しただけでまだ何も着地させていない。


「まず、君たちの目的を聞きたい」


 ああ、そういえばまだそこすら話してなかったんだったな。


「あんたの回収だ。つまりはあんたを元の世界に連れ戻す」

「連れ戻してどうするつもりだ?」

「どうもしない。単に戻すだけだ。別に何かをやってもらうことも罰を受けるなんてこともない。ただスキル――魔法は使えなくなるがな」

「理由を聞きたい。何か条件があるのか、もしくは無条件なのか」

「連れ戻す対象となる条件は、異世界に影響を与えたかどうか、だ」

「影響?」

「あんたたちのような転生者は異世界に来たことで、スキルという能力が発現する。どんなスキルかは個人の資質によるがな」


 まあ、オレは資質がなくてスキルはないんだけどな。


「で、そのスキルを使って、呼ばれた問題を解決するまでは許容される。あんたの場合は『魔王を倒す』ために呼ばれたから、魔王を倒すまではスキルを存分に使っても問題ない。それは『その世界が望んだ』ことだからな」

「それで?」

「問題は魔王を倒した後にスキルを使って、その世界に大きく影響を与えるようなことをするとアウトだ。大概はスキルを使って私利私欲に走る」

「私の場合は西の大国と戦ったことで問題になったというわけか」

「ああ。既に大きな戦果を挙げただろ?」


 おそらく、今日もその戦いから勝利して帰ってきたところなんだろう。

 まさに勝利の凱旋といったところか。


「今後は魔法を使わない。そう誓ったとしても無駄か?」


 魔王を倒した英雄としての存在で西の大国に対してけん制する、もしくは軍師として戦いに参加するということか。

 ちなみにスキルを使わずに軍師として活躍した場合も、影響を与えたことになる。

 影響を与えるという範囲はスキルではなく、転生者にかかっているわけだ。

 前に、スキルではなく元の世界の『知識』を使って金儲けをしていたやつがいたが、当然、対象者になって回収している。


「無駄だな。対象者に『選ばれた』時点でアウトだ」

「……そうか」


 リチャードは悲痛な表情をし、肩を落とす。

 だが、すぐに顔を上げ、立ち上がった。


「私はこの国を見捨てるつもりはない」


 その言葉は交渉の決裂を意味するのだった。

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