「なるほど。君たちエージェントは異世界に2日間しかいられないのか」
オレからタイムリミットのことを聞いたリチャードは口元に手を当てながら唸るような声でそう言った。
「だが、なぜ、それを私に話した?」
隣の結姫からも「私もそう思う」というような目線が送られてくる。
確かにタイムリミットのことを話したことに、こっちのメリットは何もない。
というよりリチャードに2日間逃げ切ればいいと知られたことのデメリットの方が大きい。
……いや、デメリットしかないと言った方が正しいな。
「あんたが気に入った。それだけじゃ理由としては弱いか?」
「弱いわ」
隣の結姫が小声で、即答というか突っ込んでくる。
……後ろから味方を刺さないでくれませんか、結姫さん。
ここはオレとリチャードに友情が芽生えるシーンなんだぞ。
今、リチャードが「十分だ」って台詞言うから、ちょっと待っててくれ。
「……」
しかし、リチャードが怪訝な表情でオレを見ている。
あれれ? おかしいなぁ?
どうしてオレの純粋な心を信じてくれないの?
「付け加えて言うと、あんたが先に手札を晒した。だからオレも見せた。そうしないと対等な話し合いにならないだろ?」
「……」
「それにあんたの性格からして、不義理なことはしない。最初にオレの方から信頼を見せることで、あんたの裏切りを阻止したってわけさ」
「……後付け」
またも小声で結姫から突っ込まれる。
くそ、見破られたか。
そうだよ! 後付けだよ!
だって、しゃーないじゃん!
もう喋っちゃったんだからさ!
うう……。
この調子だとリチャードにもバレバレか?
「そこまで言われてしまったら、信頼は裏切れないな」
リチャードがニコリと笑った。
セーフ!
よかった。
無事にリチャードとの友情のフラグを立てれたようだ。
あぶねー、あぶねー。
危うく、後で結姫に折檻されるところだったぜ。
「後で折檻する」
「ええー! なんで!? 一発殴ったんだからチャラでいいじゃん!」
「それはそれ、これはこれ」
さっきから結姫の機嫌が悪いな。
まあ、オレが心配かけたせいなんだろうけど。
それは本当に反省してる。
仕方ない。甘んじて折檻を受けるか。
着物姿の結姫に踏まれるというものオツなものだし。
「風で八つ裂きだけど」
「酷い!」
折檻を受けるんだから、少しくらいご褒美くれたっていいだろうが!
「ではそろそろ本題に入らせてもらいたい」
「本題?」
「ああ。交渉の開始だ」
そうか。
考えてみれば、お互い情報を提示しただけでまだ何も着地させていない。
「まず、君たちの目的を聞きたい」
ああ、そういえばまだそこすら話してなかったんだったな。
「あんたの回収だ。つまりはあんたを元の世界に連れ戻す」
「連れ戻してどうするつもりだ?」
「どうもしない。単に戻すだけだ。別に何かをやってもらうことも罰を受けるなんてこともない。ただスキル――魔法は使えなくなるがな」
「理由を聞きたい。何か条件があるのか、もしくは無条件なのか」
「連れ戻す対象となる条件は、異世界に影響を与えたかどうか、だ」
「影響?」
「あんたたちのような転生者は異世界に来たことで、スキルという能力が発現する。どんなスキルかは個人の資質によるがな」
まあ、オレは資質がなくてスキルはないんだけどな。
「で、そのスキルを使って、呼ばれた問題を解決するまでは許容される。あんたの場合は『魔王を倒す』ために呼ばれたから、魔王を倒すまではスキルを存分に使っても問題ない。それは『その世界が望んだ』ことだからな」
「それで?」
「問題は魔王を倒した後にスキルを使って、その世界に大きく影響を与えるようなことをするとアウトだ。大概はスキルを使って私利私欲に走る」
「私の場合は西の大国と戦ったことで問題になったというわけか」
「ああ。既に大きな戦果を挙げただろ?」
おそらく、今日もその戦いから勝利して帰ってきたところなんだろう。
まさに勝利の凱旋といったところか。
「今後は魔法を使わない。そう誓ったとしても無駄か?」
魔王を倒した英雄としての存在で西の大国に対してけん制する、もしくは軍師として戦いに参加するということか。
ちなみにスキルを使わずに軍師として活躍した場合も、影響を与えたことになる。
影響を与えるという範囲はスキルではなく、転生者にかかっているわけだ。
前に、スキルではなく元の世界の『知識』を使って金儲けをしていたやつがいたが、当然、対象者になって回収している。
「無駄だな。対象者に『選ばれた』時点でアウトだ」
「……そうか」
リチャードは悲痛な表情をし、肩を落とす。
だが、すぐに顔を上げ、立ち上がった。
「私はこの国を見捨てるつもりはない」
その言葉は交渉の決裂を意味するのだった。